123.あさみ
「へぇ~! 随分とアンティークに寄ったわねぇ。なかなか綺麗じゃない!」
時計の針だけが音を奏でる、誰も居ない店内。
そこに帰り着いた俺と、店にやってきた母さんと奈々未ちゃん。
母さんはそんな音を奏でる時計やアンティーク小物などを眺めながら、物珍しそうに店内を見て回っていた。
自分でも納得いく出来になった、アンティーク物を中心にした店内。お世辞でも、母さんでもそう言ってもらえると嬉しくと同時に恥ずかしくもなる。
「……ありがと。 それで、何飲む?」
「そうねぇ……紅茶をお願いするわね」
「なんでメニュー見ながら無いものを頼むのか……。 紅茶は置いてないよ」
「え~! じゃあ何が置いてあるって言うのよ~!」
なにって、手元のを広げれば一目瞭然だろうに。
「……コーヒーとか」
「私がコーヒー飲めないの知ってるでしょう!? なんであんな苦いものが美味しいって言えるのかしら……」
そりゃあ苦味の奥にあるコクとか、風味とか最高でしょうに。
でも酸味だけは敵ね。あれはどうしても受け付けられなかった。
「俺からしたら紅茶の良さがわからないけどなぁ……香り付きのお湯にしか……」
「それは総、アンタが本当の紅茶を飲んだことが無いからよ。 香りと甘みと奥ゆかしさ、どれを取っても最高じゃない。カテキンも豊富だし、身体にとってもいいのよ? ねぇ奈々未ちゃん。紅茶、いいわよね?」
「…………えっ?」
…………あっ。
そうだった。奈々未ちゃんは俺と好みが似るくらいのコーヒー好きなんだ。
唐突に話を振られた奈々未ちゃんは、なんて答えようか考えているようで視線をしきりに動かしている。
もしかしたら紅茶もいける口なのかと思いもしたが、その慌てようはどうも違いそうだ。
「……ごめんなさい、お義母さん。 私も紅茶はあんまり飲んでなくって……」
「あらそうなの!? じゃあコーヒーが好きだったり?」
「…………はい」
非常に申し訳なく、目を地に伏せて告げる様子に母さんは目を丸くする。
まさかこんな小さな子がコーヒーを飲めるなんて思わなかったのだろう。俺もそうだ。まさか中学生でここまでのコーヒーをいけるなんて思いもしなかったし。
「あらあらあら!それは悪いこと言っちゃったわね~! なら一緒にコーヒー飲みましょ!私も頑張っちゃう!」
「ぇ……? いいん……ですか?」
「もっちろん! 総!そんなわけでコーヒー二人分!お願いね!」
「…………了解」
まさかあのコーヒー嫌いの母さんがこうも簡単に飲もうとするなんて。
それほどまでに奈々未ちゃんを気に入ったということなのだろうか。今だって積極的に話しているし、通じ合うものがあったのかも。
コーヒーも奈々未ちゃんの手前ああは言ってたが、こちらで砂糖を大量に入れれば飲めるだろう。
あれならミルクもあるし、カフェオレという手もある。
ガリガリガリと、お気に入りのコーヒーミルを使って豆を挽いていく。
ほんのりと漂ってくるのはコーヒー特有のいい香り。これだよ。この香りが本当にいいんだよ。
「あら、それは――――。 ……そう、家だけじゃなくお店でもその機器使ってるのね」
「? 何が?」
ふと挽いている姿を見た母さんが、優しい目をしながら告げてくる。
なんとなく、昔に思いを馳せているような、優しい目。
「そのミルよ。コーヒーサーバーだって何もかも、有沙美さんが使ってたものじゃない」
「…………あぁ、うん。 気づいてたんだ」
「有沙美……さん?」
納得する俺に誰のことか見当もつかず不思議そうな顔をする奈々未ちゃん。
そっか、事情を話しはしたけど名前までは言ってなかったっけ。
「有沙美さんっていうのはね、総の母親のことよ。 知ってる?この子の母親について」
「たしか……昔亡くなったっていう……」
「えぇ。その生みの親のこと。 いい人だったわ…………」
有沙美さん――――
本名は白藤 有沙美。俺の本当の母親の名。
このミルも、サーバーも、ロースターだって俺の母親が使っていたものと同型機。
さすがに形見となるものは仕舞ってあるが、同じものをずっと愛用している。
母さんも仲良かったから、きっとコーヒー淹れている姿を見ていたのだろう。
「あの人もコーヒーが大好きでね、文字通り3度のご飯よりってほどよ。 それに聡明で落ち着いていて優しくて……大切な親友だったわ……」
「お義母さま……」
あの日も病院で一番に泣いてくれたのは母さんだった。
大好きな親友。もしかしたら失った悲しみは俺より深いかもしれない。
「……はい、コーヒーおまちどう」
「ありがと。 ……ごめんなさいね、せっかくのお店で変な空気にさせちゃって」
「いや、いいよ。 これは母さんも好きだった豆だから、ゆっくり飲んで」
奈々未ちゃんにとっては店に来た当初からいつも出している味。母さんにとっては初めての味かもだが、その香りは想い出深いものだろう。
砂糖もたっぷり入れたコーヒーをゆっくり傾けると少し驚いたような顔をこちらに見せ、すぐに優しい顔に戻ってカップを一気に傾ける。
「ふぅ……。有沙美さんも、この香りが好きって言ってたわ。今ならその気持ちがわかるかも」
「そっか……」
「奈々未ちゃんも、ご両親は大切にするのよ? いつ何時なにが起きるかわからないんだから」
「ぁっ…………!」
しまった!母さんに言い損ねてた!!
奈々未ちゃんも俺と同じく、両親を幼い頃に亡くしている。
大丈夫かな……下手に地雷踏み抜いてないかな…………。
「なに、総? 私変なこと言った?」
「ぇっと………」
「私も、両親を幼い頃に亡くしてるんです。覚えてないくらい昔に。今はおじいちゃんとおばあちゃんのところで……」
「っ――――! そう……だったのね」
店内が、またも変な空気に包まれる。
しまったな、俺も事前に言っておけばよかった。なんだか最悪のタイミングって感じ。どうやって取り返そうか。
「――――奈々未ちゃんっ!」
これからどうやって場を元に戻そうと考えていると、突然コーヒーを飲み終わった母さんが隣に座る奈々未ちゃんをギュウッと力強く抱きしめる。
当然、いきなりの母さんの行動に目を喰らった彼女も、ただされるがままでその目を丸くしたままだ。
「奈々未ちゃんっ! それなら一層!私の事本当のお母さんって思ってもいいからねっ!! 何なら養子にだってしちゃうんだからっ!!」
「養子……」
「もし総が嫌って言っても私が許しちゃうっ! 息子関係なく私達は親子よっ!!」
「ありがとう……ございます」
少し戸惑いながらも、少し顔をはみかみながら母さんを抱きしめ返す奈々未ちゃん。
そんな2人の抱擁は、長く、長く続くのであった。




