131.本当の答え
「よければ、この花を受け取って欲しい――――」
両手で彼女の手を包み込み、手のひらにそっと花を乗せる。
5人からの言葉を受け、真剣に考え、導き出した答え。
目の前の少女はただ黙って口を震わせ、俺の目と手元を交互に行き来している。
「ぇっ……ぁっ…………。そんな……私で……私で……いいんですか?」
「むしろ、それは俺のセリフだよ。こんな隠居してる喫茶店のマスターでいいのかなって」
「そんな……そんなことは全然…………! うれっ……嬉しい……です…………!!」
彼女の手の震えが俺にも伝わり、その声も跡切れ跡切れになっていく。
俺は彼女――――伶実ちゃんに花を渡した。間違いなく選んだ自身の答え。
後悔なんてまったくない。搦手だが、この答えが最もいい方法だろう。
その手を包んだまま見つめ合っていると、背後に遥母が近づいてくる気配がする。
「そうですか…………。大牧さんは彼女を選んだのですね」
それは心底悲しそうな、辛そうな声。
彼女は本当に、本当に娘を愛しているのだろう。でなければ無理矢理俺と遥をくっつけるか、家に従って許嫁を用意するに決まっている。
しかしそれはしなかった。理由もただひとえに、娘のためを思ってのこと。無理矢理なんてしたら遥が怒ることがわかりきっているから。
「娘でなかったのは残念ですが、仕方ありません。 大牧さんの選んだ道ですから、その意志を尊重しま――――」
「…………いえ、待ってください」
「――――えっ?」
小さく息の吐く音が聞こえてくる。
俺は伶実ちゃんを選んだ。そう彼女は思っているだろう。
しかし、そうではない。伶実ちゃんには辛い選択だと思うが、決してそうではないのだ。
「伶実ちゃん、ごめん」
「えっ…………マスター……?」
「手を広げて、見て欲しい」
「手を…………? …………ぁっ」
それだけを告げて今まで包み込んでいた手を離す。
視界に映るのは彼女の小さな握りこぶし。
俺の言葉に従うよう握っていた手を広げた”モノ”を見て、彼女は小さく声を上げた。
「ごめん伶実ちゃん。 やっぱり、俺には選ぶことができないや」
「…………マスター」
そう見上げてくる瞳に映るは、喜びと呆れ。複雑な表情が混ざったもの。
しかし少なくとも、悲しみや嫌悪などといった表情は見受けられない。
「大牧さん……! これは…………!」
「すみません。 高そうなお花、壊しちゃいました」
苦笑いしながら遥母に掲げるのは俺の左手。
そこには来る時に車内で貰った、プルメリアの造花が。
しかしその造花、さっきとは違う点が一点だけある。
それこそ俺の決意した証である証左。
花の命ともいえる花弁、そのうちの1枚が綺麗にもぎ取られているのだ。
掲げられた花には5枚のうち4枚が佇んでおり、最後の1枚はさっき広げた伶実ちゃんの手の中にある。
「……だから遥。 遥にもこの花を一枚、受け取って欲しい」
「ますたぁ……。 ばかぁ……ばかぁ……!!」
振り返るようにこれまで意図的に見てこなかった遥と向き合うと、彼女の瞳からはボロボロと大粒の涙を流していた。
俺はそんな彼女の手をとり、そっと花びらを一枚乗せていく。
「ごめん。 心配掛けたね」
「ホントだよぉ! マスターがレミミンのところ行った時アタシ……アタシ………」
「うん、ごめん。 その花びら、受け取ってもらえるかな? ダメなら突き返して貰えれば――――」
「っ…………! それはもっとダメ!もうこれはアタシのだもんっ!返品してっていっても聞かないんだからっ!!」
ギュッと花びらを乗せた手を硬く握り、彼女は大事に胸元に持っていく。
よかった。 遥も、やさしくて本当によかった。
「…………灯」
「まぁマスターですもんね。 そんなことだろうと思いましたよ」
「さすが、頭がいいと予想もついてたのかな?」
「当然ですっ! でも……」
灯は受け取った花びらを、握りしめつつ、ツゥ……と一筋の涙を流す。
「予想はあくまで予想ですから……勉強と違って絶対じゃありません。 だから……この結果で本当によかっ…………」
「…………ありがとう」
言葉が途切れて泣き崩れる彼女を、遥がそっと抱きしめる。
灯も優しい子だ。こんな俺を好きになって、こんな結果を受け止めてくれたんだから。
「奈々未ちゃんも、いい?」
「マスターさん……私、ずっと思ってた事があったの」
「?」
灯の隣に立つ奈々未ちゃん。花びらを一枚ちぎって渡そうとすると、その手を逆に包み込まれて無垢な目を向けられる。
