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98.翌朝、目を覚ますとろくなことがなかった

 その日の夜。屋敷の庭では分身ちゃんたちが野営の準備をしていた。


「深沙央さん、分身を自分の身体に戻さないのか?」

「うん。明日は井戸周辺を整備したいし、町もくまなく調査してみたいの。そのためには人員が必要だから。あらためて多くの分身を作るとなると時間がかかるからね」


 それで分身を消さないでおいているワケか。俺は安心した。

 分身ちゃんの中でも世界を不安げにとらえているマギ。この子が笑顔を作る前に消えてしまったら、俺は後悔する気がする。


「分身たちが、どうかしたの?」

「ちょっと思ったんだ。戦いや仕事のためだけに生まれるのって、可哀相だなって」


 それを聞いた深沙央さんは目を丸くさせた。変なこと言ってしまったか。


「気を悪くしないでくれ。深沙央さんの分身は深沙央さんの物だもんな。なんかゴメン」

「ううん。そういう優しいところが、康史君なんだなって。嬉しいし安心したわ」


 深沙央さんは、よしっ、と気合いを入れた。


「今夜は分身たちの慰労会を開くわ。ポコリナや王もいるんだもの。盛大にやらなくちゃ。そうと決まればお肉を買いに行きましょう。お昼に買ってきたステーキ肉だけでは足りないものね」



 さすがに人数が多いので、ツバーシャの瞬間移動で王都まで行って食材を確保した。

 その甲斐あって、その夜、町長屋敷ではパーティーを開くことが出来た。


 分身たちにも料理が振る舞われる。

 王は醤油味のステーキや、俺が元の世界から持ってきたスナック菓子やカップ麺を食べて御満悦だった。

 マギもポコリナやシーカに話しかけられて、昼間よりは表情を明るくしていた。



 夜も更けて、各々が自室に戻った頃。

 俺は自分の部屋で休もうとした。扉を開け、部屋の最奥にあるベッドを見る。

すると、何者かがいるのだ。掛け布団を頭からかぶり、モゾモゾと蠢いている。


「すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~。ああ、お姉さまの香りと匂い。芳しい体臭が私の心と身体に満たされていく。三年間の欲求不満が、嵐のあとの雲霞のごとく晴れていきますよ。ああ、お姉さま。私はここにいます。さぁ、長い夜を共に過ごしましょう……げへへ」


 掛け布団を纏った何者かは、ニオイを頼りにエサへと在りつかんとするドブネズミのように、布団の上を奇怪に蠕動してきた。

 俺は掛け布団をつかんで、ひっぺがえした。


「誰だ! っていうか正体は把握済みだ!」

「ひぃぃぃ!」


 そこにいたのは、やはりポコリナ。


「オマエは俺のベッドで何をしている……その格好はなんだぁ!」


 ポコリナは全裸だったのだ。


「ハダカ!」


「失礼な。ただのハダカではありませんよ。いつお姉さまに触れられてもいいように、全身に保湿クリームを塗っているんです。私の毎晩の就寝スタイルですよ」


「あ! 俺のベッドがクリームでギトギトになってる。何てことをしてくれるんだ!」


「え? お姉さまのベッドではないんですか? エリットさんから勇者のお部屋はこちらだと伺ったのに」


「俺だって勇者なんだよ。深沙央さんの部屋は二階だ」


「そんな。私は少年の体臭を体内に留めてしまったのですか。どうりでドブ臭いはずですよ。内臓が腐っているんじゃないですか? オエェェぇェェ」


 お前は脳髄が腐ってんよ。部屋から出ていきやがれ、素っ裸。

 ポコリナはベッドの下にあった魔装束と聖剣を持って部屋から出ようとした。


「だったらお姉さまの部屋に行くまでですよ。既成事実さえ作ってしまえば」


「そういや深沙央さんは部屋にマギを泊めるって言っていたな。どの部屋も満員だ。大広間は分身ちゃん。来賓室には王がいる。廊下で寝てろ」


「はぁ? この私に廊下で寝ろと言いましたか。王様の城では最先端のオシャレ部屋を用意されていた、この私に。少年は至高の女の扱いってものが分かってないみたいですね」


 ポコリナは部屋の中央に立つと、聖剣をバトンのように一回転させた。

 ズバっ!

