017.4つ差
「うぇぇぇぇ…………レミミンが…………レミミンが怖いよぉ…………」
「ふぅ…………」
テーブルに伏せった遥が嘆いている。顔こそ見えないがまさしく意気消沈。もはやとことんやられたといった感じだ。
それも仕方ない。
俺がさっき起こっていた経緯を説明したところ、お酒を甘く見て興味本位で口にしたことについて刻々と説教が始まったのだ。
伶実ちゃん本人という事例がありながら安易に手を出したこと、お酒の度数を確認し、相談もせずに口にしたことなど、理路整然と、明確に怒ることは決してなく説教する様は、遥にとって思った以上にダメージになったようだ。
俺は伏せる彼女を見て心の中で合唱する。
ドンマイ……。そして、儚くも柔らかな夢を、ありがとう。
「さて、次はマスターです。 マスターも、マスターですよ?」
「うぇ!? 俺も!?」
説教も終わって伶実ちゃんの肩が下がったところで、ようやくこのぎこちない空気も終わりかと思ったが、まさか矛先が俺に向けられるとは。
え、俺なにかやらかした!?遥が食べるの止めようとしたよ! 止められなかったけど!!
「もちろんです! なんでもっと強く引き剥がさなかったんですか。やろうと思えば突き放すくらいできたでしょう?」
「えっ……あっ…………それは…………」
何を言われるかと思ったらまさかの。
確かに突き放せば解決するかもだけどさ。遥怪我するじゃん。
「まぁ突き放すは言い過ぎましたが……マスター、若干鼻の下伸びてましたよ」
「……………………」
ここ一番のクリティカルを喰らった俺は口を噤んで視線をそらす。
いやね、だって女の子とあんな接近したのって初めてだし、むしろ当たってたし…………。
「マスター?」
「いやね……ほら、突き放してちょっとでもふらついたら頭ぶつけるかもだし。 ……伶実ちゃんみたいに」
「……へ? 私、倒れかけてたんですか?」
その言葉に驚く彼女は、きっと記憶が無いのだろう。 盛大に身体が揺れて卒倒しかけたのに。
俺がそっと頷くと、彼女は丸くなっていた目を伏せてハァ……と息を零す。
「そうだったんですね……。 それで、私はどうなったんです?」
「慌てて俺が支えた時に、遥が丁度ここに来たかな」
「……。 そういえば、今更ですが私がソファーで寝てたんですけど……?」
あぁ……そこを聞くか。 つつかれないことを期待してたんだけどな。
俺が運んだんだんだし、ちゃんと説明しなきゃ。 あと、運ぶ時散々からかわれた恨みは苦いコーヒーで晴らそう。
「それなんだけど……ごめん! 遥じゃ持てないから俺が運んだ!!」
「運んだ……? 私をマスターが?」
「そうそう、マスターがレミミンをお姫様抱っこしたんだよね~!」
横から入ってくる遥の声。
……そこ言うか。 ごまかそうと思ったのに。
正直、運んだことを言うのはためらわれた。
だって年頃の少女。いくらお酒で倒れたといえ意識ない状態で運ばれたら嫌な想像だってしてしまうだろう。
もちろん、決してそんなことはしていない。そもそも隣に遥が居たし。
しかし彼女は驚いたものの、顔を上げて見えた表情は決して嫌そうではなく。
「そっ、そうですか……。 それなら仕方ないですねっ」
「……? 怒らないの?」
「べっ……別にそこに関してはお酒に気づかなかった私が悪いのですし、それにマスターはあくまで救助目的だったのでしょうしっ!!」
視線を逸らして窓を見る彼女は真っ赤。まだ倒れる前のほうが色味が薄かったほどだ。
もしかして、今になって再度お酒が回ったのだろうか。
「レミミン顔真っ赤~! やっぱりマスターが――――」
「――――遥さん?」
「ヒッ! ごめんなさいっ!!」
彼女の顔を覗き込んでまたも怯える遥。
何を見たの!? 俺がなに!?
「伶実ちゃん…………?」
「……ふぅ。 マスター、今日のところは遥さんがすみませんでした。余計なことして」
「いいや、全然……」
俺への説教もいつの間にか終わったのか、頭を下げてくる伶実ちゃん。
彼女に代わって謝るさまはもはやお母さん。同い年だよね?
あと、遥に詰め寄られたのも全然謝られることでもなかった。むしろ役得……。
「ねぇねぇマスター」
「うん?」
「マスタってさー、今幾つなのー?年齢の話~」
「年か? 21……だったはず。今年21な」
広げられたチョコを片付けて食べられないようにしまい込むと、立ち直った遥がふと聞いてきた。
俺の誕生月は4月だから、もう既に今年度の年齢は迎えている。
学生が終わると、途端に自分の年齢がわからなくなるんだよね。昔、婆ちゃんが年齢聞かれていちいち計算してた気持ちが何となく分かる。
「4つ差…………」
「4歳差かぁ……」
何故か2人揃って同じ言葉を呟いている。
え、おかしくないよね? 俺は老け顔でもない…………ハズ!
「てことはこのチョコもギリギリだったね~! 強いの?お酒」
「そんなに強くもないけど、さすがにチョコ1個で酔うほど弱くもないな」
逆に1個程度で、あんな即効の酔い方をするなんて思わなかった。
摂取量が少なかったからか、今の2人は覚めてるようだ。
「そっかぁ。 じゃあじゃあ!マスターにとって高2女子ってどう?印象的な意味で!」
「どうって……生きる世界が違うなとしか」
「え~!? なにそれ~!?」
だってね、そもそも学生と仕事人って、それほどまでに住む世界が違うのよ?
社会人になると一気に流行とか鈍感になるの。 しかも花のJK、その時点で眩しすぎる。
そんな眩しい2人に向き合っていると、ふと伶実ちゃんが前に出る。
「ではマスターにとって私達は小娘同然って感じですか?」
目の前に立って聞いてくる表情は、少し不安げな目をしていた。
片手で耳元をいじり、少し俯きがちに上目遣いで。
どんな言葉を期待したいるのかはわからないが、きっと俺のことを兄貴分かなにかだと思ってくれているのかもしれない。
それで『住む世界が違う』なんて言われちゃ不安になるのだろう。
「……いや、2人は2人でしょ。 伶実ちゃんは気遣いができて頼りになるし、遥は場を明るくしてくれる。 小娘なんて思ってないよ」
「「マスター……」」
2人とも本当によくできた子だ。
むしろ大事な青春の時間をこんな場末の喫茶店で浪費していいのだろうかと不安になるほどに。
「はい、あのチョコ食べれなくて不完全燃焼だろうし、これ食べな」
「あっ! チョコだぁ!中身は…………」
「お酒は入ってないから大丈夫。 3人で街行った時に買ったものだから」
貰ったチョコと入れ替えるように棚から取り出したのは、あの日買ったちょっといいチョコレート。
一人でコーヒー片手に食べようと買ったものだが、まぁいいだろう。
2人は宝石のようなチョコレートに目を奪われたのか、目を輝かせながら手を伸ばす。
美味しいチョコレートに舌鼓をうって顔をほころばせる2人は、小娘なんかじゃなく立派な女の子の表情だった。




