100.幕間2.5
「えっ!? 優佳ちゃんってば、まだ付き合ってないの!?」
とある冬の、とある放課後。
あたしは辛うじて効いている教室の中で薄い毛布を膝に掛けながら、右側から驚く声に目を向ける。
よく知らない誰かの席を借りて座っているのは入学当時から見知った友人。彼女は目を丸くしながらあたしを見ていた。
そんな彼女を横目にハァ……とため息をついて壁に掛けられたカレンダーを見る。
「えぇ……残念なことに、ね」
「でも今年だってクリスマスに年末年始があったよね……? あれだけ息巻いてたじゃない。今年こそって」
今日は1月の第2週。久しぶりに学校がある始業式の日だ。
始業式とその後の授業を終えた教室は開放感に包まれている。あたしはその光景を一巡してスマホを取り出した。
通知は……来てない。まだかかりそうね。
「えぇ。でも相変わらずだったわ」
「せっかくのイベントがもったいないなぁ……。やっぱり義理とはいえ姉弟って関係だからかな?」
「……無くはないわね」
そうね。アイツが未だに振り向いてくれないのは関係性の問題かもしれないわ。
でも、義理だから法律的には全く問題ないし、あたしが迫ったら顔を紅くしてくれるのになぁ。
「もったいないなぁ。せっかく高校生になったんだからそーゆーイベントも楽しまなきゃ~!」
「そういうアンタはどうなのよ?高校生になって最初のクリスマス。素敵な彼氏でもできた?」
カウンターを喰らわせるようにわかりきった答えを問いかけると、『え~っと』や『その……』などでお茶を濁し始める。
やっぱり。人のことより自分のことじゃない。
「わ……私はいいのよっ!ほら、きっと素敵な王子様が迎えに来てくれるもん!」
「はいはい、王子様ねー」
高校生になってできた、明るい友人。
優しくて分け隔てないのはいいことなんだけど、ちょっとメルヘンチックなのがね。
「見てなさいっ!私が大人になる頃には隣に白馬と王子様がいるもの!」
「王子様……はともかく、白馬は必要なのかしら……?」
「必要なの!……って、私のことより優佳ちゃんのことっ! ほかはどうなの!?ほか!!」
「…………ほか?」
少し抽象的な言葉にあたしは眉間にシワを寄せる。
ほかって何のことかしら。次のイベントみたいな?
「他の男の子ってこと! ほら、冬休み直前告られてたよね!?」
「あぁ……。なんだっけ、何部の部長って煩かった憶えが……」
「バスケ部!その人はどうなの!?お近づきになった!?」
「なんであたしがそんな無駄なことしないといけないのよ」
「うわっ! 辛辣っ!!」
何故か驚いた表情を見せているが、何を当たり前のことを。
さっきからアイツのことを話してると言うのに、なんで他の男が出てくるのかしら。
「でもでもっ!スポーツできるしお家もお金あるみたいだし……優良物件じゃない?」
「なら、アンタがアタックしてみれば?」
「私!? ないない!噂じゃとっかえひっかえしてるみたいだし、ありえないよ~!」
さっき優良物件って言ってたのにどの口が言うのよ。
「……じゃあ、アンタの好みの男の人って?」
「私? 私の好みかぁ……。お金は無くても優しくて、誠実で……大切にしてくれそうな人かなぁ」
「そう。 そんな人が見つかるといいわね」
もっともな回答だけど、シンプルだからこそ難しそうね。
そういう男の子、誰か居たかしら。
「クラスメイトだとぉ……。やっぱ大牧君かなぁ。あんまり目立たないけど良くしてくれそうじゃん」
「…………は?」
――――目の前の友人から聞き捨てならない言葉が聞こえ、思わず低い声が出てしまう。
ギュッと握りしめた拳からはパキッと骨の鳴る音がして見開いた瞳で彼女を射抜く。
