114.黒い影
「誰……? 部屋、間違えてるんじゃない……?」
優佳の誘いによりやってきた同窓会。
お酒の席で中学時代の友人2人と酒を飲みながら言葉を交わし合っている中、突然現れた黒い人物。
黒い帽子に黒いコート。肌が見えないほど漆黒に包まれた姿はまさに影。
扉が開いて姿を表した影は、ジッとその場に立ち尽くしていた。
知らない人物の登場に愛子も冷静さを取り戻したのだろう。
ボタンに掛けていた手の力を緩め、影に問いかけるも返答などは一切ない。
こちらの全員が影に注目し、影はどこを見ているのかわからない。まさに膠着状態に入った部屋は静寂へと包まれてしまった。
「優佳……ちゃん……?」
愛梨が問うも当然返事など無い。
少なくとも優佳ではないことはわかる。決定的に身長が違うからそれだけは確定だろう。
ならば誰か。
俺には残念ながらこんな真っ黒の影のような人物に心当たりなど無い!…………と、言いたい所だが、一人だけ心当たりがあった。
黒いとは言え帽子とコートのセットには見覚えがあるし、背丈もこのくらい。大変なことになるから合って欲しくはないが…………。
「もしかして――――おっと……?」
間違っていてほしいと願いながら心当たりのある人物の名を呼ぼうとすると、突如背中にかかる2度の衝撃。
突然の衝撃に若干前のめりになりつつも振り返って視線を下に下げると、テーブルを回ってきたのか愛子と愛梨が俺の背中に張り付いていた。
「愛子? 愛梨?」
「お……おお……大牧君っ!なんとかしなさいよっ!」
「大牧君……怖いよぉ……!」
精一杯虚勢を張りながら発破をかけてくる姉の愛子と、背中に隠れてしまう妹の愛梨。
もうすっかり酔いは覚めてしまっているようだ。二人して俺にを盾にしながらグイグイと押してくる。
「いや、多分大丈夫だから。この影は――――」
「なんで大丈夫って言えるのよぉ……!暴漢や強盗だったらどうするのぉ……!」
「それだとさすがに相手選びを間違っているような……」
涙目になりながら怒ってくる愛子に苦笑いで答える。
双子よりも小さい、完全に中学生少女のような体躯。いくら襲われたところで大の男である俺ならばどうにかなるだろう。
もしも相手が格闘技の達人だったり、そもそもナイフ等を手にしていたら話は変わってくるが、それはそれで俺が身を挺して守ればいい。
「大牧君……私達を守ってくれる……?」
「そりゃ怪我1つ無いよう守るけど……」
「ん…………!」
怖がりながらも聞いてくる彼女は、更に背中へ張り付くようにピッタリくっついてくる。
両手に花と言えば耳障りはいいだろうが、その実ただ盾にされているだけ。
2人して盛り上がっている空間に影は何も動かない。後ろから2人の圧力を感じつつ再度影と向かい合うと、その頭がゆっくり上に動いていく。
「――――ねぇ」
「…………!!」
ビクゥ!!
そんな表現が当てはまるくらいに身体を跳ねさせた後ろの2人は、姉妹抱き合うようにして俺の隙間から影を見る。
影から聞こえるその声は、女性のものだった。
こんな状況でも冷静な、そして透き通るような綺麗な声。
やはり俺はこの声に聞き覚えがある。黒ずくめに小さい背丈。そして美しい声といえば…………。
「奈――――」
「会いたかった……!」
俺がその名を呼びかけるよりも早く、彼女は動き出した。
向かい合ってからそのまま一直線。まっすぐこちらにこちらに駆け寄ってきた少女は、そのまま俺の胸へと飛び込んできて小さく声を発する。
「へっ?」
「なっ……!」
「キャッ……!」
全員がそんな彼女の行動に小さく悲鳴を上げる中、本人は全く気にしないようにギュッと俺の背中に手を回して力強く抱きしめる。
きっと、抱きついた衝撃だろう。
今まで影と呼んでいた少女。彼女は俺と接触すると同時にかぶっていた帽子が落ちて、その真っ白な髪が露わになる。
「マスターさん……会いたかった……」
「…………え~っと」
背後の2人があっけに取られるも、それを意に介さない影…………もとい奈々未ちゃんは俺に抱きついたまま頬を胸にこすりつけている。
それはまるでマーキングをするよう、スンスンと鼻を鳴らしながら何度も念入りに。
「…………? 大牧君、大丈……夫?」
「え? あぁうん。どうも俺の知り合いみたい」
こちらに駆け寄ってきたものの、それ以上何のアクションを示さないことを不思議に思ったのか、愛梨がオドオドと問いかけてくる。
俺が問題ないことを告げるとようやく安全だとわかったのか2人はほんの少しだけ離れて抱きついている彼女の様子を伺ってきた。
「なんだぁ。ビックリさせないでよぉ。 ……それにしても綺麗な髪色……どうやって染めてるのこれ?」
「白……?銀……?不思議な色ね。まるで”ナナ”みたい」
…………?
まるでも何も、見りゃわかるでしょう…………あぁ。
対峙した時は変装モードだったし、今も顔は俺に埋めているものだから彼女が誰かわかってないのか。
でも”ナナ”のことは知っていると。当時知らなかった俺はどれだけ疎かったというのだ。
「んん……マスターさん、いい匂い……」
「ほら、奈々未ちゃん。 なんで来たのか知らないけど、とりあえず挨拶できる?」
ホント、なんで来たのだろう。
俺、奈々未ちゃんに同窓会のこと伝えてないよ?発信機でも取り付けられてない限りここに来ることなんて不可能なハズなんだけどな。
「……ん。 マスターさんが言うなら。 ……大牧 奈々未。よろしく」
「黒松ね。 黒松 奈々未」
なんでシレッと名字が変わってるの。
ちゃんと訂正するとプクーと頬を膨らませて抗議の表情を見せてくる。そんな顔したって名字はそう簡単に変わりません!
「奈々未ちゃん……? でもその髪色に目……。奈々未……ナナ……あれっ?」
「ん。 ”ナナ”としても活動してる……でも実態はマスターさんの、お嫁さん」
「「えっ…………えぇぇぇ~~~!?」」
まさか髪色を見た時は本物だなんて思いもしなかったのだろう。
その顔を見、その声を聞き、自ら名乗られてようやく本物だと理解した2人は、さすが双子と言うべきか同時に声を上げて驚いてみせる。
そしてその声に連動するように、隣からバタバタと慌てるような音が聞こえてきて再度俺たちの居る個室の扉が勢いよく開かれた。
「マスター! なんだかすごい声がしましたが大丈夫ですか!?それに奈々未さんの声も!」
「伶実ちゃん!? それに2人も!?なんで!?」
敷居の向こうには私服姿の伶実ちゃん、続いて遥、灯もやってくる。
期せずして、この場にいつものメンバーが揃ってしまっていた。
「何故ですか……そうですね……。 ここはお嫁さんらしく、来ちゃった?でしょうか」
「3人目のお嫁さん!? …………ってあなた達はシンジョの!!」
「へ……? ……せ、先生!?」
ここ一番で来てほしくなかった伶実ちゃんのユーモアに、双子は更に驚きの表情を浮かべる。
もはやこの個室はかなりの人口密度と、かなりのカオスで埋め尽くされてしまっていた。
…………先生ってどういうこと……?




