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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第1章

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014.責任


「ほわ~……豆がいっぱいだぁ…………」


 店に入ると同時に、遥さんが声を上げる。

 そこは街中にあるとあるコーヒー豆専門店。扉を開けるとふわりとコーヒー特有の香りが鼻をくすぐり、様々な種類の豆が私達を出迎えた。


 専門店らしく、壁一面には大量の引き出しと、そこに貼られている種類と思しきラベルの数々。

 透明な引き出しの向こうには相当数の豆が収められているが、どれを見ても同じに見える。分かる人なら豆を見ただけで区別つくのかな……?


「マスター! これ全部違う種類のコーヒーなの!?」

「…………そうみたいだな。 俺も驚いた。こんな多くの種類を扱ってる店があるなんて」

「え、マスターってこういう店で買ってるんじゃないんですか?」


 てっきりマスターが指定したものだから、どういう物が置いてるかくらい把握してるかと。

 驚いて引き出しを眺める彼を見ると、ちらりとこちらを見て首を横に振った。


「俺は業者に頼んで持ってきてもらってるからね。こういう店へ買付に来ることは全然。 でも、手軽に買えるみたいだし通うのもアリかなぁ……お、いいの発見」


 ザッと引き出しのラベルを眺めていた彼はふと何かを見つけたようで、近くにあったバインダーをめくりだす。

 横から覗き込むように私も見ると、そこには豆の種類とその特徴が描かれている…………いわゆるカタログというもの。



 覗き込む――――といっても私と彼との間には、少なくとも15センチの身長差がある。

 マスターは胸元まで上げて見ているものだから見るためにつま先立ちになっていると、彼は私の様子に気づいたようで中腰に切り替えながら2人の間にカタログを移動してくれた。


「見ても面白くないと思うけど…………深浦さんも見る?」

「は、はい………」


 中腰なんて辛いはずなのに、それをおくびにも出さず私にも向けてくれる。

 さっきまで覗き込む体勢だったから、前かがみになっている私とその直ぐ側に顔を寄せるマスター。


 彼の視線はカタログに注がれているものの、私の視線はその横顔へ。

 まさしく近距離。それも至近距離といっていいほど。ちょっと首を回してあごを上に傾ければ、その頬くらいなら簡単にキスできる距離。

 きっと彼はカタログに夢中で今の状況に気づいて居ないのだろう。


 顔が動かせないながらも、必死に目だけを動かして辺りの様子を探ると、店員さんは店の奥。そして遥さんはそれに付いていってしまった。

 つまりこの空間にいるのは私とマスターの2人だけ。つまり、これはチャンスではないだろうか。

 ほんのちょっと……ちょっとだけ顔を動かして、事故に見せかけるように彼の頬へとキスすることは……。


「――――でね、この名前の豆を前飲んだんだけど意外と濃くって………」


 マスターの解説が聞こえてくるが、今の私には届いていない。視線はカタログに落ちず、彼の柔らかそうな頬へ。

 本当に……本当にチャンスだ。2人きりでデートできなかった分のチャンスが、今舞い込んできたのだ。


 いけ! いくのよ伶実! 今ここでキスして、あの日の遥さんに追いつかないと――――



「ます……た――――」

「――――マスター!レミミン!! ここすごいよ!隣に繋がっててあっちにデザートも売ってるっ!!」

「っ――――!!!」


 その頬を目指して私は目をつむり、唇を軽く突き出し、あごを上げようとしたところで、突然店の奥からかけられるは遥さんの声。

 その突然の呼びかけに驚いた私は、反射的に彼の隣から飛び退いて距離をとってしまう。


「…………? レミミン?どったの?」

「い、いえ。 何でもありません……」


 疑問符が浮かぶ彼女にごまかすよう、私は自らの髪をいじりながら目を泳がせる。

 気づいてない……よね?


「遥、店の中なんだから静かに」

「えへへ、ごめんごめん。 でもすごいんだよ~。ここ、隣と繋がっててソッチじゃコーヒーゼリーとかフラッペとか売ってるんだよ~! 店員さんもすっごい美人さんだしっ!!」

「…………さっき、喫茶店で食べてたよな? 大きなパフェを……」

「別腹別腹! 今回は少なめにするから大丈夫だよ~。ねね、いいでしょマスター!?」

「さっき遥におごってもらったところ悪いが、自分の金でならな。 深浦さんはどうす…………あれ?」


 マスターと遥さんが会話を繰り広げているところ、私は自らの足で見せの出口に向かっていく。

 その方向は隣とは違い、さっき入ってきた出入り口へ。


「深浦さん?」

「……ちょっと私、お手洗いに行ってきます。 すぐそこに公園があるので、そちらへ」

「えっ、レミミン、あっちにもトイレが…………って、行っちゃった…………」


 教えてくれる遥さんには悪いけど、聞こえないふりをして私は店を出る。

 一人になった私は、その足で直ぐ側の公園へと向かっていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「はぁ…………」


