024.新たな関係性?
扉を開ければ、そこは花園だった――――
見渡す限り同じ制服に身を包んだ少女がそこかしこに居て、それぞれ楽しそうに談笑している。
参観日という性質上、確かに学校の生徒ばなりではなく父兄と見られる人物もいたが、それでも母校とは空気感が違っていた。
親が居るということで反発心が生まれたり、気が大きくなって大声で話したり、静かな怒りを親にぶつける生徒はさすがにおらず、理性的な空気が漂っている。
さすがにいつかのクラスメイトが話していたように『ごきげんよう』と声を掛け合ったり教室が汚すぎるということもなく、男子生徒が見当たらない以外はほとんど母校と相違が無い。
強いて違いを上げるといえば設備だろうか。少なくとも天井にプロジェクターとかホワイトボードとか……あと各自の机上にタブレットなんて、俺の学校にはなかった。時代の流れと言われればそれまでだが。
俺はそんな和やかな空間に感動しつつ、来た目的である2人の少女の姿を探す。
……ざっと見35人から40人程度のクラスだろうか。生徒たちは父兄の方と話している者も見られるが、その殆どはそこらでグループを作って遠巻きにチラチラと辺りを見渡しながら談笑している。
さて、この中からあの2人を探すのか……。いや、厳しくない?
たとえ探せたとして、俺があの女子たちの輪に入って行く勇気は無いよ?むしろ話しかけた途端、あの楽しそうな顔が一気に曇って即先生通報コース、事案コースだってあり得る。
やばいなぁ……入ってきたのは失敗かも。授業開始してからゆっくり探せばよかっ――――
「あぁ~! マスターだぁ~!」
「!!」
一旦廊下に戻って授業開始まで待とうかと生徒たちから背を向けたところで、背後から聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
振り返るとそこにはグループの中心からこちらだとアピールするように、ブンブンと大きく手を振る遥の姿があった。
見慣れたブレザーの制服に聞き慣れた声。そのいつもと変わらぬさまに、さっきまで感じていたアウェー感がどこかに吹き飛んでいって俺の心にも余裕が生まれてくる。
「ごめんねサッちゃん、ちょっと通るねぇ……んしょ……。 も~!マスター遅いよぉ~!待ちくたびれてたんだからねっ!!」
「あ、あぁ……。すまん」
集団から抜け出すようにして俺の目の前にやってきた彼女は、パァッとヒマワリのような輝く笑顔を浮かべて俺の目の前に立つ。
よかった。彼女が居てくれて。俺もその安心感に肩をなでおろす。
「それでマスター!お母さんが風邪ってレミミンから聞いたけど……大丈夫なの?」
「おう。今は父さんが居るから問題ない。 むしろ遅れて悪かったな」
「全然! なんでもないなら良かったぁ……。アレならアタシたちもお見舞いに行こうか!?」
「やっ……それはいいっ! そんなんしたら大変なことになる!!」
遥を実家に連れ帰りなんかしたら、それこそ両親に疑いの目を向けられてしまう。
彼女にとって友人の看病に家に行くのはふつうのコトかもしれないが、俺にとっては特に異性を実家に上げるなんてよっぽどのことなんだ。勘弁してくれ。
「大丈夫なんですね。 大事ないようで何よりです」
「レミミン!」
「伶実ちゃん……」
そんな笑顔の少女の背後から掛けられる声に目を向ければ、同じくこちらに歩いてくる伶実ちゃんが。
彼女は落ち着いた様子で、柔和な笑みを浮かべながら遥の隣に立つ。
「遥さん、マスターだと誤解を生んでしまうから別の呼び方って言ったじゃないですか」
「あっ! そうだったそうだった……ごめんねレミミン」
「別の……?」
はて、別の呼び方とは一体何だろう。
俺はそんなことを打ち合わせした記憶はないが、確かに『マスター』だと変に思われる可能性を生むのは納得だ。
この学校には本来、生徒とその身内しか来れないはず。俺たちは良くて友人関係とはいえ、それでも呼び方がああだと何者かと疑われかねない。
「その……ね?」
「ん?」
「お…………お兄……ちゃん…………」
「…………」
…………カフッ!
