112.絡み酒
「かんぱ~いっ!!」
カァンッ!と、ガラス同士のぶつかる音がする。
みな一斉に同じ動作をして口に運んでいくのは黄金色のシュワシュワしたもの。言うまでもない、ビールだ。
ここのメンバーはみな成人済み。車で来た者もいないためアルコールを飲んで咎められることもない。
目の前の友人2人は強さについて不明だが、俺も優佳もお酒に弱いわけでもないが強くもない。
下手な飲み方さえしなければ、数杯程度なら全く問題はないのだ。少なくともお酒入りチョコでは酔わないレベル。
「んん~~~! やっぱり暑い夏には効くわねぇ!コレ!」
「お姉ちゃん、あんまり飲みすぎたらまた大変なことになるよ~!」
「平気よ平気! コレくらい、飲んだうちにも入らないって!」
いい飲みっぷりで乾杯直後にビールを半分くらいまで減らしたのは双子の姉、愛子。
それを妹の愛梨が窘めるがあまり聞いていないようだ。
「大変って何かあったのか?」
「うん。前ね、家でどれだけ飲めるかって試した事があったんだけどね…………」
ほう、限界か。
確かにお酒の席では自分の限界を知っておくのがいいってよく聞くもんね。
それを迷惑がかかる場でやるバカも居るみたいだが、家ならば問題ないだろう。
愛梨は息を吐く俺をチラリと見て話を進める。
「後でお母さんに聞いた話だと、私は倒れるように寝ちゃったらしいんだけど……」
そう言って視線を運ぶ、お通しのタコを口に運ぶ愛子へ。
話を振られたのだと理解した彼女は、数度口を動かしながら食べ物を飲み込んで笑いながら口を開く。
「私はどうも悪酔いするタイプみたいでね。突然全裸になって眠ってる愛梨に抱きつきながら一緒に寝たらしいのよ~」
「朝起きたら裸のお姉ちゃんがいたんだもん。びっくりしたよ~」
アハハと当時のことを思い出して笑う愛子にプリプリと怒る愛梨。
え、なにそれ。なんで俺をその場に呼んでくれな――――アイテッ!
「ゆ、優佳……?」
「アンタ、わかりやすすぎよ。鼻伸ばしすぎ」
「っ……!?」
脇腹をつつきながら睨みを聞かせるのは、隣で枝豆を口にしている優佳だった。
どうも俺の邪な考えなど一瞬で見抜くと言っているよう。
あまりに早すぎる釘の刺しように驚いていると、彼女はすぐに視線を料理へと戻してこちらを見ないまま口を開く。
「そういうのを求めてるなら私が居るじゃない。それに、あの子達だって」
「お、おぉ…………」
淡白に告げる彼女の言葉に驚きを隠せないまま、なんとか返事を変えず。
驚いた…………。
これまで優佳は、伶実ちゃんらのことをあまり快く思っていないと感じていた。それを証明するように自分が~と強調することも多かった気がする。
しかし今の言葉には自分に加えて『あの子達』と、彼女らを受け入れる言葉が含まれていた。それは一体どんな心境の変化だろうか。
「え~? なになに~?あの子達って~?」
「愛子……聞いてたのか。 ……って、それ。2杯目か?」
その問いかけに視線を移せば、斜めに座る愛子の手にはあまり減っていないどころか、さっきよりも残量の多いビールが握られていた。
きっと早くも2杯目に突入したのだろう。いつ頼んだのかと驚きもしたものの、よく見れば愛梨が手にしていたものが見当たらない。
もしかして、そのビールって愛梨の?
「いいじゃないそんな事~。 それで、あの子達って?」
「ごめんね大牧君! お姉ちゃん、絡み酒で……!」
愛梨が謝ってくるが、たしかに愛子の顔は赤くなっている。きっと早くも酔ってしまったのだろう。
酔いの早さに驚きもしたものの、俺の知る子たちはもっと弱い。
それも一口たりとも飲ませてはいけないほどに。彼女らに比べれば強いほうだ。
あの子たち、ねぇ。
なんて話そう。視線が俺たち2人を見てるし、言い出しっぺの優佳が話してくれるかな?
