021.あかニャン
「ふぇぇぇ!? アタシがいやらしい店に!? そんなこと無いよぉ~!」
店内に一際大きな声が響き渡る。
それは他の客がいれば一斉にそちらを見、何か異常があったのかと警戒するほど。
だが、今この店には俺とその子、そしてその子の友達しか居ない。つまりいつもどおりの状態だ。だから大声を発しようが他の誰しも気にすることはない。
しかし他人は気にせずともその大声に俺と伶実ちゃんは驚いて肩を跳ね上がらせた。音がやんで彼女を見ると席を立って目を丸くしている。その顔は火を吹くほど真っ赤だ。
あれから洗濯から乾燥まで終えてから、俺たち4人揃って階下の店にてありのままを説明していた。
俺が見た昼間の人影からさっき疑われたものまで。さすがに少女の思いの丈までは伏せたが……。
「遥さん……びっくりさせないでください……」
「ごめんごめんレミミン。 それであかニャン!なんでアタシがそんなふうになってるの~!?」
「そっ……それは……こんな辺鄙な店に入り浸ってるって聞いて……」
4人がけのテーブルを囲んでいる3人は思い思いに口にしていく。
辺鄙な店で悪かったね。
場所は確かにそうだけど、店構え自体はちゃんと怪しまれないよう普通の感じにしたつもりなんだけどな。
「確かに変なとこにあるけどぉ……でもだからといってアタシがそんなところ行くわけないじゃん~!」
「でもでもっ! 遥先輩って優しいし困ってる人がいたら助けちゃいますから……それで騙されちゃったり……」
「さすがにそういうところの区別はつくよぉ!」
腰に手を当て、プンプンと起こった仕草を見せる遥。
あぁ、それはなんとなくわかる。色々と向こう見ずなところあるからね。騙されるとかありそうで怖い。
「むっ! マスターも同じ顔してるっ!……レミミンも~!」
「いやだって……ねぇ」
「すみません……。ですがここはちゃんとした店なので心配しなくても大丈夫ですよ」
フワリと優しい微笑みを見せて少女へやんわり教えてくれる伶実ちゃん。
あぁ……ずっと疑われてたからその微笑みが温かい。ちゃんと説明したら理解してくれたし、伶実ちゃんって女子高生とは思えぬ強かさだ。
良くも悪くも純粋。大丈夫かな……?伶実ちゃんこそ騙されたりしないかな……?
笑みを向けられた少女は、乾燥まで終わった体操服を着てバツの悪そうに視線を逸らしている。
「ところで……あかニャンって呼ばれてるようですが、名前を教えて貰ってもいいですか?」
「…………高芝 灯……です。高1」
「高芝……灯さん…………」
その名前に伶実ちゃんが小さく復唱する。
なるほど、『灯』から『あかニャン』と。
2人の1つ年下らしい彼女は立ち上がってトテトテと遥のもとまで近づき、ポスリとその腕の中にすっぽり収まる。
「すみません遥先輩……余計な気を回して貰って」
「いいのいいの。元はと言えば変なとこに店を構えるマスターが悪いんだからね~」
「おい」
立地まで言われちゃどうしようもないでしょ。確かに俺が望んで決めた場所だけど。
あと遥の大きな胸に包まれてるから、こっちからだらしない顔が丸見えになってるぞ。代わってくれ。
「灯さん、それなら何故疑惑のこの店に来ようと思ったのですか?それにびしょ濡れだった理由も聞いてませんが……」
「それは……遥先輩が引っ張っていくので都合が良いと思って敵情視察と言いますか……。危なかったら引っ叩いて逃げればいいかなぁ~って」
なんと危ないことをする。危うく俺ってば引っ叩かれるところだったのか。
「あと、びしょ濡れだったのは昼ここを監視してた時滑って転びまして……」
「あ、大きな音と看板倒れてたのってそれで?」
「はい……。あの後咄嗟に逃げちゃいました」
心当たりを問いかけると素直に認めてくれた。
だからか。あの音は転けちゃったから、だからスカートも泥だらけだったわけね。
「ごめんね、あかニャンにも言っておけばよかったね。 ここにはバイトしてるレミミンと遊んだりテスト勉強してるんだ」
「そんなっ! テスト勉強だったら私がいつでも教えますのに!!」
「またまたぁ~! あかニャンってばまだ高1じゃん。さすがに教えるのには学力が――――」
「――――思い出しました」
遥と少女が抱き合いながら会話していると、突然入り込むように伶実ちゃんの声が。
思い出す?何を?
「レミミン?」
「高芝 灯さん……その名前に聞き覚えがあったんです。 確か入学式で代表挨拶していた有名な……。全国模試でも全学年統一なのにトップだったと」
「えっ!? そうなの!?あかニャンっ!?」
「まぁ……はい。 自分で言うのは自慢っぽくて伏せてたんですが……」
全国トップ!?それに全学年!? そりゃ自分で教えるって言い出すよ。
それなら遥は伶実ちゃんじゃなく彼女に教えてもらったほうがいいんじゃないだろうか。そうしたらここにも来なく……寂しくなるな。
「だから遥先輩!テストが不安なら私に任せて貰えれば――――」
「――――ごめんね、あかニャン」
「えっ…………」
もう一度教えると告げる少女だったが、遥は優しい言葉でそれを断った。そっと肩を抱いて離した表情は優しいもの。
「どうして……」
「アタシはここの雰囲気が好きなんだ。レミミンに教えてもらったり……。 だから、レミミンが嫌じゃなかったら引き続きお願いしたいんだけど……どうかな?」
「私は構いませんが……自分の復習にもなりますし……」
「ありがと。 だから、ごめんね? それに、それだけじゃない理由だってあるし…………」
少女から完全に離れた遥は手をモジモジしながらチラチラと、何度も俺の方へと視線を運ぶ。
…………?なんだ?それだけじゃない理由……。
そうか!確かに遥はいつもここに来てパフェとかデザート頼んでるしな!気に入ってくれてたのか!
それに、たまに俺がコーヒー奢ってやってるのもきっとプラスに働いてくれたのだろう。絶対に一口目はブラックで飲んでくれるが、その後半泣きになりながら砂糖ミルク入れるのはお約束。
「そうですか…………」
「でも学校ではいつも通りだからね? また遊びに行くよ?」
「ありがとうございます。 ……でも、決めました」
「うん?」
遥の言葉を受けて顔を伏せていた少女は、キッと俺の方へを目を吊り上げながら顔を上げる。
それはまさしく怒っているよう。更に目の端には薄っすらと涙が。
「遥先輩が引き続きここに通うと言うなら…………私も遥先輩と同じく通います! そして教えるのなら良いですよね!?」
「もちろんいいけど……あかニャンはいいの? さっきまで疑ってたんでしょ?」
「今でもそれは信じきれませんが……だからこそ!だからこそ近くで見張ることで遥先輩を守る事ができます! 当然お客様なんですから、店の人は断ることはできませんよねっ!?」
「えぇぇぇぇ…………」
フンスッ!
と鼻息を鳴らしてそれ見たかと腕組みをする少女。
俺はそんな勝ち誇った姿を見て、更にこの店は騒がしくなるんだなと苦笑いをするのであった。