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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第4章

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124.あなただけのアイドル


「――――さっ、そろそろ私は帰ろうかしら」

「ぇっ……?」


 かあさんがコーヒーのおかわりとして抹茶ラテを堪能してからしばらく。

 そのコップの中身が全てカラとなったタイミングで、ふと席を立って荷物を纏めだした。


 まだ店に来てから30分程度。

 普通の店ならたしかに出てもおかしくないのだが、息子の店に来てまで単に飲みに来てすぐ帰るという行動に小さく驚きの声を上げる。


「もう? 母さん上とか見てかなくていいの?」

「別にただの寝起きする場所でしょう? いいわよ。私はアンタがちゃんと仕事してるかどうか見たかっただけなんだから」


 確かにそのとおりだが、店を開いてもう半年近く。

 その長い期間招待するのを遅れてしまったものだから、もうちょっとなにか見せないと申し訳ないというかなんというか……。


「それにそろそろあの子達……伶実ちゃんや遥ちゃんが来る時間でしょう?」

「確かにそうだけど、教えたっけ?」


 母さんには伶実ちゃんがバイトとしていることや遥が遊びに来ているくらいのことは伝えていた。

 しかしわざわざ毎日来る時間帯などについては一切報告していない。


 時計を見ると母さんの言う通り、もう来てもおかしくない時間だが、何故それを知っているのだろう。


「アンタねぇ……。何年2人の母親やってきたと思ってるのよ。学校が終わる時間くらいとっくに身体に染み付いちゃってるわ」

「あぁ……そっか」


 言われてみればその通り。

 母さんはずっと長い時間、学校を終えた俺たちを迎えてきてくれた。

 帰ってきたらすぐに洗濯物やお弁当の洗い、場合によっては濡れ鼠になった俺たちをお風呂に放り込んだりと色々なことをしてくれた。

 そんな母さんが高校生の平均的な終了時間を知らないわけ無いだろう。


「それに、若い子がいっぱいいる中おばさん一人は気後れしちゃうもの。年寄りは一足先に帰らせてもらうとするわね」

「一人で帰れる? 送ろうか?」

「いいわよ別に。だれがこの建物紹介したと思ってるの。 土地勘くらい当然あるわ」

「…………そっか。 ありがとう」


 結局この店の開店にあたっても、母さんにはかなり力を借りてしまった。


 建物の問題はもちろん、オススメの仕入先まで。

 正直母さんが居なければ開店なんて夢のまた夢というレベルで。

 だからこそ招待が遅れたことは申し訳なく思っているが、軽く流されたことに驚きと感謝の気持ちを胸に抱く。


「あっ! それと奈々未ちゃん!」

「……はい?」

「聞いたわよ。あの『計画』について。 きっと奈々未ちゃんもそうなんでしょうし、頑張りなさい」

「――――!!」


 『計画』――――。

 その聞き覚えのある言葉に思わず俺の目は見開いてしまう。

 伶実ちゃんが寝言で言って、優佳に聞いてもわからなかったあの言葉。

 優佳が知らないなら当然母さんも知るはずはないと決めつけていたのだが、まさかこんな近くに知っている人がいただなんて。


「……はい。 頑張り……ます」

「母さんっ! 計画って何!?」


 慌ててカウンターを回り込んで母さんの元に行く頃には、既に奈々未ちゃんの頭を軽く撫で、扉へとたどり着いていた。

 母さんは俺の問いに再度手を振るとともに、チリンチリンと鈴を鳴らして扉をくぐってしまう。


「遠くないうちにアンタも知ることになるわよ。 それじゃ、お仕事頑張んなさい」

「母さ………! いっちゃった…………」


 その呼び止める声を聞くこともなく、曖昧なことを言い残して店を後にしてしまった。


 遠くないうちって……やっぱり俺に関係することだったのか。


「奈々未ちゃんも計画について話す気は……ないんだよね?」

「うん……。こればっかりはマスターさんだけには……。ごめんね?」


 ダメ元で聞いてみたが結果は予想通り。

 ホントに優佳が言っていたようにハロウィンでコスプレ的ななにかの可能性だってあるし、案外大したこと無いかもしれないからあまり考えすぎないほうがいいかも。


「ううん。 それより俺こそごめんね。 母さん、気に入った人は猫可愛がりしちゃうからさ」


 以前来た遥の時といい、母さんは気に入った相手にはものすごく構う癖がある。

 奈々未ちゃんはあんまりグイグイ行くタイプじゃないし、気を悪くしてないといいが……。


「お義母さま? 優しい人だったよ?」

「そう? そう思ってくれると嬉しいけど……」

「……私には両親が居ないから……。生まれてからずっとおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたから……親がいるとこんな感じなのかなって、嬉しかった」

「奈々未ちゃん……」


 俺には義理とはいえ母さんがいるが、奈々未ちゃんにはそれがない。

 祖父母に育てられた事自体になんら問題があるとはおもえないが、それでも心のどこかで思うところがあったのだろう。

 

