111.小さな双子
「なぁ優佳、ホントにここを待ち合わせにしたのか?」
「なによ急に? 当たり前じゃない。ここが一番使いやすいんだから」
恐る恐る隣の優佳に問いかけると、「何を当たり前のことを?」というような視線が一瞬だけ飛んでくる。
今は週末に隣接する金曜日の夕方。つまり事前に打ち合わせした同窓会の日だ。
そして俺達がたどり着き、なおかつキョロキョロと辺りを見渡しているのは駅前の広場。
なんだかよくわからないオブジェがある、有名な待ち合わせスポット。
右を向けば人。左を向けば人。前にも人。後ろは……道路だったか。
ともかく、どこを見ても人だらけだ。これが昔言われていた花金というものらしい。
学生も、社会人もどこか開放されたような表情で仲間内と笑い合いながら店に入っていったり道の奥へと歩いていっている。
「なんか、人多すぎない?」
「そお?これくらい普通でしょ。むしろあたしの職場がある街のほうがよっぽど…………」
「……?」
とめどなく駅へ入り、駅から出てくる人・人・人。
その人の多さに辟易していると、言葉途中で途切れたと思ったら彼女の呆れた視線がこちらに飛んでくる。
「アンタ、お店から出なさすぎよ。開店してからこういう人の多いタイミングに出てきたことある?」
「えっ? そりゃあもちろん――――」
何をバカなことを仰る。
当然俺だって買い出しなりカフェ巡りなりで、こんな人混みは当然…………
「―――アレ?最後に出たのいつだ?」
頑張って思い出そうとするも、該当するタイミングで出てきたことなど全く思い出せない。
たしかに、近所のスーパーとかならともかく街ともなると平日昼間なんかが多かった。
と、いうことはもしかして俺って人混みに対する耐性失ってる?出不精の弊害がこんなところで出たというのか?
強いて言えば、灯と2人でお茶したことや伶実ちゃん遥の3人で遊んだときなどは普通に昼間だったが、ここまでではなかった。
きっと通勤通学の人たちも多いのだろう。夕方というものはどの時期でも人が多くなってしまうものか。
「……やっぱり。総ってば人への耐性が無くなってるのね。あんな世捨て人みたいな生活してるから」
「い、一応またつながりはあるから……!」
まだ……まだ世捨て人ではない!
お店も毎日開いてるし偶にだが街にだって出かける。
あえて人の多いタイミングは外してるけど、たしかにほとんどの時間一人きりだけど、まだ大丈夫……と思う!!
「本当かしら?総って昔から友達居なくて出不精だから……。怖いのならお姉ちゃんに頼っていいのよ?手繋ぐ?」
「さすがにこの歳になってそれはないだろ……」
「じゃあ、恋人として?」
「……遠慮しとく」
そもそも恋人関係じゃないでしょうに。
人の多い中で発せられる『恋人』という言葉に反応して彼女から目をそらすと、何を思ったのか優佳は俺の隣にスッと移動して何も言わず手を繋いでくる。
「ちょっと優佳?」
「いいじゃない。総は怖さが紛れる。あたしは総と密着できる。ウィンウィンよ」
「俺は怖くなんか……」
「じゃあ、あたしが人の多さに怖くなったの。それでいいでしょ?」
恋人繋ぎのように手を絡ませながら見上げてくる彼女に、俺は何も言えなくなってしまう。
ズルいなぁ。その楽しそうな顔。
「ま~たイチャイチャしてる。 この姉弟は何年経っても変わらないのねぇ」
「ん? ……あっ!愛子!それに愛梨《あいり》も!!」
――――ふと、そんな声が俺たちに掛けられた。
呆れたように駅側から歩いて話しかけてきたのは、深い茶色に髪を染めた、可愛らしい2人の女性。
愛子と愛梨。
実年齢より若く見られがちな、小さな2人の女の子。
身長は優佳よりも低く、150前半といったところだろう。
一人はスーツでもうひとりは私服。黒と白にコーディネートされた2人は呆れた顔のままこちらに近づいてくる。
「え、なに?手なんか繋いじゃってぇ。 もう2人は結婚したの?」
「えぇ、もちろ――――」
「まさか。 2人は…………変わらないな」
優佳が了承しそうだったところを無理やり被せて止める。
卒業してから3、4年。2人も特に変わりはないようだ。
特に変わっていないのは一切伸びてもなさそうなその身長。
そう言外に告げるように下から上までゆっくり視線を動かすと、私服のほうはプクー!と頬を膨らませていることに気付く。
「む~! 大牧君!変わらないって何のこと!?」
「何ってそりゃあ……言わなくてもわかるだろ? いや、むしろ縮んだか……?」
「縮んでないもんっ! お姉ちゃ~ん!大牧君がいじめる~!」
表情豊かに怒りながらスーツの女性に抱きつく姿を見て、高校の頃と変わらないことに安堵する。
お姉ちゃん。
その呼び名の通り、この2人は姉妹である。
正確には双子。同時に生まれたこの2人は、きっと普通の姉妹よりも固い絆で結ばれていることだろう。
小川 愛子と、その妹の愛梨。
2人とも幼い顔つきとその身長を持ち、学生時代からの愛されキャラだ。
特に妹の愛梨は愛嬌たっぷりで特に可愛がられていた過去を持つ。
そして俺からしたら反応が面白くて、よくからかっていた覚えがある。
「大牧君も変わらないわねぇ。 そんなに妹のことが好き?」
「あぁ。 良いからかい相手としてな」
「へぇ……いいの?そんな事言っちゃって」
「……? 何が?」
「ほら、隣を見てみなさい。あなたのお嫁さんを」
お嫁さんて、そんな人はいないと言うのに……。
でも、何を示しているかはわかった。何事かと視線を横にずらして更に下にやると、俺の手をギュッと握っている優佳がジッとこちらを睨みつけていた。
「優佳……?」
「なによ。そんなにあたしより愛梨のほうがいいの? そうよねぇ。この子、可愛らしいものねぇ」
「いや、そういう意味の好きじゃなくてだな――――」
「酷い! 大牧君、私の妹を捨てるっていうの!?あれだけイジメておいてっ!」
ちょっと愛子!?
なんで畳み掛けるように爆弾を投下してくるかなぁ!?
お陰で腕に抱きついてしまってる優佳が身体押し付けてきて色々柔らかい感触が伝わってくるんだけど!?
「優佳……ちょっと当たってるんだが……」
「ん~? なにが当たってるのかしら?お姉ちゃんわからないわ」
「確信犯だろそれ!」
ニヤニヤとこちらを見上げながら抱きついてくる姉に敵うわけもなく。
まるで高校時代に戻ったかのようなやり取りは、それから10分ほど続くのであった。