今まで元気いっぱいだった彼女が一転、モジモジと口元で掌を合わせながら上目遣いで告げる言葉と仕草に、俺の心は大ダメージを負ってしまう。
きっと表面上では精一杯虚勢を張ってスンとした表情をしていることだろう。
しかし心の内側ではやばい。可愛いという言葉しか浮かんでこない。そのチラチラとこちらを見上げる仕草といい、ほんのりと染めた頬といい、なぜその一言にこんなにも破壊力が込められているのだろうか。
「も……も~! なんとか言ってよ~!アタシだって恥ずかしいんだから~!」
「あ――――。あ、あぁ。悪い。 なんだか本当に可愛い妹が出来たみたいで驚いてな」
「かわっ……! そ……それじゃあしょうがないな~!しかたのないお兄ちゃんだな~!もう~!」
ポスポスと、これまで以上の笑顔を浮かべながら俺の肩を叩いてくる遥。
なにこの可愛い妹。持ち帰っていいよね? え、ダメかぁ……残念。
「…………」
「えっ、どうしたの? 伶実ちゃん」
そんな可愛い妹の相手をしていると、ふと反対側の腕に引っ張られる感触が。
何事かと目を向ければ黙って俺の袖を引っ張っている伶実ちゃんが横に張り付くように立っていた。その表情は伏せられていてわからない。
「その………私のことも構ってください……。にっ……兄さん……」
「…………」
コフゥ…………!
少しだけ拗ねながらも視線を合わせずおねだりする様は、まさしく素直になれない妹のよう。
遥が犬のように感情をまっすぐ表現するのだとすれば、伶実ちゃんは猫のように少し意地っ張りになりながらも、こちらが引くと近づいてくるかのようだった。
俺は突如出来た二人目の妹を抱きしめたい欲に駆られながらも、なんとか寸前で押し留めて表情を固定することに成功する。
「そ、そうだな。 気をつけるね、伶実ちゃん」
「はい。 私が居ることも忘れないでくださいね?」
「あ、あぁ……」
お互い顔を合わせることは無くとも一言一言大事に交わす俺たち。
なんともぎこちなく、けれど悪くない感覚に包まれていると、学校のスピーカーからはかつて在学中に嫌というほど聞いてきたチャイムという名の時を告げる音が。
「あ~あ、もう時間かぁ。 マ……お兄ちゃ……は次の授業見ていくんだよね!?」
「も、もちろん」
「アタシたちも頑張るから、ちゃんと見守っててね! ほら行くよ!レミミン!」
「むぅ……。 行ってきますね」
「頑張って…………」
なにその名残惜しそうな目は。勘違いしそうになるじゃないか。
今はあくまで兄のようなもの。親愛はあれど恋愛はないんだ。
「ごめんねいきなり出ていって~! 次の授業なんだっけ~?」
「次は数学だよ~。 …………それにしても遥ちゃん、さっきのお兄さん?居ただなんて聞いてないよ~!」
「アハハ……。 そうだっけかな~……」
さっきまで居た集団に戻った遥は授業の準備をしつつも談笑に花を咲かせる。
同じく戻っていった伶実ちゃんに目を向けても遥ほどではないが一言二言会話を重ねる友人は居るようだ。
俺はそんな2人の様子を見守りつつも、ふと廊下に立つ遥の母親の姿を見つめてそちらに足を向ける。
初めて来る学校に初めて見守る参観授業。俺は自らが場違いだと理解しつつも、妹分のように可愛い2人の受ける授業を心待ちにするのであった。
「娘が妹になった感じはいかがでしたか? 喜んでくれたのなら提案した私も嬉しいのですが……」
「アレを提案したのは貴女だったんですね…………」




