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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第4章

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126.悔いが残らないように


 10月の上旬。テスト当日。

 今日は学生ならば誰しもが経験したであろう、数ある試練のうちの1日。


 2学期中間テスト。

 その1周間前から部活さえも休止して行われるそれは、シンジョに通う少女たち……主に遥にとって試練の日…………だった。


 しかし今はそれも過去形。

 1学期の中間や期末は彼女にとって退学がかかったものであったが、今となってはそれも憂慮する意味をなさなくなってしまった。


 理由も単に、彼女の学力が上がったから。

 きっと遥は地頭がいいのだろう。しかし勉強方法がわからなかった。

 1学期の中間テスト前に彼女と出会い、伶実ちゃんの指導を受けていくとどんどん学力が伸びていき、今となっては赤点なんて心配する必要が無いほどに。

 退学という試練を与えた遥母も、今の結果を見れば両手離しで喜べる程だろう。


 灯は言わずもがな、伶実ちゃんも出会った当初からかなりの学力を有している。

 つまりもうテストという試練に、俺が心配する必要は一切ないというわけだ。



 俺はいつもの如く手元のタブレットで日課をこなしつつ、自室の愛用品でコーヒーを淹れるためのお湯を沸かす。

 前回、前々回のテストならば俺も朝から心配していたが今日は何も心配することはないだろう。

 だからちょっと奮発して、いつもより良い豆で10月の朝を迎え――――



 ピンポーン――――


 と、我が家のインターホンの音が聞こえる。


 誰だ……?宅急便はこんな早く来ないし、優佳はどうせ母さんに叩き起こされないと起きないだろう。

 業者も当然時間が早すぎるし、セールスかなにかか?よくまぁこんな奥の奥地までご苦労なことで。


『はぁい?』


 通話口へ声を発すると、思ったより間延びした声になってしまった。

 まだ朝早いから俺も寝ぼけているのだろうか。早くコーヒー淹れて目を覚まさないと。


『マ……マスター?』

『…………ぇっ?』


 その聞き覚えのある声に思わず耳を疑う。

 何故こんな時間から……


『ア、アタシ。 遥だけど……ちょっといい……かな?』


 耳に届くは聞き間違いなどではない、明らかに遥の声。

 俺はまさに以前と同じようなデジャヴの状況に、けたましく鳴るヤカンを止めつつ階下へ足を急がせた。






「アハハー。 ごめんねマスター、こんな朝早く」


 階下に降りると、そこにはやはり遥が立っていた。

 彼女を入れて店の方へ向かうとおとなしくついて来てくれる。なんだか最初のテストを思い出すな。


「どうした遥。寝は……したみたいだけど、早く起きたから勉強したいとか?」

「ん~……そんな感じかな? 大丈夫?」

「知らない仲じゃないんだ。 好きに勉強してもらっていいよ」


 店に火を入れつつ彼女の様子を伺っていると、小さく「ありがと」とお礼を言いつつ真っ直ぐいつものテーブル……………ではなく、隅にある横に長いそこそこ良いソファーへ向かっていった。

 それはまさにあの日の焼き回しかのように。


「どうした? やっぱり少し寝るか?」

「あはは……。店に来るとどうしても安心が勝っちゃってね~。ちょっと眠いかも。 マスター、ちょっとお話しない?そしたら眠気も紛れるかもだし」


 まぁ、そのくらいなら……。 


 彼女が困ったように笑いつつソファーの端をポンポンと叩くのを見て、そちらに向かっていく。

 その指定された場所へゆっくり腰を降ろすと、遥は何故か人ひとり分を空けるようにスッと横にズレていった。


「ちょっとだけごめんね。 マスター」

「――――!? は、遥……?」


 何故一人分開けたのか……。その謎はすぐに解けた。

 彼女は俺と距離を空けると同時に身体を勢いよく傾け、自らの頭を俺の膝の上にポスンと乗せる。

 つまり膝枕だ。俺の膝を枕にするように彼女は身体を預け、頭部を更に押し付けてくる。

 その上、手を取られて彼女の首元へと誘導されてしまう。


「ど、どうした? ひっ、膝枕じゃないと眠れなく……なったか?」

「ん~……そうでもあるような、そうじゃないような?」

「…………何だそれ?」


 言葉は平静を装っているがその位置はマズイ。

 少し手を動かせば胸に触れてしまいそうだし、風呂上がりのようなふわりとした香りが俺の鼻孔をくすぐる。


「なんていうんだろ……。マスターってさ、大好きな食べ物屋さんがあと1ヶ月で閉店するってわかったらどうする?」

「………? なんだ突然……なぞなぞ?」


 色々と耐えていた思考だったが、唐突な質問に頭が切り替わる。


 膝枕について話してたのに、なんで急に食べ物屋の話題を?


「なぞなぞじゃないよぉ。 タダのたとえ話。 マスターだったらどうする?」

「どうするってそりゃあ……行きまくるでしょ。悔いの残らないように」


 そりゃ考えるまでもない。行きまくる一択だ。

 好きな食べ物屋だったら、もうその味を食べられなくなるのなら、当然閉店まで行き詰めるだろう。

 もう一生食べなくていいと言えるくらいまで、食べまくるに違いない。


「だよね。アタシも」

「それがどうかしたのか?」


 きっと誰だってそうなると思う。

 しかし問題はそれが今の状況とどう関係するかだ。


「じゃあ、それが『かも』だったら?」

「かも?」

「閉店するかもしれないし、しないかもしれない。そんな曖昧な状況なら?」

「それは……変わらないな。行きあぐねててホントに閉店しちゃったら困るし」


 質問の意図はよくわからないが、『かも』の話でも行く頻度は確実に増えるだろう。

 杞憂に終わるかもしれないが、閉店しなかったのならなおのことヨシだ。


「ね。 それが今の状況だよ」

「…………?」


 ……どういうことだ?

 ダメだ。さっぱりわからん。

 かもだったら今の状況と合致する?わからなさすぎる。


 それに普段よりかなりテンションの控えめな様子も気になる。

 以前遥と一晩過ごした時でもここまで控えめではなかったはずだ。つまり朝テンションというわけでもあるまい。


「…………マスター、信じてるからね」

「ん?」


 小さく、微かに、僅かな声量で。しかし、確実に聞こえた言葉。

 聞き返すように声を発すると、彼女は何かを振り払うように小さく首を振る。


「な~んで~もないっ! ねね、マスター!もうちょっとこのままでいい?具体的にあと30分っ!!」

「30分も!?」


 直後、いつもどおりのテンションへ切り替わった落差にも驚いたが、その内容にも一様に驚いた。

 このまま30分!?今でさえ色々危険なのに、そんなに耐えなきゃならないの!?


「お願いっ! マスターの膝の上で寝られたらアタシ、テスト頑張れるからっ!」

「それはっ…………!」


 それはズルい。

 テストを引き合いに出されちゃ、応援する立場からすれば何も言えなくなる。


 パンッ!と両手を勢いよく合唱して拝むが身体が真横になっているため台無しだ。


「ね、マスター、いいでしょ!」

「はぁ……じゃあ、30分だけな」

「わ~いっ!!」


 結局俺が折れると、遥は手をバンザイして体いっぱいで喜びをアピールする遥。

 その感情いっぱいにアピールするのはホント、何されても許してしまいそうになる。

 

 30分かぁ……視界も手の位置も色々と危ないけど、無の心でいなきゃ。心頭滅却心頭滅却。



 そうして無の心で耐えに耐えた30分。開放された俺はうんと苦いコーヒーを飲んで複雑な感情をかき混ぜるのであった。

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