 彼女は温かいコーヒーを飲みながら、さっきまで母さんが座っていた箇所を優しく撫でる。


「だから……ね? お義母さまを姑にするためにも、お嫁さんにしてくれてもいいんだよ?」

「…………考えとく」


 しかし、そんな真面目な雰囲気でぶっこんでくるとは思わなかった。

 自然な表情で笑みを浮かべ、思わず「うん」と頷きそうになる聞き方に俺はグッと堪えつつも視線を逸して回避する。


「ぶぅ……そこは頷いてくれたっていいのに……。頷いてくれたら、マスターさんだけのアイドルに、なってあげるよ?」

「……そういうのはもっと大人になってから言いなさい! ほら、コーヒー二杯目おまちどう!」

「む~。 ……いただきます」


 なおもグイグイと迫ってくる彼女に、俺はコーヒーサーバーにあった二杯目を押し付けてなんとか誤魔化してみせる。

 絶対誤魔化せてないだろうが、それでも下手に話を進めるよりマシだろう。



 そして彼女が2杯目のコーヒーに口をつけた途端、遠くからなにか話し声が店まで聞こえてくる。


「……? マスターさん、誰か来た?」

「これは……多分遥たちかな? 時間的にそろそろだし」


 時計を見ればもう放課の時間も過ぎた頃。

 聞こえてくる声も高く、女性のものというのは明らかだ。

 それにこのパターンは初めてではない。遥が誰かと一緒に来る時は高確率で聞こえてくるもの。

 これらの状況から察するに、きっと遥と誰かだろう。



「マ・ス・ター!! たっだいまぁっ!!」

「おう、おかえり。 ……伶実ちゃんと灯も一緒か」


 目論見通り、奈々未ちゃんが帽子をすぐかぶれるよう警戒しつつ扉を見つめていると、開いて姿を表したのは一層元気な遥だった。その後ろから伶実ちゃんと灯も姿を表す。


「マスター見てみて! 来週の中間直前に数学の小テストやったんだけどさ……ジャーン!ほら!90点!!」

「おぉ………。凄いな遥。 これならテストもいけそうだな」

「えへへ~! がんばったよぉ~!」


 いつもより上機嫌な遥が店に入るやこちらに駆け寄って見せてきたのは1枚の紙だった。

 その言葉の通り、記載されているのは数学の問題が幾つも載った小テスト。右上には90と大きな数字も書かれている。


 ここに来た当初は全然できていなかったのに……この短期間でよく成長したな。


「マスター、見てください。 私は100点ですよ」


 続いてやってくるのはだいぶ誇らしげな表情を見せる伶実ちゃん。

 いくら小テストとはいえ100点は凄い!パッと見た感じ、俺には解けなさそうだ。


「おぉ……! さすが伶実ちゃん。まだまだ遥には抜けそうもないな」

「なにお~! アタシが本気出したらレミミンも、あかニャンだってすぐに点数抜いて見せるんだからっ!!」

「はい。 遥さんが追い抜いてくれるのを待ってますよ」


 憤慨する遥に余裕の表情の伶実ちゃん。

 年下とはいえ灯を抜ければ大したものだ。それはもう全部100点くらいしか残ってないような気もするが。


 3人で明るく笑い合う姿を見て、ふと今日の目的を思い出す。


「あのさ伶実ちゃん」

「はい? 何でしょう?」

「前に言ってたけ――――」

「け……?」


 計画とは何か――――

 そう問おうとしたものの、直前で口を噤み、言うのをやめる。


「マスター?」

「……ううん、健康にも……季節の変わり目だから風邪に気をつけてね」

「……はいっ!」


 直前に言い換えた言葉に、彼女は可愛らしい笑みで答える。

 きっと大したこと無いものだろう。それに伶実ちゃんだ。何があっても悪いようにはならないはず。


 そう結論づけると、灯が「あっ!」と声を上げて伶実ちゃんに近づく。 なんだろう。何か忘れ物でも?


「伶実先輩、あのこと話さなくていいんですか? テスト後の……」

「あ、そうでした……。 マスター!」

「うん?」


 テスト後……なにかあるのだろうか。

 そう思ってカウンターに戻ろうとしていた身体を振り替えらすと、伶実ちゃんの真っ直ぐな視線が俺を射抜く。


「マスター。テスト終わってからなんですが、少し来て欲しい場所があるんです。 かまいませんか?」

「もちろん。 テスト後ならいつでもいいよ」


 彼女がそう言うだなんて珍しい。どこだろう。

 一瞬伶実ちゃんの家に言って親へ挨拶かとも考えたが、灯が耳打ちする時点で可能性は薄いだろう。


「はい……。 実は私達、前々から計画していたことがありまして……。そちらにお付き合いいただきたいのですっ!!」


 『計画』。

 今日何度か聞いた、その言葉。

 まさか彼女からその言葉を発するとは思わず、俺の顔は驚きに満ちるのであった。

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