「ずっと、マスターさんの子供を産んだらお仕事できなくなっちゃいそうだなって不安だったの。家族が増えるから、いっぱい稼がなきゃなって思ってたのに稼げない。それは辛いなって。……でも、みんながいるなら大丈夫。この答えが、一番いいよ」
「奈々未ちゃん…………」
「マスターさん、この道を選んでくれてありがとう」
そっと俺の手から花びらを受け取った彼女は、柔和な微笑みでそっと抱きしめる。
彼女は強かだ。現状を受け止め、冷静に対応できる。 …………でも、今度おじいさんには殴られてこよう。
「――――最後はあたしね。 あんたねぇ、いくら全員に渡すと言っても、あたしを最初に選んでくれるんじゃないのかしら?」
最後の一枚をちぎったところで不満顔を見せてくるのは姉、優佳。
彼女は不満げにそう言葉を漏らすも次第に柔らかいものに変わり、最後の花を受け取ってくれる。
「ずっと一緒にいてくれた優佳は俺の考えをわかってくれてると思ってね」
「……そんな事言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃないの、バカ。 …………本当にいいの?茨の道よ?」
「…………覚悟の上さ」
最後まで心配してくれる彼女に自信を持って答える。
そして花びらのなくなったプルメリアを手に、俺は遥母と向き合った。
「すみません。 俺は誰も選ばない道を選びます。同時に、全員を選ぶ道を」
「本当にいいんですか? 世間に、全てに後ろ指を刺されますよ?」
「構いません。 その時はその時で海外に行くこともできますから」
必死に悩んでいた時に、俺は走馬灯を見た。
店を開いてみんなと出会い、ここに来るまでの道のり。
そのうちの1つとして浮かんだのが、愛子とした店での会話。彼女は冗談交じりで国外でもと言っていたが、本当になるかもしれない。
俺の言葉が伊達や酔狂ではないとわかったのだろう。彼女は1つ肩を竦めながら大きくため息をつく。
「…………わかりました。 でしたら私達本永家も、みなさんの生活を全面バックアップ致します」
「えっ……いいんですか?」
彼女の言葉は俺の予想と全く違うものだった。
良くて激怒。悪くて勘当。そのレベルさえも思っていたが、まさかのバックアップだと……?
「夫も……あの人も、もしこの答えを出すのならばそのように言われてましたので」
「善造さんも…………」
まさか事前にあの人まで話がいって、この答えさえも予測していたとは。
……ってことは、わざわざこんな大それたことしなくてもいいんじゃ?
「今回の件は半分、夫の計画です。大牧さんに覚悟があるかどうか、それを問いたいと」
「覚悟……。はい」
そっか。なんとか俺は一番の答えを出すことに成功したのか……。なんとか……死ぬかと思ったけど。
でも、それなら家督の件は?
「家もまだまだ数十年は夫が当主でいくとおっしゃいましたので。しかし、娘に子供ができたら跡継ぎにしますからね」
「はい。 その子がそれを望むなら」
「当然です。その気もない者に本永家を継がせるわけにはいきません」
今後何十年先になるかわからないが、その時もきっと来るだろう。
もし子供が望むなら、そんな未来を提示してもいいかもしれない。
「……それより大牧さん、いいんですか?」
「……? はい?なにがです?」
「後ろです。 あんまり私と喋ってていいんでしょうか?」
「後ろ…………? ――――うわっ!?」
遥母の言葉に従って彼女たちがいるであろう背後を振り返ったその時だった。
俺が彼女たちを認識した瞬間、飛び込んでくる5人。
まさしく同時。まさしく飛びつき。
当然不意を突かれた俺は受け止めることができず、その場に倒れ込んでしまう。
「マスター!大好きですっ! ずっと一緒ですよっ!」
「あ……あぁ…………。 ありがと……。でも、重い…………」
「あ~! マスター女の子に重いって言ったぁ~! そんな事言っちゃダメなんだよ~!」
そりゃあ、ひとりひとりは羽のように軽くても人間5人に同時飛びつきをされたら重いと感じるでしょうに!!
苦しさに苛まれつつ落ちる影に見上げれば、遥母が楽しそうにこちらを見下ろしていた。
「早速、大変ですね。 大牧さん」
「た……助けて……」
「ふふっ、イヤです。 全員を娶るのですから、このくらいどうにかしてください」
口元を隠しながら拒否されるさまに崖から突き落とされる絶望を感じつつ、俺は上に乗っている子たちをひとりひとりなだめていくのであった。




