122.義理の
「や~んっ! ”ナナ”じゃないの~! 動画で見るよりよっぽど可愛いわね~!」
「ありがと……ございます。 お義母さまも、親とは思えないくらい若々しい……です」
「またまたお世辞が上手いんだから~! もうっ!奈々未ちゃん大好きっ!」
ピクニックには丁度いい気候となってきた10月手前の昼下がり。
実家に戻ってノンビリしていたところ、突然やってきた奈々未ちゃんにウチは騒然となった。
何故俺の家を知っているのかとか、なんの用事があってここに来たのか聞きたいことは沢山あるが、とりあえず驚きなのが1つ…………。
「も~っ! 総ったら伶実ちゃん遥ちゃんに続いて、なんて子を隠してたのよ! 奈々未ちゃんもウチの子になる!?」
「いいの…………?お義母さま」
「もっちろんっ! 今からだって全然いいわよ~~!!」
何故か、母さんにものすごい勢いで気に入られていた。
リビングに連れてきた彼女にひとしきり驚いた母さんも今となっては家族で食事するテーブルにて自らの膝に奈々未ちゃんを乗せて抱きしめている。
奈々未ちゃんも断ればいいのだが、なんだかまんざらでもない様子だ。
「ねぇねぇ、奈々未ちゃんはいつ総と知り合ったの!?」
「んと……7月の終わりくらい。おじいちゃんがお店を……オススメしてくれて」
「いいわね~! 私なんか未だに一度もお店に招待してくれたことすらないのよ!」
「そうなの……? お義母さま」
さっきから気になってはいたが、『おかあさま』って言葉、『俺の』が頭に付いてるよね?
決して何か特別の意味を持つ漢字を当ててないよね?
「えっ……。アンタ……まだお母さん店に入れてないの?」
「なんというか……普通に忘れてた」
優佳の信じられないような顔に、俺の背中は冷や汗でびっしょりだ。
そう。普通に忘れていた。
常々事あるごとに母さんを呼ばなきゃとは思っているもののいざ暇になるとすっぽり頭から抜け落ちているのだ。
今日だって家に帰ってきても母さんったら一言も言ってくれないし、忘れちゃうよと。心のなかで言い訳を。
「マスターさん、お義母さまをお店に呼ばないと……」
「お、おう。 ちゃんと呼ぶよ。今まで忘れてただけで呼びたくないわけじゃないし」
「約束、ね?」
コテンと首を倒しながらもその蒼い瞳から向けられる視線はまっすぐ俺を射抜いてきて、思わずドキッとしてしまう。
彼女の可愛さはもちろん、彼女自身もなにか思うことがあるような気がしたから。
「ありがと~!奈々未ちゃん~! 奈々未ちゃんが味方になってくれて嬉しいわ~!」
「わぷっ……! えへへ…………」
ギュウッ!っと自らの胸に抱きしめられながらも、嬉しそうに目を細める。
「奈々未ちゃん、今日は突然どうしたの? 俺になにか用事でもあった?」
「ううん。 お仕事が空いたから、遊びに来ただけ。お店閉まってたから、もしかしてこっちかなって」
あぁ、店まで行ってくれてたのか。
日中ちょっと来て帰る予定だったからメッセージも送らなかったけど、それが仇となったみたいだ。
「あと、なんで俺の家知ってるの? 教えたっけ?」
「それは……優佳さんに教えてもらったから……」
「優佳に?」
その言葉に優佳も頷いていて、どうも本当のようだ。
なんだろう……俺の知らないうちに女子組でネットワークが強固になっていってる気がするんだが……これ、俺が一人を選んだ時大丈夫?
「だからマスター、遊ぼ?」
「遊ぶっていってもなぁ……俺そろそろ店戻るし……」
「そうなの?」
「少なくとも伶実ちゃんらが学校終わるまでにはね。バイトできないとなると困るでしょ」
もうそろそろ夕方の入り口。学校が終わるのが16時とか17時だから、あまり悠長にもしていられない。
今日の目的は優佳に聞くことだったけど、半分だけ達成したしいいだろう。
半分はまた今度聞くことにする。
「ならあたしが車で積んでいってあげるわよ」
「え、いいの?」
「バイトの時間が近いしね。 それと丁度いい機会だし、お母さんを店に連れて行ってあげなさい」
あぁ、たしかに。
今まで散々言おう言おう思って結局忘れてたんだ。
ちょうど母さんも暇そうにしてるし、連れて行くにはいいタイミングだろう。
「そうねぇ、私も行こうかしら。 奈々未ちゃん、一緒に行きましょ?お義母さんが奢ってあげる!」
「いいの!?」
「もっちろん! お義母さんの分は全部総が持ってくれるからなんでも頼んでいいわよ~!」
「ありがとう……!お義母さま……!」
ひしっ!と偽親子2人が抱きしめ合うが、色々とツッコミどころ満載だ。
それ結局母さん払う気ないよね?最終的に行き着くの俺が払う事になってるんだけど。母さんの分だけ料金2倍にしちゃおうかしら。
「え、総が持ってくれるの? じゃああたしも寄っていこうかな?」
「優佳まで…………まぁ、常識の範囲内でな」
でも結局、俺が折れるんだよな。
最初から母さんを呼んだら奢るつもりだったし誤差だ誤差。
流石に遥のフルパワーで頼まれたら痛いけど、この3人くらいなら大したことない。
「なんてね、冗談よ。 あたしはあんまり時間ないもの。送るだけ送ったらサッサとバイトに行くわ」
「時間ないのか……。 なら5分だけ待てる?すぐ食べれるもの用意するから」
店の在庫を思い出す限り、サンドイッチ程度ならすぐに作れるだろう。
これならバイト先に着いても手軽に食べられるはずだ。送ってくれるし、このくらいは当然のこと。
「…………?」
「優佳?」
時間もないんだったら早く出なきゃ。
そう思って出かける準備を始めたけれど、優佳はボーッとした表情で俺を見上げている。
なに?なにかまずいことでも言った?
「アンタ……そういうところよ」
「……はい?」
そういうとこ?突然何を言い出す?
思わぬ言葉に顔をしかめると、スッと優佳の手が伸びてきて俺の頭を優しく撫でてきた。
「前はそんな自然に紳士的なこと言わなかったのに……だから……だから……」
「優佳……」
その言葉は、素直に嬉しかった。
そっか。知らないうちに俺も優しさが身についたのかな。今まで自分のことで精一杯だったけど、店を初めて余裕ができたのかも。
「だから……アンタは女の子にモテまくるのよ。忌々しい」
「なんで!?」
しかし彼女の口から出た言葉は、思いもしなかった怨嗟の言葉だった。
まさかの不意打ちに衝撃を受けていると彼女は立ち上がって俺の背中を勢いよく叩く。
「ほら、さっさと行くわよ! これで遅刻したら総のせいなんだからね!」
「はいはい……」
なんだか理不尽に上機嫌になった彼女の背中を追いながら俺も続いて家を出る。
外を照らす太陽は、まだ燦々と明るく辺りを照らし続けていた。
「ちなみに奈々未ちゃん、母さんのことなんて呼んでた?」
「へ? お義母さんのこと? 義理の……ママ?」
「やっぱり…………」
車内にてふとした疑問を口にしたところ、返ってくるのは予想していた言葉。
その答えを聞いた母さんが再度奈々未ちゃんを抱きしめたのは言うまでもない。