「優佳……」
「あの子たちのことは……総、頼んだ!」
「え、俺が言うの?」
勢いよく肩を叩かれる優佳に思わず目を向けると、彼女はゆっくりと席を立って閉じられていた扉を開ける。
「実はあたし、電車に乗ってた頃からトイレ我慢してたのよ。 それじゃ、ちゃんと浮気相手って言うのよ~」
ちょっとぉ!!!
まぁいいかと思いつつ、どこから説明しようか頭を整理しつつノンビリ構えていると、まさかの爆弾投下に目を丸くする。
普通に出ていくだけでよかったのに何言っちゃってんの!?浮気ってそもそも彼女いないよ!
抗議しようと手をのばすも、彼女の姿はそこにはなく。気づけば部屋に残る3人、姉妹の視線が俺に突き刺さる。
「大牧君……優佳が居るのに浮気なんかしてたの……?」
「俺と優佳はそういうのじゃないからね!?」
「大牧君……信じてたのに…………」
「いや、愛梨が信じたものって大抵当たらないでしょ。身長しかり」
「酷いっ!!」
唐突のことだったものの、頭が冷えるのもまた早く。
前の俺ならば孤立無援というまさかの事態にきっとパニックになっていただろう。
しかし色々あって成長した俺。多少なりとも冷静でいれたお陰で愛梨にはカウンターを入れることができた。
プリプリと頬を膨らまして怒る愛梨を宥める愛子。しかし彼女の好奇の視線は説明を求めているようだった。
……まぁ、優佳があれやこれやデタラメ話されるより、居ないうちにちゃんと話したほうがいいか。
「あの子達っていうのはな――――」
◇◇◇◇◇
「レミミン!あかニャン! マスターがアタシたちの事話してる!」
「「!?」」
マスターが来てからしばらくの後。
私達女子会一行も、気づけば居酒屋という物珍しい場所とそのメニューの虜になっていました。
遠くから聞こえる笑い声などの喧騒、美味しい食べ物にノンアルコールのカクテルという色とりどりのジュース。
そんな初めての経験に気づけば目の前のものに夢中になっていたところ、遥さんの声によって目を覚まします。
慌てて隣の部屋に耳を近づけると喧騒に混じって聞こえるマスターの声。なんだか楽しそうです。
『あの子達っていうのは最近知り合った子たちのこと。店のお客さんで浮気なんかじゃないよ』
『お客さんねぇ。 それって年上?下?
『…………下』
遥さんの言う通り、たしかにこれは私達でしょう。他に最近知り合った年下の子というものは居ないはずですし。
その手前を聞いていなかったせいで文脈に自信がありませんが、紹介されているのでしょうか。
『ふぅん。 年下ってどのくらい?』
『……4つから……6つ』
『6つって中学生じゃない! そんな子と浮気してるの!?』
『だから浮気じゃないって!』
マスターの慌てたような声が聞こえますが、断じて違います!
そうです!浮気なんかじゃありません!
むしろこっちが本命なんですからっ!!
今すぐ飛び出して訴えたい気持ちを抑えながら耳を澄ましていると、彼のため息が聞こえてきます。
『はぁ……。そもそも、優佳とも付き合ってないからな?浮気云々は違うだろ?』
『まぁ、その盲言は信じると仮定して』
『盲言て……』
『そこは気にしない。 ともかく、その子達のことをどう思ってるの?本命はいる?』
『…………』
冷静な女性の声がしてから暫く、私たちは彼の言葉を待つ。
彼が私達のことをどう思っているのか。
そんな心臓の跳ねる問いかけに、私達3人は固唾を飲んで次の言葉を待ちました――――。