 誰も居ない公園、そのベンチにて、私は1人ため息をつく。


「なんでこうなっちゃったんでしょうね…………」


 見上げる空は段々と夜に近づいている太陽が。

 暖かさから寒さへと。少しずつ変わっていく春の夕方。私は1人眺めつつ、その空気を一身に吸い込む。


 今日、本当ならマスターと2人で遊ぶ予定だった。

 あの妄想ほどではないにしても、喫茶店でのんびりして、少し買い物して帰る。そのくらいのこと。


 しかし、計算外は遥さんだった。彼女は常に彼の隣に位置し、よく話しかけ、そのひまわりのような笑顔をずっと振りまいていた。

 別に遥さんが悪いとか憎いとか、そういうわけではない。ただ自分との実力の差を見せつけられた、そんな気がした。

 暗い私とは違い、明るい彼女。どんなとこでも、どんな時でも明るくみんなを笑顔にしてくれる彼女は、きっと誰からも好かれるだろう。

 だからこそ自分は暗いと、そんなレッテルを貼られている気がして自分が嫌になった。


 喫茶店も先日のお礼と言って自然におごってくれたし、こんな私を心配してくれる、優しい子。

 それにスタイルだっていい。きっとマスターも、あんな子がいいに決まっている。

 あの日、彼女の家からの帰り際にしたキス。あれはどう見ても恋に落ちた瞳だった。


「好きな気持ちは……負けないのに」


 そのつぶやきは誰の耳にも入らない。

 好きな気持ちは誰にも負けない。だからこそ、さっき爆発しそうになったのを必死に抑えてここまで来た。


「マスターも……マスターですよ……」


 抑えた気持ちは次第にマスターへ。

 マスターが遥さんを抑えておけば。今日来ても私との約束だからって言っておごってくれれば。

 そうしたらきっと、この気持ちも軽減されたのに。


「好きだなぁ……私」


 マスターのことが。どうしようもなく。

 あの日、助けられてからずっと頭の中は彼のことでいっぱいだ。

 だからこそ無理言ってバイトとして雇ってもらったし、こうしてデートだって企画した。

 彼は私の気持ちをどこまで知ってくれているのだろう。この気持ちの1%でも分かってくれたのなら…………


「マスターの……バカ…………」


 ベンチの上で膝を折りながらつぶやく。

 もちろんその小さな声は、誰の耳にも届くことは――――


「誰がバカだって?」

「ぇ…………」


 頭上から掛けられる声に顔を上げれば、肩で息をしながら目の前に立つ愛おしい顔。

 彼はそれ以上何も言わず、ただ黙って私の隣に腰を下ろした。


「マスター……?」

「ん。 さっきはびっくりしたよ。突然出ていっちゃうしさ」

「遥……さんは……?」

「遥は今あの店で並んでもらってる。だいぶ混んでたし、結局持ち帰りにするって」


 そっか……。そんな中で私が居なくなったら迷惑だもんね……。


「すみませんマスター。すぐに私も向かいま――――」

「まって」


 泣きそうな気持ちを必死に抑えて立ち上がろうとすると、肩を掴まれて阻まれてしまう。

 何事かと隣を見ると、彼は何かを探すようにポケットをまさぐり始めた。


「はい、これ」

「これ……なんですか?」

「まぁまぁ、開けてみて」


 手渡されたのは小さな小さな小包。1片10センチくらいしかない小さなもの。

 その言葉に従ってシールを剥がし、中身を取り出すと、更に小さな二組の光るものが私の掌に転がった。


「これは…………」

「ほら、奢るって言ってたのに遥が奢ったでしょ? だからせめてもの……。代わりになるか、好みかどうかもわからないけど…………」


 掌に転がるのは、小さくて輝くイヤリングだった。

 蒼色で雫の形をした小さなもの。雫の中には花があしらわれている。


「その……キミがバイトに来てくれて、毎日楽しくって……。 それで大したことないけどお礼したいって思っててさ……。どう……かな?――――伶実ちゃん」

「――――!!!」


 彼の口から出た思わぬ言葉に、これまで冷え切っていた私の心が急速に熱を持つ。


 ――――伶実ちゃん。

 これまでとは違う、下の名前。あのテストの日から、彼女を遥と呼んでいた事に気づいて羨ましかった。私も呼ばれたかった。

 まさかその日が……こんな早くに来るなんて。


「ぁ……ごめん!急に下の名前でなんか呼んじゃって!! ちゃんと深浦さんに戻すから事案だけは――――」

「それでいいです!」

「…………え?」

「それで……いいです。 伶実で……下の名前で……」


 突然の大声に呆気にとられる彼を置いて、私は立ち上がって渡されたイヤリングをつける。

 初めてで見様見真似だけど……うまく付けられた。彼に見せつけるように、髪をかき上げて耳を向ける。


「どう……ですか?」

「うん。 可愛いよ。伶実ちゃん」

「~~~~!」


 その優しい声に私の心は暴走寸前だ

 表面上はなんとか抑えて、これ以上はマズイと公園の出口に向かって足を向ける。


「迎えに来てありがとうございます、マスター。 さ、早く戻りましょ?遥ちゃんが待ちくたびれちゃいます」

「お、おぅ……」


 小走りで向かう私に、戸惑いつつも付いてきてくれるマスター。


 あぁ、なんて私はこんなにチョロいのだろう。

 ただプレゼントを貰っただけで、ただ下の名前を呼んだだけで、ただ『可愛い』と言ってもらえただけで、こんなに上機嫌になるなんて。

 でも、それでもいい。私はマスターにだけなら、こんなにチョロい女の子になったっていい。


 だから…………責任、取ってくださいね? マスター。


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