「やっ……やだなぁ!冗談だよ! 大牧くんは優佳ちゃんの大切な人……だもんねっ!」
あせったように首を振りながら否定する言葉に、あたしは息を吐いて身体に篭もっていた力を脱力させる。
目の前に映るは愛嬌のある、優しい友人。
彼女から彼に言及されたことなんて初めてだけど、そっかぁ……。そういうこともありえるのね。
私は怖い。彼の好みがわからないから。
もしこの子みたいに愛嬌のある子や、従順でしっかりサポートしてくれる子が好きだったらどうしようと。いつも思う。
少しネガティブになった思考を慌てて振り払い、あたしは隣の彼女を見やる。
すると友人はうんと伸びをしながら自分が座っている机に身体を寝そべらした。
「でも、隠れた人気者かもねぇ。大牧くん。 なんだかんだスペック高いし」
「そりゃそうよ。あたしの夫だもの」
「それ本人に否定されてたじゃん~! 言ってるの優佳ちゃんだけだよ~?」
友達の前じゃ胸を張ってアイツの妻って言ってるのに、いっつも否定されるのよね。
早く認めてくれたらいいのに。
そう思ってまたため息をつくと、ふと震えるあたしのスマホ。
……ようやく終わったのね。アイツったら宿題終わったのに忘れてくるんだもの。先生との交渉長すぎよ。
事故から立ち直った愛しい彼。
あの直後は本当に……本当に色々あったが、よく立ち直ってくれた。
毎日夜一人になると泣いていた彼のところに行って抱きしめたのが懐かしい。私の胸の中で大泣きして、強くなったんだっけ。
「…………でも、気をつけてね。優佳ちゃん」
「なにがよ?」
今から戻ってくるという彼からの連絡にウキウキしていると、彼女がこちらに前のめりになりながら小声で話しかけてくる。
あたしも少し背を曲げてその声を聞き取ると、彼女の視線がフッと別の方向へ移動した。
「あんまり表立ってないけど、好かれてない人もいるみたいだから……」
「…………あぁ」
あぁ、まだ絶滅していなかったのね。
彼女が送った視線の先にはグループで会話をしている少女の一人……別クラスにいる小学校の頃からの顔見知りだ。
異端者は排除。それはどの学校でもある、学生の暗黙のルール。
人と何か違うことが悪とされ、集団から爪弾きにされる。高校生になった今こそ緩和されたが、倫理観の薄い小学生の頃はそれが顕著だった。
あたしの夫も事故の影響もあって、小学生……特に3年生の頃は異端の限りを尽くしていた。
彼の気力やあたしの協力もあってなんとか大事にはならなかったが、それでも面白くないと思う者はいたのだろう。
現にいま彼女が示した子。あの子には小学校の頃お世話になった記憶がある。
といっても陰口程度の軽いものだが、一回あの子含むグループを口で叩きのめしたっけ。
「大丈夫よ。たとえ全校生徒に嫌われたって、あたしが支えるもの。イザと慣ればさっさと学校やめれば済む話だしね」
「…………。 も~!そういうところがモテるんだよ優佳ちゃん~!」
「何の話よ~。あたしにはアイツさえいれば良いって言ってるだけなのに」
「え~!? 私は~!?」
「はいはい。アンタもよ」
あたしの肩を掴んでブンブンと揺らすのをされるがままでいながら私達は笑い合う。
そうしてあたしは常にアイツの隣に立ち、高校を越えて大学に入学する。
そして来る夏の日、あたしはコーヒー配達の座を勝ち取って彼の店へと殴り込みに行くのだ。
余談だが、アイツをよく思っていなかった女の子。大学に入って知ったが、彼女もアイツのことが好きだったらしい。
可愛さ余って憎さ百倍。その愛情を憎まれ口でしか表現できなかったそう。
結局アイツは知ることすらなかったけど、総の魅力が広まりすぎるのも考えものね。




