013.恨めしさ?
「むぅ~~…………」
私は頬を膨らませながら街中を歩んでいく。
すぐ目の前には物珍しそうに辺りを見渡しながら歩いていくマスターの背中。
その私よりも何回りも大きい背中をジッと見つめながら、彼の後をついていく。
今日は、大好きな大好きなマスターと、楽しい楽しい初デートの日。
私にとっても生まれて初めてのデート。だからこそ服装にも気を使い、イザというときのためにプランも立ててきた。
――――しかしその計画は、待ち合わせ時間になる前に早くも崩れ去ってしまった。
大きな背中の隣には、私とそう変わらない背丈をした女の子、遥さん。
長い髪を纏めてサイドテールにし、その尻尾と大きな胸を揺らしながら彼の隣を歩いていく。
学校でもいつも、関わる者みんなを笑顔にさせてくれる、明るい彼女。そんな彼女は好きだが、今日は…………今日だけはその笑顔が恨めしく思えた。
遥さんの話を聞き、笑顔を交えつつ返答するマスター。
私はその横顔を見つつ眉間にシワが寄るのを自覚する。本来なら、本当なら私が隣に居て彼と楽しい会話をしていたはずなのに。
マスター。大好きな大好きな、あの日私を助けてくれた大好きなマスター。
きっと彼は私だと気づいていないのだろう。もしくは、あの日のことすら忘れているのだろう。
しかし私は覚えている。あの日私は彼に助けられて、この空っぽの心を彩ってくれた。
しかし今彼の隣にいるのは私ではない。なんで私じゃないの。なんで私じゃなく彼女が――――
そこまで考えたところで、自身に暗い感情が生まれつつあることに気づいて思考を振り払うように首を振る。すると、それに気づいたのか気づいていないのか、ふと彼の横顔がそのまま私の方に向けられた。
「深浦さんはどう思う?」
「…………えっ?」
「さっきまでアタシとマスターとで話してたんだけどさ、ただデザート食べて終わりは寂しいからショッピングでもしようかって!」
あぁ…………そのこと。
私が昨夜計画していた内容でいいなら…………。
まず人の少ない映画を見て2人の時間を堪能するの。その内容はちょっと過激な恋愛もので、そのシーンに入ったら私も彼もドキドキしてついつい手元の飲み物に手を出しちゃうの。そしてふと2人の間に置いたポップコーンを取る時に手が触れて、一緒に赤くなって……。
それから喫茶店でデザートを堪能するんだけど、あのシーンのお陰でお互い感想が話せなくなって微妙な空気になりながら、ふと思いついたようにカラオケに行くの。
カラオケで彼の美声に酔いしれながら私は何度も何度もリクエストして、ちょっとずつ、ちょっとずつ隣へと近づいていくの。彼が歌っている間にすぐ近くまで寄ってから、歌い終わった時に気付くお互いの距離。自然と彼と私の距離が近づいていって最後にはゼロに…………。
彼に初めての唇を捧げた私たちは、そのまま残り時間なんて知らないようにカラオケを飛び出して近くのホテルで――――――――。
「~~~~!!!」
そこまで考え込んだ私は思わず燃え上がるような顔を両手で抑える。
そんな……初めてのデートで初めてを捧げるなんて…………!でも、きっと優しい彼のことだから、怖がる私をそっと抱きしめて、そのまま優しいキスを――――。
「えと…………。レミミン、大丈夫?」
「――――――――はっ!!」
突然掛けられる声に慌てて顔を上げれば、心配そうに見つめる2人の顔が。
やっちゃった……。考えに没頭しすぎちゃった。
「……こほんっ。 そ……そうですね。 ショッピングもいいと思いますよ」
「だよねっ! ねっ!マスター! 寄り道してもいいよね!!」
慌てて取り繕うと、遥さんは気にしないように話を続ける。
それは私の考えに気づいているのか気づいていないのか……何にせよ、触れない優しい子でよかった。
「ショッピングねぇ…………何か店に足りないものあったかなぁ」
