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○○の人

喫煙所の人

作者: たかひよ

 彼に会ったのは会社近くのコンビニでした。

 コンビニ外の喫煙所に居たその人は、煙の中に立っているのに澄んだ空気を纏っているようでした。

 パチッと音がしたかと思うくらいしっかりと目が合ったけれど、特に何か起こるでもなく、自然と離れた視線は次の瞬間にはコンビニの入口にありました。

 それが彼との出会い。






 それから彼をよく見かけるようになりました。

 お互いに昼休憩でしょうから毎回時間が合うのは別に不思議ではなかったと思います。

 喫煙所に居る彼と、コンビニに入っていく私。たまに店内からガラス越しに彼を見つけます。

 彼も私を認識してくれているでしょうか。






 そんな日々を少し楽しく思っていた頃。

 残業続きの中、夜休憩の御飯を買いにコンビニに行った時、店内から彼を見つけました。

 こんな時間に会うなんて新鮮だなと思いました。

 いつもは陽の光に照らされている彼が、コンビニの電気に照らされています。

 何故か急に、どんな人なのかなという感情が湧いてきて。

 意味の分からない行動に出てしまいました。

 疲れていた、というのが一番の理由なのかもしれません。

 気付いた時には、右手を少し挙げていました。そして、左右に振ります。

 あれ? となった時には手遅れでした。ばっちり彼に見られていました。

 一瞬びっくりした彼は、周りを見ます。

 喫煙所には彼以外にも人が居ましたが、全員違う方を見ていたので、自分に向けられたものだと気付いてしまったようです。

 どうしよう、と焦りました。知り合いが通りかからないものかと遠くの道を見つめましたが、そんな偶然がある筈も無く。

 逃げよう、と決めた時でした。

 彼が手を振ってくれたのです。

 煙草を持っていない方の手で振り返してくれました。

 大人になってからはすることが減ったその動作が、親しい友達に挨拶するのを思い出させたのか、急激に距離が縮まった感覚になります。

 ですが、彼は友達ではありません。

 私は急いでコンビニを出て仕事に戻りました。






 次の日、恐る恐るコンビニに向かった私は、喫煙所に彼を見つけました。慌てて入口に向かいます。

 だって変な女だと思われているに違いありません。昨日は優しさ全開で頑張ってくださったのでしょう。

 申し訳無さいっぱいで店内に入ろうとした時でした。

 ひらひらと。彼が手を振ったのです。

 心臓がドクンッと鳴りました。

 私の後ろには誰も居ません。

 訳の分からない嬉しさが溢れてきます。

 にやけそうな顔に注意しながら、手を軽く振り返しました。

 彼はどんな気持ちでいてくれるのでしょう。






 それから、相変わらずコンビニで彼を見かけます。見かけるだけではありません。手を振り合うようになりました。

 話した事もない人と、これはどういう関係と言えるでしょう。

 煙草を吸わない私は喫煙所とは縁がありません。

 タイミングの問題か、店内で彼に会った事はないのです。

 彼の声は低いのでしょうか高いのでしょうか。






 今日は珍しく彼に連れが居ました。

 いつものように手を振り合って、店内に入ろうとした時、「誰?」と言われてる彼の姿が目に入りました。その後、店内から喫煙所を気にしていましたが、読唇術が使える訳も無いので気になったままでした。

 彼は何と答えたのでしょうか。

 私だったら何と答えるのでしょう。

 友人ではありません。だって名前も知らないのだから。

 知人でしょうか。挨拶をする関係ではありますし。声は知りませんが。

 ちょっとウェーブがかった黒髪。

 おしゃれな眼鏡姿。

 黒いスーツに黒い革靴。

 ネクタイはいつも明るい色。今日はピンクでした。

 いつも振ってくれる左手には銀色の時計。

 以上が私が知る全てです。

 やはり友人とは呼べませんね。






 びっくりです。

 彼が目の前に居ます。レジに並んでいます。何やら番号を言って煙草を買っています。初めて声を聞きました。

 手に持っていたペットボトルを握りしめ、声を掛けるか迷っている間に出口に行ってしまいました。

 意気地無しです。チャンスだったというのに。

 肩を落としながら店を出た時でした。


「こんにちは」


 さっき聞いたばかりの声に反応して顔を上げると、彼がすぐ横に立っていました。


「こ、こんにちは」


 辛うじて返事はしたものの、内心パニック状態です。

 何故声を掛けようとしてくれたのでしょう。


「少し時間いいですか?」


 低めの声で尋ねられました。

 なんということでしょう。

 友人になろうとしてくれているのでしょうか。


「大丈夫です」


 その後、今更ながらの自己紹介をして連絡先を交換しました。






 素敵な友人が出来てすごく嬉しいです。

 今ならはっきりと言えます。友人ですと。

 そういえば、彼はあの時何と答えていたのでしょうか。

 そんな事を考えながら、いつものように笑顔で手を振りました。

 彼は「気になってる子」と答えています。


 彼女に「友人になれて嬉しいです」と全力で喜ばれた件には複雑な気持ちを抱いていますが、その笑顔には勝てず、今は友人で我慢しています。


 ちなみに、付き合い始めたら彼は禁煙します。


 ありがとうございました。

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