115.計画のすべて
「ふぅ…………」
水がとめどなく流れ出る蛇口。
ジャアア……と耳障りの良い音を聞きながらあたしは片手でその出を絞っていく。
顔を上げて鏡に映るはほんの少しだけ頬に赤みの乗ったいつものあたしの顔。
ここに来る前ほんの少しだけ家で施した化粧があたしの顔を明るく彩り、今の自分を映してく。
自らも自信を持っていた、あたしの容姿。それはただひたすらに彼の為にと、昔からの努力の結晶だ。
しかし最近は、そんな自信に陰りが差していた。
それは今年に入って現れた、年下の女の子たちによって。
伶実ちゃんに遥ちゃん、灯ちゃんに奈々未ちゃん。どの娘もとっても可愛い女の子。
それにまっすぐとした非の打ち所がない性格をしていて、見ていて嫉妬するほどだった。
彼は昔、あたしのことを好きだと言ってくれた。今も同じ気持ちだと信じている。
しかしあの子達が現れて、同じ人を好きになって、今の自分より若い子というのもあって不安になったのだ。
男の人は若い子を好むと聞く。アイツは一体どうなのだろう。
――――だからあたしは、今回の同窓会を企画した。
適当に理由を付けてあたしがあの場から立ち去り、友人たちに彼の真意を聞いてもらう。
あたしが好きだと言ってくれたら万々歳。もしうっとおしいとか迷惑なんて言われてたら……生きていけないわね。
ともかく、あたしのすべきことは適当に時間を潰しながら2人が聞きだすのを待って、戻るだけ。
鏡の前で不安な気持ちを押し殺しながら時が経つのを待つ。……そろそろかしら?いえ、まだトイレに入って5分も経ってないじゃない。
スマホで時間を確認しながら時が経つのをひたすら待っていると、ふとトイレの扉がノックされていることに気付く。
「もしもし、次よろしいでしょうか?」
「あぁ……。ごめんなさい。 すぐ出ます」
今回の計画、誤算があるとすればこれ。化粧室の広さだろう。
店内は綺麗だったし何人も使える広さかと思っていたけど失敗した。まさか一人用のものしか無いだなんて。
サイトで確認してもそういうところは書いてなかったんだもの。仕方ないじゃない。
心の内でそんな言い訳を並べながら次の人と交代するために扉を開ける。
目の前には順番を待っている女性の人が――――いなかった。
どこに消えたのかと辺りを見渡せばあたしが北方向とは反対側。すぐ角に背を向ける格好で誰かと話している人物が見つかった。
きっと、向こう側にテーブルがあって身内と話しているのだろう。あたしはその人だとアタリをつけて近づいていく。
「すみません。お手洗い、おまたせしました」
「ありがとうございます。 申し訳ございません、急かしてしまったよ……う……で…………」
暗くて近づくまで気づかなかったが、声を掛けたその人物の髪色は金。自然な、艶やかな金色だ。
肩甲骨ほどまでの髪をたなびかせ、妙に言葉遣いが改まった少女は、こちらを振り返ると同時に凍りつく。
「優佳……先輩……?」
「秋穂……?」
会ってはならない人物に会ってしまったかのような驚きに満ちた表情を見せるその顔は、私が働くバイト先に最近入ってきた3人娘。その一人である秋穂であった。
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「まさか……あたしの計画の裏でみんな集まってただなんて…………」
ところ変わってトイレの角を曲がった先。
あたしが戻るべきテーブルとは反対側に位置するこの場所に、彼女たちは集結していた。
秋穂、日向、乃和の3人娘、秋日和。
そんな彼女たちからもう1つの計画を聞いたあたしは、1人ため息を吐く。
総の本心を聞くこの計画。
他の子達との不和を生まないよう一人で聞くつもりだったのに、4人の少女たちの内3人が集結しているなんて知らなかった。
しかも隣のテーブルなんて話し声が丸聞こえじゃない。まったく、余計なことをしてくれたわね。
「すみません……灯ちゃんの想い人がどんな人か気になって……ついでに本命が聞けたらなぁって……」
「はぁ……。まぁいいわ。どうせ乃和の思いつきが発端でしょうし」
「うぇ!? なんでバレたの!?」
むしろバレないとでも思ってたの?
この夏からの付き合いだけれど、この子達の人となりくらいは把握しているつもり。
だから突拍子もないことを思いつくのは乃和だと相場が決まっている。
「それで、あの子達にお酒は飲ませて無いでしょうね?」
「もちろんですっ! お店の人にもそれはもう強く念押ししてますので!」
「そう……ならいいわ」
あの子達が酔った日のことは、総から聞いている。
もしこんなとこでお酒を口にしたとなれば大変なことになるのは間違いない。最悪、総が押し倒されてしまうかも。
「ま、あんまり場を引っ掻き回し過ぎないことね。 あなた達も、補導される前に帰りなさいよ」
「えっ……それだけですか?」
「それだけって何よ? もしかしてお仕置きでもしてほしかった?」
「いっ、いえっ! なんでもありませんっ!!」
あまりにあたしが簡単に引き下がったことを不思議に思ったのだろう。
扉に手をかけたところで振り返ると、秋穂はブンブンと勢いよく手を振っている。
「あんまりここに居すぎても総が心配するだけだもの。 それに、もう1つの不安もあるしね」
「…………?」
それだけを言い残し、あたしは本来戻るべきテーブルへと足を進める。
彼女たちには何のことか検討もついていない顔をしていたが、あまり離れすぎることによって引き起こされる、1つの懸念材料があった。
それは愛子に愛梨、2人が彼に何かしないかということ。
中学時代から仲の良かったあたしたち。それは2人から総に向けても同じ。
あの時は完全に親愛だったが、腹の中なんてわからない。もしかしたら好意を抱いている可能性だってある。
その上お酒の席。高校生組のあの子達の懸念と同じように、あの2人が酔ってしまって彼を押し倒す可能性だって無いとは言い切れない。
だからあたしは手早く戻る。もうこれだけ時間も経っているのならばお願いしたミッションも終えていることだろう。
「ただいま~。 アンタたち、仲良くして……た…………?」
扉を開けて目にした光景は、信じられないものだった。
それは部屋の隅に固まる3人。しかも双子は総の背中にピッタリ張り付いている。
その上彼に抱きついているのはこの夏に似つかわしくない真っ黒のコートを着た1人の少女。あれは……髪の色からして奈々未ちゃん?ここには来てないって話だったのに。
そしてそんな様子を少し遠くから伺っているのが、さっき話に聞いた3人の高校娘たち。
1つの部屋にあたしを除いて7人が集結した姿は完全に定員オーバーで、まさにカオスと言っていい状況だった。