 部屋の中央の天井・壁・床に切り込みが入る。この屋敷は借家なんだぞ。


「ここから先は私の部屋です。少年は一歩も入って来ないでください」


「切り込みの向こうに扉があるんだ。部屋から出られないだろ!」


「知ったこっちゃありませんよ。少年はウジウジと引き籠っているのがお似合いです。私はもう寝ますから。夜更かしは悪い子の始まりですからね!」


 ポコリナは扉の横にあるソファに横になった。だけどすぐに立ち上がると、切り込みの境界線を堂々と侵犯して、掛け布団を奪ってソファに戻った。


「テメぇ!」


「黙ってください。眠れません。これからお姉さまの夢を見るんですから。夢の中では私とお姉さまは結婚していて、双子の子供にも恵まれているんです。そろそろ三人目を作らねば」


「くそっ。ベッドはギトギトしてるし。なんだか変な臭いがするし」


「私の体臭なんですから、寝言でフレグランスと叫べばいいんです。おやすみなさいっ」


 ちくしょう。俺はギトっているベッドに横になり、ランプの明かりを消した。


「え? 真っ暗。怖い。ちょっと、どうして暗くするんですか。少年は闇の住人ですか。明るくないと眠れません。危険です。変質者が来たら、どうするんですか!」


「お前以上の変質者はいないよっ」


 そんな、やりとりを、お互い眠気で意識が吹き飛ぶまで続ける羽目になった。



 翌朝。カチャカチャと食器がぶつかるような音で目を覚ます。さらに異臭もする。

 掛け布団を被ってやり過ごそうにも、ポコリナに取られてしまったんだった。

 仕方なく起き上がるとアラクネが俺の部屋で化学の実験のような事をしていた。


「朝から人の部屋で何やってんだよ」

「みんなの迷惑になると思って、この部屋で作っているんだ」


 俺の部屋でも迷惑なんですけど。で、何を作ってんだ。


「じゃーん。人体強化の薬だ。これを飲めば体力・魔力・精神力・くじ運・免疫力・借金の利子が格段に跳ね上がる優れモノ。魔王の秘宝なんかよりも凄いんだぞ。ほれ」


 アラクネはボトルに入った液体をグラスに注いで、俺に差し出してきた。異臭の正体はこれか。

液体は危険な虹色と邪悪な七色を発し、非生命でありながら脈打つように液量が増減を繰り返し、グラスの底からは呪詛を唱える声が聞こえてくる。

え? 人の声? 心霊番組でマイクがひろったオバケの声?


「これを、飲めと」

「これな。DBDに雇われたナヴァゴが、強くなりたいって言うから作ってみたんだ」

「アイツはまだDBDにいるのか。興味ないけどな、うグゥっ」


 アラクネは俺に無理やり飲ませてきた。


「うゲぇェェ! マズイ、マズすぎんよおォォォ!」


 涙とヨダレがほとばしる。人生をやめてもいい。そう思えるほどの例えようのないマズさだった。世の中のマズイを総動員しても、この液体には勝てない。俺、もうすぐ死にそうな気がする。


「あれ? 飲みやすいようにコレも混ぜたんだけどな。DBDからもらったヤツ」


 アラクネは茶色い液体の入った瓶を手にした。ラベルになにか書いてあるな。アルコール度95パーセント?


「殺す気か! そんな酒を直で美味しく飲めるヤツは、酒の神様か魔王くらいだぞ!」

「うん。でも人間には飲めないのか。せっかく作ったんだけどな。もったいない」


 瓶ボトルは、まだまだ液体で満たされている。


「廃棄しろ。早く口をゆすぎたい。その前に、メグさんの回復魔法を」

「あとで捨てとくよ。アタシは朝メシ食べようっと」


 連れだって部屋から出ようとする。液体はそのままだけど、今はすぐにでも体内洗浄したい気分だから後回しだ。

扉の横のソファでは、既にポコリナが目を覚ましていた。


「アレを飲めば、強くなれる……」


 ポコリナは液体を見つめていた。


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