107.最終手段
「どういう事なんですの総さん!?灯ちゃんに……優佳先輩も加えて二股!?」
「わぁ~お、お店の看板娘の衝撃事実」
「夫……ってことは優佳先輩はもう大人の階段を!?」
三者三様、千差万別。
さっきまで一人きりで静かだった店は、阿鼻叫喚と化していた。
それもこれも驚きに満ち溢れている3人娘、秋日和。
金色はムンクの叫びのように驚きと絶望の混じった顔をしているし。
黒色は冷静ながらもその瞳は見開いているし。
茶髪は…………驚いているものの言動はいつもどおり真っピンクだ。
「そうよぉ。 彼とは一晩、ベッドの上でゆっくりと、優しくね……」
「おぉぉぉ!! 師匠!師匠と呼ばせて頂いてもいいですか!?」
まさか俺も知り得なかった事実を並べて更に乃和がヒートアップする。
なんだか、3人が驚いているお陰なのか今の俺は随分と冷静だ。
ありえもしないことを話す優佳に肩をすくめながら近づいていく。
「何デタラメ言ってんの。そんな事ないからね?」
「あら?本当のことじゃない。 前にアンタがあたしの胸の中で眠ったこと、忘れたの?」
「!?」
嘘ぉ!?
俺そんな事してたっけ!?記憶にないんだけど!?
「優佳と俺が寝るってってそんな記憶は…………。 ん?それって、何年前?」
「………………」
「優佳?」
「…………10年以上前かしら?」
「10年って小学生の俺が落ち込んでた時じゃん! 前って昔すぎでしょ!!」
あ~!あせったぁ!!
ホントに記憶にないだけでそんな出来事があったのかとビックリしたじゃないか!
それに最初答えなかったの、絶対確信犯だったよね!
確かにあの時は俺も養子に入ったばっかりで寂しくて泣いてたことがある。
そんな夜が続いたある日、優佳が俺を抱きしめながら一緒に眠ってくれたんだったな。
大人になって一緒に寝たのってあの日の遥とだけだ。
アレも随分まずかったけど、何もなかったからセーフ判定。
「な~んだ、つまんな~い! 総ったら慌てずすぐ気付くんだもん~!」
「そりゃ何度もみんなに驚かされちゃね……。 3人も、優佳……姉の冗談だから真に受けないで」
ドッキリも、何度も喰らえば耐性がつくってものだ。
いたって冷静に否定すると少女たちも段々と平静を取り戻していく。
「ぁっ…………。そっ、そうですよね!ご姉弟ですし、そんな禁断の恋みたいなことはありまえせ――――」
「いや、あたしは普通に、男女的な意味で総のことが好きだけど?」
「――――ん…………えぇ!?ホントですか!?」
その言葉に大げさに驚いてみせるのは金髪の秋穂。
まぁ、うん。 事情知らないとそう思うよね。
「そんな……姉と弟……禁断の恋だなんて……」
顔を真っ赤にしながら彼女はチラチラと俺を見る。
その視線に気づいてこちらも目を合わせると、肩を大きく震わせながら目を逸らされた。
「ん……ねぇ秋穂、妄想してないでよく見て」
「もっ! 妄想って私はそんな事……! 日向、見るって何を?」
「2人を。 なんだか……2人って本当の姉弟ですか?少し似てなさすぎるような」
隣り合う俺たちを見比べる彼女の観察眼に、さすがの優佳も「ほう……」と息を呑む。
ちょっと見ただけで気付くのか。凄いな。
「うん。血は繋がってないよ。俺が色々あって養子になってるの」
「あぁ、なるほど。 すみません総さん、余計なことを聞きました」
「気にしないで。 それより3人は優佳と知り合い?先輩ってさっき呼んでたけど」
俺が気になるとことしては、そこだ。
夫とか言われて脱線しかけたが、3人娘と優佳先輩と呼び合う関係は完全に知り合いのそれだった。
「えぇ、はい。 優佳先輩とはバイト先の先輩後輩の関係です。私達、この夏休みから喫茶店で働いてまして」
「ほら、前に言ったでしょ? ようやく使い物になった子がいて私も自由って」
日向の解説に優佳が補足する。
そいや遥の家に行く直前、そんなことを話してたな。
それがこの子たちか。でも、乃和のピンクさは喫茶店で働く上で問題ないのだろうか。
「一番驚いたのは乃和が一番優秀ってことね。 あの子、仕事モードになると凄くよく働くのよ」
「…………うっそぉ」
一番ピンクな子が一番優秀って、隠れた才能すぎる……。
そんなのちょっと会話したくらいじゃ全然わからなかった。
「ねぇねぇ総さんっ!」
「……ん?」
まさかの事実に驚いていると、目の前にやってくるのは件の少女乃和。
彼女はテンション高めでピョンピョン跳ねながら笑顔で俺に話しかけてきた。
「結局、総さんは誰と大人の階段登るの!?」
「――――!?」
大人の階段。
それは言わずもがな、そういうことだろう。
虚を突かれるような質問に前後を忘れると、純粋な、彼女の輝く瞳が目に入る。
そんなの答えられるわけがない!
