137.すれ違いの奇跡
10月終盤の涼し気な風が、木々を揺らす。
季節はもうすっかり秋。
あれだけ生い茂っていた木々も葉が落ち、残すところはあと僅か。
きっともう数日もすれば枝に付いている茶色の葉も落ちて新芽を出す春に備えるだろう。
春になればこの山を埋め尽くすくらい、圧倒的な桜の花びらが舞う山。
秋の今では面影もないこの山は、麓からもお墓の数々が見えていて、俺たちは迷うこと無く目的の場所にたどり着いた。
「やっぱりここからの景色すっごいね~!遠くまで見渡せるよ~!」
「遥ちゃん、まずは景色よりお線香だよ。 総の親に嫌われちゃってもいいのぉ?」
「わ~!それはだめぇ! ちゃんとやるやる!嫌われちゃったら生きてけないもん!」
「あははっ! 冗談冗談。あの人達はそれくらいじゃ怒らないから安心していいよ~」
景色を眺める遥と、それをからかう優佳。
後方で聞こえてくる愉快な話し声を聞きつつ、俺は目の前の目的へと向き合った。
俺たち6人は、両親の月命日に合わせて墓参りへとやってきていた。
いつもは10月にくることなどほぼ無いが、今日は特別。2人に報告したいことがあるからだ。
最初は一人で来ようとしたものの、優佳に目ざとく情報を引き出されて共有された結果、6人全員で来ることに。
優佳の運転でやってきた俺たちはそのまま山の頂上付近まで。そこからの景色を楽しんでいる彼女らを置いておいて、俺は一人墓と向き合って竿石に乗っていた落ち葉を払いのける。
「…………あれ?」
「どうしました?マスター」
「いや。 そういえば毎月来てるけどやけにこの墓石綺麗だなって思って」
いつの間に近づいていたのか、ひょこっと隣から顔を出した伶実ちゃんがお墓を見つめるも、いまいちピンと来ていないようだ。
何度も首をひねるも最終的に疑問符を浮かべながらこちらに顔を向ける。
「綺麗……? ここの管理者さんがお掃除してるのでは?」
「それも思ったけどさ、他の墓石は相応に汚れてる中これだけ綺麗なのがちょっと不思議で」
「たしかに……」
俺がお墓にくるのは夏の命日やお彼岸くらい。
その時はシーズンでもあるから辺りの墓も一様に綺麗だったが、微妙な時期の今はそこかしこに落ち葉が敷かれている。
けれどこの墓だけポッカリと。まるでつい先日誰かが掃除に来たかのような綺麗さがそこにはあった。
「あ、それパパだと思うよ?」
「パパって……善造さん?」
伶実ちゃんの逆側から顔を出した遥が、心当たりのあるかのような口ぶりで彼の名を出す。
なんで善造さんがここで出てくるんだ?彼がここに来たとでもいうのか?
「うん。昨日ここに行くってパパに言ったらね、教えてくれたんだ。 つきめーにち?かその手前にはいつも行ってるって」
「月命日…………」
月命日。それは命日から続く、毎月決まった日付のこと。
俺でさえ毎月は厳しいからと頻度を下げているというのに、彼は10年以上も毎月来ていたというのか。
たしかに、思い返せば夏の墓参りなんかもお墓は小綺麗になっていた。それがまさか彼の手によるものだったなんて。
「ふぅん……。あの人がねぇ……」
「優佳……」
「ま、犯人も分かったことだしあたしたちは気にせずお墓参りしちゃいましょ。総、線香頂戴」
犯人って……。
口ぶりから察するに、なんだか優佳は善造さんのことがあまり好きではないようだ。
悪くない人なんだけどな。ただ空気読めなさ過ぎるだけで。
「…………マスターさん」
「奈々未ちゃん?」
先に線香をあげる優佳を見ていると、ふと背中に誰かが抱きついてくる感触が。
声的に奈々未ちゃんだ。両側は伶実ちゃんと遥で埋められてるから後ろにしたのか抱きつきを離そうとしない。
「マスターさんは、寂しい?」
「えっ? いや、寂しくないけど……どうして?」
「……記憶の無い私でも、お墓は寂しいから。 マスターも寂しいのかなって、ギュって」
あぁ……そうだった。
彼女も、幼い頃に両親を亡くしている。
だから自分と照らし合わせて寂しがっていると思ったのだろう。
その心遣いは素直に嬉しい。俺はそんな彼女の優しさに微笑みを浮かべながら回されている手を包み込む。
「大丈夫だよ。 奈々未ちゃんがいてくれるから、大丈夫」
「そう? じゃあ私がお墓参りする時も、来てくれる?」
「もちろん」
「ちゃんと私の夫だって親に伝えてくれる?」
「それは…………善処するよ」
それは気がひけるなぁ……。
なんだか報告した途端墓から怒鳴り声が聞こえてきそう。もしくはその日の夜に枕元から聞こえてくるのかも。
「じゃあ、奈々未ちゃんの次に挨拶するのは私の親ですね」
「灯……? もしかして、灯も両親を……?」
え、まさか俺が知らなかっただけで灯もそうなの?
