128.拉致。そして到着
外を見れば、そこは見知らぬ土地だった。
覚えのない道に覚えのない家々、覚えのない案内板に覚えのない地名。
そしてそれは、一瞬のうちに過ぎ去っていきまた新たな知らない景色が次々と俺の視界に入り込んでくる。
一体、ここはどこなのだろう。そして、どこに連れて行かれるのだろう。
背もたれに身体を預けて視線を前に移せば、見覚えのある女性の後ろ姿が。
俺はその人物とともに車に乗り、どことも知らぬ土地へと向かっていた。
それも唐突に、脈絡なく、有無をいわさぬといった様相で。
隣を見ても誰の姿もなく車内は俺とその人物の2人だけ。なんだか無言でいるのも退屈になってきて、その人物に向かって話しかける。
「ねぇ」
「なぁに? 行き先は教えないわよ?」
「それはもう諦めてるけどさ…………」
先回りをして答えてくる声にため息をひとつ。やはり教えてくれそうにないか。
「ならさぁ、あとどのくらいで着くか教えてくれない? スマホ忘れて暇なんだけど」
「そうねぇ……10分くらいかしら? 暇ならそこのクロスワード解いてていいわよ。途中まで全部優佳が解いちゃってるけど」
「いや……いい……。自分で買ったのに結局優佳にやられてるんだね……母さん」
目の前にあるシートポケットから一冊の本を取り出してパラパラとめくると、どれもこれも優佳の字でクロスワードが解かれていた。
たしか今運転している母さんが暇な時用に買ったものなのに結局解かれちゃって、かわいそうに。
シンジョのテストが終わって数日の後。
世間は週末といわれる土曜日にも関わらずいつもと同じように喫茶店にて無為な時間を過ごしていると、思わぬ来客に俺の目は見開かれた。
それは俺と優佳の親である、母さん。
母さんは俺の目の前に立つやいなや「今すぐ店を閉めて車に乗れ」の一点張り。
どこに行くのとか何しにとか聞いても一切聞く耳持ってもらえず、慌てて2人で近くに止めてあった車に乗り込んだ。
結構急かすものだからスマホ忘れるし、行く理由も教えてくれないし、一体何が目的なのだろう。突然だったからみんなに店閉める事を伝えてなく、伶実ちゃんがバイトに来る前に帰り着きたいところだが。
「じゃあ、用事ってそのくらいで終わるかわかる?」
「さぁ……? 早ければ1時間かからないかもだけど、長かったら夜までかしら」
「夜ぅ!?」
さすがに夜までは長過ぎる!
今はまだ昼前。お昼ごはんも食べていない。
それで夜までかかったら俺が死ぬ。空腹で死ぬ。
「さっ……さすがにそれは勘弁してほしいんだけど……。店閉める事伶実ちゃんらにも伝えてないし……」
もし彼女が何も知らずにバイトで店に来たら閉まっていることを不思議に思うはずだ。
彼女ならその後メッセージを送り、電話をするだろう。しかしスマホが無い俺には応答をすることは叶わない。
となれば相当焦るはずだ。最悪警察沙汰になったり……?さすがに大げさかもしれないが、ありえない話でもない。
「それは大丈夫よ。優佳は今日のこと知ってるし、何かあればあの子が伝えてくれるわ」
「あ、なんだ。 よかった……」
優佳が知っているのか。ならば一安心だ。
彼女が知っているならきっと最悪の事態は避けられるだろう。
伶実ちゃんらが優佳に事情を聞くまで、もしかしたらバイトあるかと思って店に来て、くたびれ損にならなければいいのだが。
「事情の周知についてアンタが心配することは一切無いわよ。むしろ考えるべきはそれよりも…………」
「母さん?」
「…………なんでもない」
それよりも、なんだろう。
母さんはそこで話を止めてしまい、運転に集中する。
なんだか今日は真面目というか……緊張してる?
あの天真爛漫な優佳の母である母さんが?一体目的地になにがあるというのだ。
なんだか静かな空間で手持ち無沙汰。
スマホで暇も潰せないし、10分ってこんなに長かっただろうか。
なにか暇を潰せそうなものはないかなと辺りを見渡してみた所、俺が座っているとは逆側のシートポケットにちょこんと白いものが頭だけ飛び出しているのが目に入った。
「何だこれ……花……?」
それは、どこからどう見ても一輪の花だった。
手触り的に、おそらく造花。白い花弁が5枚に、中心に向かって段々と黄色が濃くなっている。
「あ、忘れてた」
「ん?」
「その花、今日使うものだから持っておきなさい」
「えぇ!?」
造花を使うってどんなイベント!?
でも、見れば見るほど精巧な造りだ。色使いもさることながら見た目も触らない限りは本物と見分けはつかない。本物のこの花も知らないけどね。
「胸ポケットにでも差しておきなさい。ちなみにプルメリアってお花よ」
「プルメリア……」
「花言葉は……なんだっけ……。確か美とかだったわ」
美、ねぇ……。
確かに花自体は美しい。
でも花言葉とかさっぱりわからないから教えられたところでなんにもならない。
「――――さっ、着いたわよ」
「えっ、ここって…………」
気がつけば車は止まり、母さんの呼びかけによって窓から外を眺める。
そこは10階くらいはありそうな建物の前だった。
車の止まった先に見える入り口は広く車止め用のスペースがとられ、自動ドアの奥にも広いエントランスが見える。
そして外に数人、スーツを着た格式高そうな案内人が。
たどり着いたのは、どこからどう見てもホテルだった。
後方に見える看板に目をやると、名前だけは見覚えがある。たしか要人も利用する、田舎であるここらで最も格式の高いホテルだ。
車は止まったのに母さんは出る様子を見せない。俺だけ出ろってことだろうか。
「ホテルに、なにがあるの?」
「とりあえずエントランスに行きなさい。そこに案内がいるはずよ」
エントランスねぇ……。その口ぶりだと本当に母さんは俺を運んできてくれただけなのか。
「それじゃ、もう帰るから。帰りはどうにかしなさいよ?」
「う、うん……ありがと……」
勝手に連れてきて帰りはおまかせってのは突っ込みそうになったが、近くに駅もあるしよしとする。
そうして窓を閉めた母さんは一人車で去っていき、残されるのは俺一人。たしか、エントランスだったな。
自動ドアをくぐった先は、間違いなく俺に場違いな空間だった。
受付で忙しなく働いている従業員にポツポツと見える客。母さんは案内がいるって言ってたけど…………。
「――――お待ちしておりました。大牧さん」
雑踏の中でも確実に聞こえる俺の名前。俺のことをそう呼ぶ女性は一人しかいない。
その声の方向へ目を向けると案の定、遥の母親がこちらに向かって歩いてきていた。
普段の家と変わらぬ、凛とした着物姿。
それはまさしく他の者と一線を画すような格好で、雰囲気からして違うことを革新させられる
「こ、こんにちは……。俺を呼んだのはあなたですか?」
「こんにちは。 そのとおりです……と言っても、私だけではありませんが」
だけ、ではない?
となれば他に俺を呼び出した人物がいるということか?
「もしかして、善造さんですか?」
「いいえ、あの人ではありません。 そうですね……優佳さんや伶実さんを含めた、みなさんというのが正しいでしょうか」
彼女が口にするのは、俺のよく知る少女たち。
まさかみんなが関わっているなんて……じゃあ、どうしてこんなところに。
それは思考するよりも速く彼女によって答えられた。
俺が最近気になっていた、あの一言によって。
「ここには、あの子達が言う『計画』について話す為に来ていただきました――――」