102.デコボコトリオ
「それで……えっと……どのようなご用件で……?」
丁寧な口調につられて俺も、ついかしこまった言葉で聞き返してしまう。
目の前には色とりどりの髪色を持つ、制服を着た少女たち。
一人、二人、三人と、連なるようにカウンター席に座った三人は、俺よりもはるかに年下の女の子だった。
シンジョで有名な女の子、灯の同級生であり友人の、高一の女の子。彼女たちは思い思いに注文した飲み物を口に含みつつ俺と向き合う。
「はい。私達は総さんにこう――――」
「ねぇねぇ! 総さんっ!!」
まさしくこれから本題に入る金髪の子の言葉を遮るように、右に座る茶髪の子が前のめりになって呼びかけてくる。
参観日の時もそうだったけど……この子はいろいろとフリーダムな子だな。
「はい?」
「総さんはさっ! 灯ちゃんとどこまで行ったの!?」
「どこまで…………とは?」
なんだか嫌な予感のする質問にあえて聞き返す。
いや、ほら。行くって物理的な距離のつもりで聞いた可能性だってあるじゃん。その場合プールとか街としか答えようがないけど。
「そりゃあ、どこまで関係が進んだかに決まってるじゃんっ! もちろんもう、えっちなこともしちゃったんだよねっ!!」
「なっ……! 乃和!その話はデタラメだって本人が言ってたじゃないっ!!」
「………………」
もはやオブラートなんてなにもない。
豪速球で投げられる爆弾に苦笑いでいると、左端の茶髪の子が訂正してくる。
デタラメって何のこと…………って、あぁ。
そういえばフィアンセだって宣言したあとに訂正したんだっけ。懐かしいなぁ。
「え~? でも逆にその訂正話がデタラメだってことだってあるじゃん」
「だからといって堂々と聞くことはないでしょう! たとえ乃和の言うことが本当でも素直に答えてくれるわけもないわ!!
あぁ……この乃和って子、以前街で会った時聞いた通りだ。
頭の中がピンクの困った子。その通り、一発目でそれを聞かれるだなんて思わなかった。
「でもでも! 毎日毎日灯が総さん総さん言ってればそう思うでしょ~! それに秋穂だって日向だって顔真っ赤で聞い……ん~~~~」
「はいストップ。 ごめんね総さん。このバカが変なこと聞いて」
「い、いや……」
止まらず話し続ける乃和なる子を止めたのは、中央に座る日向と呼ばれた子だった。
行動は早いがトークは冷静。少しダウナーな印象を覚える彼女は真っ先に乃和の口を塞いでこちらに謝ってくる。
「コホン……。 私からも申し訳ございません。いつまで経っても空気読めない子で」
重ねて謝るのは秋穂。
この子は……あぁ、裏表が激しい子って言われてたな。参観日では真っ先に灯に話しかけていた。
「ううん、全然。 灯とのことも、偶に手を繋ぐくらいだよ」
「そっ……そうですか……。 ありがとうございます」
「ほらね、私の言ったとおりじゃん。灯は嘘付かないって」
「~~~~! ~~~~!」
黒髪の日向が茶髪の乃和に話しかけるも、口を塞がれていて何を言っているのかわからない。何か抗議しているのだけはわかる。
灯は学校でこの子たちと過ごしてるんだな。かなり個性強めだけど、一緒にいて楽しそうだ。
「それで、本題は何だったかな? 俺に話したいことって聞いてたけど」
「あっ、そうでした。 重ね重ね乃和が申し訳ございません」
「ううん。 それに話しにくいなら普通に話してくれて大丈夫だよ」
「…………はい」
金髪の秋穂なる子は裏表が激しいって言ってたからな。きっとかしこまった口調も外行きのものだろう。
現に3人での会話では普通だったし。
「それで、本題と言うのはですね――――」
「総さんが最近灯をないがしろにしてるんじゃないかって抗議に来たの」
「ひなたぁ…………」
本題という、一番いいところを日向に取られてしまう秋穂。
なかなか……デコボコすぎるぞこのトリオ。
「だって秋穂話長いし。なら一言で伝えればいいじゃん」
「長くないわっ!せいぜい……ちょっとだけ長いなって気になるくらいよ!」
「十分長いじゃん。 それで、どうかな?総さんは心当たりある?」
「…………いいや」
2人の会話の最中に突然振られた俺は最近の彼女について思い出しつつ首を横に振る。
別に、彼女が店に来るのは変わらないし会話だって普通にする。特に蔑ろにする心当たりなんて無い。
「でも、灯さんが最近総さんの話題を出すことが少なくなって、こちらから振ると微妙な顔をするんです。なんだかマスターに対して何か怒っているような気がして……なにか知りませんか?」
「怒る? 別にそんな心当たりなんて…………あっ」
秋穂からの再びの問いに否定しようとするも、途中で言葉に詰まってしまう。
そういえば、灯って遥のことが好きなんだっけ。でも遥は最近俺にベッタリすることが多くなった。
つまり、遥を取られたと思って嫉妬してるとか?
「何か知ってるんですか!?」
「知ってると言うかなんというか……」
教えようと思ってもなかなか口が動かない。
そういえば遥への想いを秋日和の三人は知ってるんだろうか。
俺から言っても支障ないと思うけど、なんだかはばかられる。
「ぷはぁっ! やっと出れた! 総さん!総さんは灯のこと好き!?えっちしたい!?」
「ここでそれ聞く!?」
しまった!思わず突っ込んでしまった!
いやでも、そんな空気の読まない豪速球はさすがに突っ込まざるを得ないでしょ。
日向が塞いでいた手からようやく抜け出すことのできた乃和は、目を輝かせながら前のめりに聞いてくる。
「どうなの!? 総さんっ!!」
「いや……それはね……」
輝く、純粋な目。
きっと彼女に悪気など一切無いのだろう。ただ少し一直線で、頭の中ピンクなだけ。
けれど色々と俗世に染まった大人にそれはキツイものがある。どう切り抜けようかと頭を回転させていると、ふと店の外から何者かが走ってくる音が聞こえてくる。
「…………?」
その音はどんどん大きくなっていき次第に店のすぐ近くへ。
窓になにかの影が横切ったかと思えば扉が勢いよく開いてベルが大きく踊りだした。
「秋穂さんっ!日向さんっ!乃和さんっ!!」
「あっ……! 灯!」
彼女らの名前を呼んで駆け込んで来たのは今まさに話題に上がっていた少女、灯。
俺は最も来てほしくもあり、最も来てほしくなかった彼女の名を心から呼ぶのであった。