「そうじゃなくって~。 ほら、お洋服とか見たり小物見たりするの! 何ていうんだっけ……ういんどーショッピング?」
「――――マスター、コーヒーフィルターにガムシロップ、あと刻みネギが切れかかってましたよ」
遥さん、男の人はそういうことに興味が薄いらしいですよ。
ちゃんと目的を提示して、それから計画を立てるのが好きだと。そう本に書いてましたよ。
「あ、そうだった。 ネギは明後日来るからいいとして、フィルターとガムシロは買いたいかな」
「なんだか思ってたショッピングと違うけど…………まいっか! じゃあスーパーがあるとこだね! マスターにレミミン!行こっ!」
「あっ! ちょっと遥っ!!」
「キャッ!」
遥さんは彼の腕を抱き、私の手を取って駆け出していく。
…………マスター、私、覚えますからね。遥さんの胸が腕に当たって鼻を伸ばしてたことを。
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―――――――
「ふ~っ! 美味しかったぁ~!」
無事買い物も終えた小休憩の時間。
私達3人は、買ったものを抱えながら目的の地である街中の喫茶店へとやってきていた。
テーブルの上には飲み物と、それぞれ頼んだデザートが乗っていた空のお皿。
私はチーズケーキ、マスターはコーヒーゼリーに遥さんはいちごパフェと、それぞれ思い思いに舌鼓をうっていた。
頼んだチーズケーキ…………マスターにあ~んしたかったけど、あまりにも恥ずかしくってできなかった。今度こそ…………今度こそ!
「遥……よく食べれたな」
「え~? これくらい余裕だよ! 女の子だしね!」
「でもスーパーの試食品食べた上に、その商品全部買ってたよな? …………よく食べれたな。いろいろな意味で」
「うっ……!」
マスターの指摘に遥さんは苦い顔をする。
遥さんは、ガムシロップを買いに来たスーパーで、店員さんが展開している試食を全て口にした上、その全てを買い込んでいった。
気を良くしたスーパーの店員さんも試食をいっぱいあげるせいで遥さんはパクパクと…………。喫茶店で食べられるか私達は不安だったけど、パフェまでペロリだなんて。
「そ……それは別腹だよ別腹っ!」
「そう言って油断してると、去年の服が着れなくなって絶望するんだよなぁ……。俺がそうだった」
「言わないでぇっ!!」
マスターの言葉に遥さんは怯んで、やられたように目を瞑る。
そうですよ。私だって今からスタイル維持のために色々やってるんですからね。
「もしかして遥……もう既に…………」
「だってぇ……。 去年買ったお気に入りの服が入んないだもん……胸のあたりがつっかえて…………」
「「…………」」
……………………。
この子は…………。
……はぁ、今に始まったことではありません。そこはいいです。
私とマスターが共に無言でその胸に視線をやると、彼は慌てたように視線をまっすぐ戻し、取り付くように声を上ずらせる。
「じゃ……じゃあこれからどうしよう!? 深浦さん、何か行きたいところとかある!?」
「私……ですか?」
そんな急に言われても……。
でも行きたいとこ……2人きりならぜひホテルに……。じゃなかった。ここには遥さんもいるんだからしっかりしないと。
「じゃあ…………私、コーヒー豆の専門店があれば、そこに行ってみたいです」
「…………ほう」
控えめな私の回答に、彼は感心したように目を細める。
この回答は、彼への思い半分、私の本心半分。私もあの喫茶店に勤めるようになって、コーヒーを飲み始めて、好きになってきてるのだと自覚していた。
「アタシはもちろんいいけど……マスターは?」
「俺? そりゃ喫茶店のマスターだから当然気になるな。ちょっと調べていってみよっか」
彼は楽しそうな様子でスマホを取り出し、近くの店を探し出す。
私は自身が100点満点の回答を出せたことに、嬉しくなりながら手元のジュースを口に運んでいった。