確かに授業参観に居なかったけどさ。まさかそんな……
「いえ、普通に対面式です。 私のお父さんとお母さんも……手ぐすね引いて待ってますよ? ふふっ……」
ヤダ怖いっ!!
そんなニヤリとした笑顔、ご両親のスタンスはどっちなの!?10発くらい殴られるとかそういうの嫌だよ!
「大丈夫です。ちゃんと全部伝えてありますので」
「ここまで全く安心できない『大丈夫』は初めてだよ…………」
ホント、安心できない。
開口一番グーが飛んできそうで怖すぎるなぁ……それ。
「ほら、マスター。優佳さんが終わりましたよ。行かなくていいのですか?」
「ありがと伶実ちゃん。 今行くよ」
とりあえず、灯の恐ろしい話は後だ。
俺は伶実ちゃんに服を引かれるのを感じながら墓の前まで行き、手を合わせる。
報告するのはもちろん彼女たちとの関係性。
喫茶店の開店当初は、まさか普通に結婚して普通の生活を送ると思ってたのに、ここまでハチャメチャになるとはなぁ。
父も母も5人一緒に居続けるなんて知った日には、生きていたら何されることやら。
「――――。 よしっ。終わり」
「もういいんですか?」
「うん。ちょっと報告するだけだったしね」
あんまり手を合わせ続けると心配かけるし、何より俺が怖い。
ふたりとも生前は叱るときは本当に怖かったからなぁ……その時のことを思い出すと今でも寒気が。お墓越しにも怒られたくないよ。
「マスター! アタシも手を合わせたよっ!報告もちゃんとした!」
「ほぉ、遥は何を報告したの?」
「そりゃもちろん! マスターのお嫁さんですって!!」
そう自信満々に告げる彼女の瞳は輝いていた。
なんだかそれが褒められるの待ちをしているかのように思えてそっと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
ホント、元気いっぱいのワンコのようだなぁ。
「さ、お墓参りも終わったことだし、次は何しましょ? 総、何か考えてる?」
「ん~……もうお昼だし、どこかでご飯でもいいんじゃない?」
優佳に促されて時刻を確認するともう昼過ぎ。お昼の時間だ。
ここらにいい店あったかなぁ……。
「ご飯!?お寿司!?」
「遥さん、お寿司はさすがに無いです。 マスター、でしたら近くの喫茶店はどうですか?個室もありますので奈々未さんも安心ですよ」
「ん。 伶実さん、ありがと」
「いえ。私達も家族になるんですから。支え合いですよ」
そう言って奈々未ちゃんに笑いかける伶実ちゃんは、そっと頭を撫でて彼女も目を細めてそれを受け入れる。
家族か……。
一度は失われた家族。誰も居なくなって、3人増えて、そして今5人が更に深い繋がりになろうとしている。
それは運命のイタズラか、救済か。只人の俺にはわかりようもないが、決して悪いものではない。
「それじゃあ喫茶店にしゅっぱーつ!」
「あ、遥先輩! 人来てるので気をつけてください!」
「えっ? あ、ホントだ! すみません!」
一足先を行っていた遥が一歩踏み出そうとした所で、横をすれ違おうとした男女2人が近くにいて謝罪する。
しかし男女もぶつからなかったのもあり「いえいえ」と軽くほほえみながら横を通り、こちらに歩いてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
若めの、30に届くかどうかといった夫婦。
2人は仲睦まじく手を繋ぎながら帽子を深くかぶり山を降りようとする俺たちの横を通り過ぎる。
「――――」
「マスター?」
普通にすれ違うように会釈をしながらすれ違う少女たち。
しかし俺は、そうもいかなかった。すれ違う直前、その顔を見ると同時にその場に立ち尽くしてしまう。
あの顔。あの微笑み。あの気配は――――
「総っ……! あの2人ってもしかして…………」
「…………。 いや、なんでもない。人違いだよ」
「でもあの顔は――――」
「――――ううん。優佳。 人違いだよ」
唖然としていた俺に慌てて近寄ってきた優佳に、優しく微笑みかける。
そうだ。人違いだよ。 たとえそうでも、人違いだ。
「…………。 わかった。アンタがそれでいいなら、それでいいわ」
「……? マスターさん。あの2人、ご両親のお墓のところにいるけど知り合い?」
振り返って様子を伺った奈々未ちゃんが問いかけるも、ゆっくりと首を横に振る。
俺は振り返らずに、その足を一歩前へと踏み出した。
「さっ、早くお店に行こうか。 あんまりゆっくりしてると混雑しちゃうかもだしねっ!」
それは心配か祝福か、それとも只の奇跡かはわからない。
けれどもうそんな奇跡は必要ないと。2人を安心させるために速く、疾く駆けていくのであった――――――――。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて今作は完結となります。
追記:続編を公開しました!!




