116.混沌の後始末
「え~っと……この4人が、さっき言ってた『あの子たち』?」
「まぁ……うん。そんなとこ……」
何をどうしたらいいかわからないほどカオスな状況になった室内。
ようやく形だけでも冷静さを取り戻した俺たちは、誰からともなく椅子に座って場を収めることに成功した。
椅子は元々俺たちの分しか無いから同窓会組は椅子に座り、伶実ちゃん、遥、灯は俺の左右と後ろに配置しているという状況。
本当に取り戻したのは形だけ。目の前の双子の頭には幾重にも疑問符が重なっており、今にも爆発しそうなくらい混乱しているようだ。
そんな中、完全に酔いが覚めた愛子の問いに同意する。
よかった。会話の内容は覚えてくれていたようだ。
「そう……。 たしか……深浦さんと、本永さん? それに貴女も見覚えがあるわ。シンジョの生徒よね……?」
「…………はい」
愛子の視線が立っている3人に向けられると、非常に居心地悪そうに同意する。
さっきのことを思い出すと、伶実ちゃんは確かに愛子のことを『先生』と呼んでいた。
先生……つまりシンジョの教員だ。しかし彼女は大学生。教員になれる立場ではない。
ならば何か。それもさっき会話の中で出ていた気がする。
「え、何? 愛子って教育実習してるのは聞いてたけどシンジョに行ってるの?」
その答えを導き出すように。隣の優佳の問いかけに彼女は黙って首を縦に振った。
マジか…………。
中学が女子校というのも初耳だったし、それがまさかシンジョだとは。
何故私立からエスカレーターを辞めてまで公立に来たのかが不思議だが、そこは今考えるところではない。
膝上にあるのを撫でながら頭を整理させると、愛子が頭を悩ませているのが目に入る。まぁ、色々複雑だろうなぁ。
「とりあえず今の私は実習生の身だからとやかく言えないけど……本気でコレのことが好きなの?本気?」
コレとはなんだコレとは。
まぁ確かに彼女は色々と俺の黒歴史とか知っててそういう謂れもあるけど。本気って二度も聞く?
「は、はいっ! アタシたちマスターのことが好きだもんねっ!みんな!?」
遥の言葉に同意する伶実ちゃんと灯。
そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、でも今は悪手かなぁ……。ほら、愛子ったらドン引きした目でこっち見てるじゃん。
「大牧君……もしかして、浮気してる上に不純異性交――――」
「不純じゃありませんっ! 純粋です!ピュアですっ!!」
疑いの目を向ける愛子に抵抗するのは一歩前に出た灯。
そうだよね!一線も越えてないから純粋だよね!
「そうですっ! マスターはキスどころか手を繋ぐことくらいしかしてくれませんが、それでも不純異性交遊じゃありませんっ!純粋な気持ちなのです!」
「手を繋ぐだけって……大牧君……あなた…………」
やめろ!なんて目で見るんだ!!
伶実ちゃんの説明を受けて向けられる愛子の目は、憐憫そのもの。
もはやそこで止まっているなどありえないというように。信じられないようなものを見る目だ。
「優佳ちゃん、それ、ホントなの?」
「……えぇ。残念なことにね。 ちなみにあたしに対してもそうよ。キスどころか腕に抱きつく程度しか未だに許してくれないわ」
「大牧君…………」
優佳に問いかけた愛梨も、愛子同様憐憫の目を向けてくる。
え、あれ?これ俺が責められる流れ?
むしろもっとガツガツ行ってたら浮気者云々で言われてるよね?
「とりあえず……えぇ。色々と複雑な関係みたいだけど今のところはいいわ」
「おぉ……助かる……」
どうやら俺は赦されたようだ。
なににかは知らないが、教員の立場ともなると卵とはいえ色々あるのだろう。
「でも今それよりも気になるのは…………」
「……こっちか」
まっすぐ俺の顔を見ていた愛子と愛梨の視線が、ゆっくりと下にずれていく。
俺もつられるように下の方……自らの膝上へ向けると、そこにはダランと膝を床について前のめりの形で身体を預けている奈々未ちゃんの姿があった。
「……ねぇ、奈々未ちゃん」
「なぁに? マスターさん」
「えと、あの2人は高校時代の同級生で愛子と愛梨って言うんだけど、自己紹介お願いできる?」
「ん…………」
これまで俺も半分無意識でその頭を撫でていた真っ白な少女にお願いすると、彼女はもぞもぞと動いてその場に立ち上がった。
真っ白な肌に真っ白な髪。その蒼色の瞳が双子に向けられると、そのオーラを受けたのか彼女らは姿勢を正して言葉を待つ。
「黒松……奈々未。 アイドルと、マスターさんのお嫁さんやってま――――」
「ちょっとまって奈々未ちゃん」
「――――?」
お願いしたのは自分だが、さすがに今のは止めさせてもらう。
手を出し口を出して止めると、彼女は小首をかしげてこっちを見る。
「えっと、今はアイドルだけにしとこうか」
「お嫁さんじゃダメ……? なら妻?」
「妻もダメかなぁ。 ……隣から視線が怖いし」
決して見ることはないが、隣の椅子からヒシヒシ感じる冷たい視線。
まさにそのポジションは譲らないかのような。そんな意思が込められている気がする。
「じゃあ、”ナナ”です。 よろしくおねがいします」
「…………大牧君、ちょっと」
「?」
ペコリと頭を下げる奈々未ちゃんにつられるように双子は会釈したと思いきや、今度は小声で俺に呼びかけながら手招きしてくる。
それはなんだ?こっちに来いってことだろうか。
俺は少し中腰になりつつテーブルに体重をかけつつ彼女らに顔を近づける。
「やっぱり”ナナ”じゃない! なんであの”ナナ”と知り合いどころか好かれることになってるのよ!?」
「それこそ偶然だって。 お客さんとして来ただけだから」
あぁ、あの日が懐かしい。
おじいさんとおばあさんが彼女を連れてきて、仲良くなって。もう遠い昔のようだ。
「そんな羨ましいこと前世でどんな善行積んだのよ! 後でサイン頂戴っ!!」
「…………頼んでみる」
明らかに立っている伶実ちゃんらにも聞かれそうな声量で、何を言われるかとヒヤヒヤしていたがそんなことだったのか。
後ろを振り返って奈々未ちゃんに視線を向けると頷くのが見えた。大丈夫みたい。
「サイン、いいってさ」
「やったっ!! 大牧君!ありがと!大好き!!」
「「「あ~~~!!!」」」
きっと彼女も”ナナ”のファンなのだろう。
問題ないことを告げると喜びのあまりなのか俺の頭に手を回してギュッと抱きしめてくる。
そしてそれを目にした後ろの少女たちは、声を上げて俺を引き戻しにかかるのであった――――。




