106.真実(デタラメ)
今日もまた、いい天気だ。
外は快晴。まだセミも鳴いていて暑いだろうがエアコンが効いている室内に居る俺には何も問題がない。
今日も今日とて開店したばかりの店には誰も居ない。
あの子達も当然学校で、ここに来ることはまず無いだろう。
となれば、することといえば――――これ!チョコレートを堪能することだ!!
ガサゴソと棚をあさって取り出すのは、昨日遥の両親から貰ったなんて書いてあるかわからない1つの箱。
蓋をパカリと開けると過不足なく綺麗に並べられたチョコレートの数々がお見えになる。
今日は、朝からコレを堪能すると決めていた。
俺だって普通の人間。以前遭ったことは憶え、学習し、繰り返さないよう努力する生き物だ。
随分前に頂いたお酒入りチョコレートで大変な目に遭ったことを学習し、昨日貰った段階では食べられないように隠していた。
夜に調べたところかなりの有名店の……相当値の張るチョコレートらしい。
お礼についてはまた後日するとして、こういう物は一人きりじゃないと食べることができない。
貰った時は昨晩食べようと思っていたがはすっかり忘れて閉まっていた。そして朝思い出したときには口がチョコを求めていた。と、いうわけで開店早々のチョコレート。
本来ならありえないだろうが、これも個人経営ゆえの特権だ。
俺はウキウキ気分で箱を置き、一緒に楽しむ用のコーヒーを淹れに取り掛かる。
「もうっ! やっと見えてきたわっ!」
「………………?」
お湯を沸かし、豆を挽きながら漂ってくる香りを楽しんでいると、ふとくぐもった声が耳に届いてきた。
声は……女の子? なんだろう……ここに来る人なんて相当限られてくるのに。
「昨日は一発でたどり着くなんて奇跡だったねっ!」
「ホントよホント……って、時間かかったのは乃和がネコちゃん追いかけて行ったからじゃない!」
少し聞き取りづらいものの、その声や呼ばれた名前で嫌な予感がヒシヒシと。
もしかして、この声って…………。
「だってネコだよ!見かけたら追いかけるよね!? ね、日向っ!」
「うむ。ネコは魔性。追いかけるのは人間の宿命」
「そんな宿命、投げ捨ててやりたくなりますわ…………」
段々とクリアに、そして大きくなってくる女の子の声。
そしてスッと店の窓を通る3人の人影に、俺はまたかと息を吐いた。
「やっほ~総さんっ!元気~!?」
勢いよく扉を開けて元気よく入って来たのは、茶色ツインテールの少女、乃和だった。
彼女は制服姿で学校指定のバッグを持ちながら、今の時間を知らないかのように店に訪れる。
「やっほ。総さん。昨日ぶり」
「そんな入り方したら総さんが驚くでしょっ! すみません総さん、失礼します」
続いて入ってくるのは黒髪ショートの日向に、金髪ロングの秋穂だった。
まさかの開店直後から連日やってくる秋日和のトリオ。
俺は楽しみにしていたチョコレートを諦め、調理台の隅に寄せていく。
「いらっしゃい……今日の学校は?」
「サボった!!」
「これはまた、堂々と……」
あまりに明るい乃和の返答に思わずたじろいでしまう。
そんな簡単にサボっちゃっていいのかなぁ?
「す、直ぐに学校行きますので! ……昨日あれから灯ちゃんが戻ってこないことが気になりまして。その……お話、しましたか?」
秋穂の問いに得心がいった。
そういえば灯がこの3人を学校に帰してからずっと、灯自身は戻らなかったっけ。
ずっとここに居て遥達と一緒に帰ったとなれば……。 なるほど、心配もするよな。
「もちろん。お陰様で仲直り?できたよ」
喧嘩したというわけでもないが、一層仲良くなれたとは思う。
でも、遥に続いて灯も抱きしめるって……俺も随分変わったなぁ。詰め寄られて顔紅くしてたときの恥ずかしさはどこ行ったんだろう。
「よかったです。 昨日はすみません、抗議とか言ってしまって」
「ううん、ありがたかったよ。 灯の真意も聞けたしね」
具体的に列挙すると俺への想いばかりで恥ずかしいものだが、あの時彼女たちが教えてくれて助かった。
嬉しかったけど、それ以上に灯から向けられる感情を冗談と捉えかけていたから、本気だと聞いて驚いた。
「うんうん。灯ちゃんが好きになる気持ちもわかるものだね。 お店経営してるし優しいし……なかなか優良物件じゃん」
「ね~! 総さんっ!私もりっこーほしていい!?そしてネチャネチャのドロドロのイチャイチャしない!?」
「2人とも……灯に怒られても知らないわよ……」
日向と乃和がとんでもないことを言ってくるが、2人から向けられる視線がニヤニヤとしていて冗談だということが見て取れた。
ねぇ乃和、ドロドロは考えたくないけど、それよりまずネチャネチャってなに?
彼女たちの冗談を苦笑いをしつつスルーしていると、彼女たちはもうやることを終えたのかバッグを肩に掛けてそれぞれ立ち上がる。
「あ、もう行くんだ」
「あんまり長居するとまた灯ちゃんが迎えに来てしまうので。これでも私と日向は成績優秀なんですよ?」
「私は!?」
「乃和は私達が教えてもギリギリばかりじゃない。もっとピンク以外のことを考えなさい」
そう笑い合いつつこちらに一礼し、店を出るため扉に手をかける。
学生の本分は勉強。今度休日に来てくれたらうんともてなしてやろう。
カウンターから彼女たちを見送っていると、扉を開けた瞬間向こう側にも何者か居たようで、2人の女性の小さな悲鳴が上がる。
「わっ!」
「きゃっ……す、すみません……!」
「こちらこそ失礼しました。 お先どうぞ――――って3人娘じゃん。何してるのよ」
「へっ…………? ゆ……優佳先輩!?」
店に入ろうとしていたのは、我が姉、優佳その人だった。
そして同時に顔を合わせた彼女たちは、彼女の姿を見て目を丸くする。
優佳先輩……?
知り合いか?
「なんでこんなとこに先輩が!?」
「そんなの、コーヒー豆の配達に決まってるじゃん。 そもそもあたしの弟の店なんだし」
「弟!? 総さんが!?」
「えぇ。それと同時に夫でもあるわよ」
「おっとぉ!?」
全く予想していなかった、彼女にとっての真実。
優佳の口から出るそのデタラメは、秋日和の3人から驚愕の叫びを引き出すには十分すぎるほどだった。