何を答えても地雷の質問に口を一文字にしながら隣を見ると、ふいっと視線を逸らされる。
「ゆ……優佳……」
「あたしも気になるわね。 総、アンタは一体誰と登るの?」
俺に味方など、居なかった。
隣の姉に助けを求めるも、数歩距離を取られてニヤニヤと笑みを浮かべながら腕組みされてしまった
そうしている間にもズイズイとこちらに迫ってくる乃和。やばい……絶体絶命だ。
一歩づつ、しかし確実に後ろに下がっていく俺。
追い詰められるは自らが調理するカウンター。
もはやこの先は行き止まりで逃げる事ができない。
「もちろん、このあたしよね?」
「総さんっ! 灯ちゃんですよね!?」
「いや、もしかしたら大穴で秋穂や乃和の可能性も……」
外野ではそんな声が聞こえてくる。
いや、最後の日向が言ってたのはまずないからね?一応自分を外すのは奥ゆかしいと言うかなんというか。
「総さんっ! 誰!?」
「………………」
もはや逃げ場なんてなかった。
無理やり彼女を押してしまえば、きっと怪我をさせてしまうだろう。
それだけは避けたい。しかも近くに自分用に挽いてコーヒー粉もあって被ったら大変だし。
…………ん、コーヒー? そうだ!!
「さぁ、総さんの回答は――――」
「ごめんっ!」
「――――へっ?」
俺はタイミングを見計らい、彼女が大口を開けたところで思いついた計画を実行に移した。
それはすぐ近くに避けていた1つの箱。
中にあるチョコレートを一粒取り出して口の中に放り込む。
「ムグムグ……これはチョコ? ――――もふぅっ!!」
昨日調べた段階で知っていた。このチョコもなかなか度数が高いことを。
モグモグと放り込まれた一粒を味わっていた彼女はそこに含まれていたお酒にやられてヘナヘナと力なく倒れ込んでしまう。
「キュウ…………」
「ごめんね。すぐ治るとおもうから」
慌ててその肩を掴んで転けないようゆっくり降ろして包囲から抜け出してみせる。
カウンターから出ると目の前に立ちふさがるは我が姉。しかし彼女は軽く手を上げながら肩を上下させ、これ以上何もないということを示していた。
「まさかお酒入りチョコを使うとはねぇ。 あ~あ、総が一番好きな子知れるチャンスだと思ったのになぁ」
つまらなさそうに呟く彼女に首を振ってみせる。
俺だって自分が一番好きな子を知りたい。でも、そう簡単に決めることなどできない。
決められない回答を出すことなどできないだろう。いくら聞かれたところで今の俺には回答不可なのだ。
「こればっかりは俺もまだわからないんだって」
「……そう。 でも、いつかは決めなきゃならないことよ」
「…………もちろん、わかってるさ」
いつかは来る未来。それを先延ばしにしている現状。
彼女の言葉にズキンと胸に突き刺さるような感触を覚えた俺は、小さく返事をして乃和を介抱する少女たちを見つめるのであった。