134.過去の真相
「そういえば、今更だけど伶実ちゃんに一個聞きたくてさ」
「? はい、なんでしょう?」
ふと。
今更ながら1つ聞きたいことを思い出して伶実ちゃんに呼びかけると、花のような香りと共に彼女の髪が目の前で揺れる。
それはまだ伶実ちゃんと奈々未ちゃんによってサンドイッチになってからあまり時間も経っていない頃。
伶実ちゃん以外の女性陣はみな1つのテーブルで仲良く談笑している中、彼女は一人俺の膝の上で未だにちょこんと座っていた。
少し揺れるたびに漂う花のようないい香りと腹部に回すよう誘導された自らの腕に伝わる、彼女のゆっくりとした息遣い。
まさに愛おしい彼女の生の活動に心頭滅却して無の心を得ようとしていると、ふと今まで聞きたかった事を思い出した。
「伶実ちゃんって俺と昔会ってるって聞いたけど?」
「…………そういえば、マスターは私の寝言を聞いちゃってたんですね……」
ポリポリと恥ずかしそうに掻く頬。顔こそ見えないがきっと苦笑いを浮かべているだろう。
寝言を聞かれたという事実はホテルでの一件時点で彼女も把握している。
きっと『計画』についても今回のことについても、優佳から伶実ちゃんへ情報が渡ったのだろう。ならば聞くことは1つ、いつ会ったかだ。
「うん。優佳に聞いた時は何か知ってる風だったけどさ、結局いつ会ってたの?」
「そうですね…………教えてもいいですが、1つだけ。 私は忘れていることを気にしてませんので、マスターを責めるつもりは一切ないことを理解してもらえますか?」
「え? あぁ、うん」
なんだか改まってされる前置きに、ついつい戸惑ってしまう。
そんなに忘れてることがマズイことだったのかな?昔は確かに色々あって記憶があやふやだし、施設での子たちなんて顔も名前もすっかり忘れてしまった。
そうでなくても幼稚園とかに会ったと言われたら忘れていても仕方ないと思う。15年前なんて忘れても時効にしてもらいたい。
「そのですね……辛いことを思い出させるかもしれませんが、以前私達に話してくれた事故のこと、覚えてますか?」
「あのときの事? そりゃあ、忘れるわけないけど……」
そうだ。忘れるわけがない。
俺の両親を亡くした事故。優佳の家族の一員になった事。色々なことが立て続けに起こったが、それでも儚い人生の中で強烈に覚えている。
あの付近で新たに知り合ったというと、施設の子だとでもいうのだろうか。
強烈に覚えているといってもさすがにそこは自信がない。こちらから彼女の様子を伺おうにも俺に背を向ける形で座っているから伺うことができない。
「……ではその前日、公園で遊んだ日のことは?」
「公園……公園……。 あぁ、優佳と遊んだ日のことね!」
「はい。具体的に、何をしたか思い出せるでしょうか?」
器用に膝の上で背を向ける形から横座りした彼女は、身体を捻って真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。
クリクリっとした大きな瞳。彼女のチャームポイントであるその瞳をほんの少し鋭いものに変化させ、真剣に。何か期待と不安の入り混じったような視線。
「あの時は……そう。優佳とかくれんぼしてて、途中で知らない女の子を見つけたからその子と一緒にボール遊びを…………って、まさか――――!」
「…………はい。そのまさかです」
ホッと、安堵するかのように目尻を下げた彼女は笑顔を見せる。
そこまで誘導されれば誰だって思い出す。そうでなくともあの夏の日に伶実ちゃんと遥に聞かせてみせたのだ。
あぁ、なぜ言われるまで気づかなかったのだろう。
よく見ればその茶色い髪色、その大きな瞳、そしてその雰囲気。すべてが今の彼女と瓜二つじゃないか。
「伶実ちゃんがあの時の――――!」
――――いや、待て。
もっとよく思い出すんだ。
あの日会った時、俺は何かを話した。
忘れてはいけないはずの、大切なこと。
以前話したときも気にした、大切なことといえば……………
「…………約束。 俺、帰り際に伶実ちゃんと約束した。公園で遊ぼうって。待ってるって」
「っ――――! そう……ですっ。私、ずっとあの公園で……待ってました……!」
驚きに満ちる俺とは対称的に、目に涙を溜めた彼女はすんでのところで胸に飛び込んでギュッと服を握りしめる。
そうだ。あの日俺は少女と約束した。お出かけから帰ったら遊ぼうって。待ってるって。
「……ずっと、待っててくれたの? 俺を」
「はい……。ずっと……ずっと……あの公園で…………」
ゆっくりと上げた彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
しかしそれは悲しみではない。現に彼女は笑い、微笑みかけている。
「よかったです。 覚えて……気づいてくれて……」
「……ごめん。今までずっと忘れてて」
「い、いえっ! マスターを責めるつもりはないんですっ! 最初に言ったじゃないですか、責めるつもりは一切ないって!」
顔を伏せる俺に彼女は目を丸くしながら慌てて否定する。
「それを言うなら私こそすみません。 以前過去を話してくれた日、突然帰ってしまって」
「そういえば……」
「その……覚えていてくれた嬉しさで緩む顔を見せたくなかったんです……辛い過去を話してくれてましたから……」
そういえばあの日、伶実ちゃんが先に帰って様子がおかしかった。
ショック過ぎるからと受け取ったけど、まさかそんな理由だったとは。
……ん?じゃあ伶実ちゃんは最初から俺が公園で遊んだ人だと知ってたんだよね?なら、気づいたのはいつから?
「ねぇ、じゃあ俺を過去会った人だって結びつけたのっていつのこと? まさかバイト申込みに来た日じゃないよね?」
あの突然やってきて、働きたいと拒否しても食い下がらなかった彼女。
さすがにもっと後だろう。だってあの日気づいても確証を得る時間がないし、聞かれもしなかった。
「そ……それは……。怒りません?」
「もちろん、怒るわけないけど」
なにやらさっきとは一転、申し訳無さそうな苦笑いのような、不思議な表情を浮かべている。
なんだ?怒るってそんな変なタイミング?
「その……去年の夏です。オープンキャンパスの日、マスターと図書館ですれ違って………」
「…………えっ?」
「それからマスターの後をつけたりして店の場所や開店日時を特定して……その……一緒に居たいから無理にバイト申し込みましたっ!!」
「――――」
絶句。
まさか初対面があのバイト面接の日ではなく、もっと前だったとは。
それも1年前!?俺つけられてたの!?全然気づかなかったんだけど!!
ジッと出てくる言葉が見つからず黙って彼女を見つめていると、その額からどんどん冷や汗が流れ出てくる。
「えっと……その……え~いっ!」
「わぷっ! 伶実ちゃん!?」
次第にその視線に耐えきれなくなったのだろう。
視線をあっちいったりこっちいったり右往左往していた彼女は、突然手を大きく広げて思い切り俺に抱きついてくる。
音符が出るような声色で、彼女はギュッと首に腕を回して髪からいい香りを振りまいていく。
「そのぉ……マスター!大好きですっ!」
「伶実ちゃんそれでごまかした気に…………。はぁ、しょうがないなぁ」
「えへへ~!」
呆れる俺に笑顔を向ける伶実ちゃん。
まさにイタズラのバレた子供のように、笑顔を浮かべながら誤魔化そうとする彼女に、俺は肩をすくめながら抱きしめ返すのであった。




