113.酒の愚痴
「その子達のことをどう思ってるの?」
その言葉に俺は何も答えることができなかった。
あの子達……伶実ちゃんたちについては間違いなく好きだと言える。
しかし愛子が聞いているのはそういうことではないだろう。
好きというのは2つの意味が存在する。俺がさっき愛梨に言った友情的な好きと、彼女たちから向けられる恋愛的な好き。
当然、俺が彼女たちに向ける感情としてどちらかと言われたら迷いなく恋愛的な意味だと答えられる。
しかし、問題はその先。
問いの本質である、誰が一番好きかと問われれば口を閉ざしてしまうのだ。
誰もが魅力的。誰もが好きと言える。俺はまだ答えにたどり着けていないのだ。
「…………そう。そういうことなのね?」
「えっ?」
愛子からの問いに答えることができず閉口していると、何故か彼女は一人納得したように壁に背を付けた。
俺、まだ何も反応してないけど……彼女は何をわかったのだろうか。
「どうせアレでしょ? 好きだけど誰か一人を決めらんない~、とかそんな事考えてんでしょ?」
「……!? なんでわかったの?」
その頭の中を覗かれたような反応に思わず息をのんだ。
しかし彼女はいたって冷静で、手にしていたビールを再度口につけて勢いよく、更に3分の1程度流し込む。
「ぷはぁ! ……そりゃあ当然よ。中学のことから優佳ちゃんのアタックを曖昧にして……なんにも変わんないわねぇ」
「ねー。私達が手を回してものらりくらりだったもんね~!」
顔を赤くしながらため息をつく愛子に乗ってくる愛梨。
そんなことあったのか?中学も高校も、優佳は変わらず俺に引っ付いていた記憶しかないが……。
「ま、自覚ないようだけど私には関係ないことね。 あ~あ、もっと有益な情報得られると思ってたんだけどなぁ」
そんな自己完結した愛子はつまらなさそうにビールを手にし、残り全部を一気に飲み込んでいく。
早くも2杯分完飲。そんなにハイペースだと色々マズイと思うのだが…………。
2人から外される視線にさっきの問いについて開放されたのだと理解したが、俺の心には深く刻みつけられた気がした。
先日優佳に言われたのと同じこと。いつかは決着を付けないといけないのだと。そう告げられているようだった。
「お姉ちゃん、そんなに飲んだら危ないよぉ」
「いいのよ。ちゃんと愛梨がタクシー呼ぶから」
「お姉ちゃぁん……」
「……有益な情報って、何か期待してたのか?」
ビールを完飲して天を仰ぐ彼女はチラリと俺に視線を送る。
さっき言っていた、有益な情報とやら。彼女は何か目的があってここに来たのだろうか。
「大牧君……それ聞く? 聞いちゃう?」
「えっ…………?」
天を仰ぐ様子からゆっくりと大げさに前のめりになる彼女は、何かをロックオンしたような目をしていた。
内に秘められていたものを吐き出すような。そんな得も言えぬ感覚。
そして彼女は空になったグラスを机に叩きつけ、大ぶりに顔を振り上げて目を丸くする俺と視線を合わせる。
「聞いてよ! 今月からようやく働き出したんだけどさっ!!」
「働き出した……? 愛子、まだ大学生じゃ……」
その第一声は、不可思議なものだった。
彼女は俺と同い年。そして事前に優佳から聞いた話だと大学生だ。辞めたとも聞いてないしまだ在学しているはずなのだが。
「お姉ちゃんは教員免許取るために今教育実習に行ってるの。中学の母校にね」
「あぁ……」
だからか。そのスーツは就活じゃなかったのね。
教育実習。実際に学校に行って生徒とふれあい、授業をする。
それならば確かに働き出すと言うのもわからなくはない。ちょっと段階は手前だが、まぁ誤差だろう。
「それで生徒たちから聞かれるのは恋愛のことばっかり! 女子校で興味津々なのはわかるけどさぁ……そんなの知るかっての!!」
まさに溜めてにたものを吐き出すかのように告げる彼女は、完全に酔ってしまっていた。
隣で効いている愛梨は苦笑いのまま。きっと事前に聞いていたのだろう。
女子校ね……。彼女らの母校については知らないが、大変そうだ。
「それで困ってるところに優佳から同窓会の話が来て?あの夫婦ならいいエピソードでも持ってるかなって期待してたのに!相変わらず大牧君はヘタレだしっ!!」
「ちょっ……!」
ヘタレとはなんだヘタレとは!!
確かにちょっとそういうのに奥手なのは認めるけど、そこまででは無いだろう! ……無いよね!?
「だからお姉ちゃん飲み過ぎだって……」
「……あー……なんだか話してたら暑くなってきたわ。愛梨、うちわない?」
「うちわ? 無いけど…………」
ボーッと焦点のあっていない目を隣に愛梨に向けるも、彼女が見渡す限りうちわは見当たらない。
そんなものあえて持ってこないと無いだろう。一応冷房は効いているが、そんなのはそよ風と言わんばかりに顔が真っ赤だ。
「そうね……なら仕方ないわね………。よっと――!」
「えっ…… お、お姉ちゃん!待って!! ここ外っ!!」
「っ――――!!」
愛子は何を思ったのか、諦めたように胸元に目をやったと思いきやスーツのジャケットを脱ぎだしたのだ。
そこだけならまだいい。夏だし、そういうこともあろう。
しかし問題はその後。彼女はそれだけにとどまらず、おもむろに下に着用していたシャツのボタンに手をかけ上から順に外しだした。
そのことに気づいた愛梨が慌てて止めようとするも、変わらず隙を見て外そうとする愛子。
しかし酔っているのが幸いしたようだ。手元がおぼつかないせいで今の所上2つを外しただけで済んでいる。
「お、大牧君も止めて!」
「止めるってどうやって!?」
「愛梨~!じゃぁま~!脱げない~!!」
そんな、俺がどうしろと!?
力づくで止めるのもアリだがそれはそれでセクハラだのなんだの言われるのがオチだ。
下手に触れようものならこの先あの子達に顔向けなんてできやしない。
必死に愛子を止めている愛梨を収めつつ、未だトイレに行って戻ってこない優佳の帰還を待っていると、その扉がゆっくりと開かれる音が聞こえてくる。
やった!ようやく優佳が戻ってきてくれた!!
「優佳!よかった! 戻って早々悪いけど愛子を止めて!」
「…………」
「……? 優佳……?」
おかしい。何の返事も無いとは。
もし店員さんと間違えてしまっても何かしらのアクションはあるはず。
俺たちは不思議に思って開かれた扉に目を向けると、そこには扉を開けたものの入ってこない人影が一つだけあった。
「誰……ですか……?」
「…………」
恐る恐る問いかける愛梨にも何も返答はない。
その者は真っ黒。真っ黒い帽子に夏とは思えない真っ黒のコート。そして優佳よりも背丈の小さいであろう少女(?)がジッと立ち尽くしているのであった。