93.包囲網、その顛末
屋敷は包囲されて、町民全員が人質に取られたような事態になってしまった。
配置されたネズミ兵、その数は五百体!
「ネズミ兵と言っても、私から生まれた者は多少強化されています。甘く見ていると殺されますよ」
サラブレットはほくそ笑む。
「さぁ、来ていただけますね」
深沙央さんの高速移動で町のネズミ兵を排除できるか? それともサラブレットに一斉攻撃を。いや、どれもサラブレットの一言でネズミ兵が暴れ出す。
「爺や。僕の食事の最中だ。無粋だぞ」
「王様、しばしお待ちを。これは国の行く末を左右する重要な取引なのです」
「この僕に、待てというのか」
すると王は、食べ終えたおでん缶をテーブルに置くと、コンビーフに手を伸ばした。待つ気マンマンだな。
深沙央さんとマーヤに視線を移す。二人とも苦虫を噛み潰してしまったような表情だ。打つ手なしなのか。
「ただいま買物から帰りましたー」
「帰りました」
裏口からエリットとマミイラの声がした。はなし声が応接室に近づいてくる。
「それにしてもマミイラさんはすごいですね。帝政アゾマンギトフの偉い人でしたっけ」
「いえいえ。大政に復讐をするために作った小国です。復讐相手は深沙央さんに倒され、目的を失った私は封印されました。その後、この世界に転移してきたのも何かの縁。今は執事として頑張らせていただきます」
「そうですか。でも戦ったらとっても強いのに」
扉が開いて二人がやってきた。
「あ、ここにいらっしゃったんですね。あ、吸血魔!」
エリットは室内のサラブレットに気付くと、驚きの表情を見せる。俺は聞いた。
「二人とも裏門から入ってきたんだよな。ネズミ兵はいなかったのか?」
するとマミイラはおずおずと答えた。
「あの黒い集団ですか。邪な気配がしたので、つい倒しきってしまいました。100体ほど。いけませんでしたか」
いけなくはない。深沙央さんに目を向けると
「マミイラは小学三年生のときに行った異世界のラスボスよ。はっきり言って強いわ」
サラブレットは唖然としている。
玄関のほうから誰かが来る気配がした。
「へえ。ここが町長の屋敷なのか。康史、深沙央、遊びに来たんだぞっ」
「頼むから避難させてくれ。もう罰の掃除はまっぴらだぜ」
「アナタたち、そんな理由で康史に会いに来たの? 瞬間移動だって、人数が多いと疲れるんだからね」
「ダメなことは分かってるよ。でもストレスの限界なんだよ」
「心労っ! 限界っ! 以上っ!」
扉を開けて入ってきたのはパティアたち王国軍の異能力者、五人娘だった。
「軍本部を一週間で掃除なんて無理無理。逃げてきたぜ。あ、吸血魔!」
ガルナたちは驚愕の表情を作る。俺は質問した。
「屋敷の正門にはネズミ兵がいたはずなんだけど」
するとガルナが、だからなんだ、というふうに答えた。
「邪魔だから殺っといた。200体。特にルドリカは掃除のしすぎで苛立ってたのか、電撃で何十体も瞬殺してたぜ。おかげで俺は暴れたりない」
さすが王国軍きっての問題児集団だ。
サラブレットは口をあんぐりと開けていた。
再び玄関から誰かがやってくる気配がした。
「今帰ったぞ! 世界一偉い組長様のお帰りだ!」
応接室に入ってきたのはアラクネだ。
「いや~。新組長就任ってことで、組のヤツらが町でパレードしてくれたんだ。アタシが主役で。やっぱりアタシのすごさが分かる連中は良いな。あ、吸血魔!」
アラクネの表情が驚嘆へと染め上がる。俺は疑問をぶつけた。
「町中にネズミ兵がいたはずなんだ。見かけなかったか?」
するとアラクネは、ああ思い出した、という感じで答えた。
「確かにいたぞ。200体くらい。退治しといた。若頭なんて馬車の上から大砲をぶっ放してたぞ。町のみんなもケンカ事は見慣れているのか応援してくれて、お祭り騒ぎだったな。この町はいい町だ。アハハっハ!」
さすが元魔王とヤクザと元・暗黒街の住民だ。混ぜてはいけない人種を混ぜてしまった。
サラブレットは顔面蒼白になっていた。決して白馬ではなかったはずなのに。
俺はサラブレットに向き直り、腕組みをして、背筋を伸ばして、強く言う。
「そういうワケだ!」
「あ、ありえない。ネズミ兵を呼び戻す。この部屋をネズミ兵で埋め尽くしてやるっ」
五分経過――帰ってくる者なし。
「そんなバカなぁぁぁ!」
サラブレットは膝をつき、悔しさのあまりか、床を叩きはじめた。
やめてくれ。この屋敷は古いんだ。
そんなサラブレットにガルナとアラクネは同時に声を上げた。
「で、この吸血魔、なに?」
王はおもむろに立ち上がると、俺にコンビーフを突きつける。
「開けてくれないだろうか」
はいはい。知らない人には開けるの難しいもんね!
サラブレットは馬人間から爺やの姿に戻っていた。缶づめを食べ尽くし、感無量な王に言う。
「王様。私とともに国に帰っていただきます」
「僕はもう少し、ここに留まりたい。ここの者たちは色んなことを教えてくれる」
「王様!」
王には帰ってもらいたくはない。世界の状況、俺たちの意見を聞いてもらいたいんだ。
「なあ爺やさん。王には人間との異文化交流を図ってもらうために、しばらく俺たちと共同生活するっていうのは、無理かな」
すると爺やは俺を睨みつけてきた。王も無言だ。どうすりゃいいんだ。
深沙央さんは小袋をシャカシャカと振った。
「それは?」
「これは醤油の粉末よ。私たちの世界から持ってきた即席麺の醤油味についていたの。今晩は肉屋で買ったステーキ肉に、この粉末を加えて醤油風味のステーキを作るわ。この世界には醤油はないものね。きっとみんな、美味しいって舌鼓を打つはずよ」
王の目は輝きだした。
「爺や。先に国へ帰れ。周囲の者には僕が醤油とやらと異文化交流していると伝えろ!」
「しかし王様」
「僕の命令だ。聞けぬというのか!」
爺やは渋々と屋敷から出ていった。王は深沙央さんに視線を向け、長いポニーテールを犬の尻尾のように振っている。俺は深沙央さんってスゴイなぁって思った。
その日の午後。町の少し端のところ。町民、地元ヤクザのDBD、さらに深沙央さんの分身ちゃんたちが地面を掘っていた。
「深沙央さん、これは?」
「新しい井戸を掘っているのよ。まずは町のインフラを整えなくちゃと思って。どうも暗黒鮫の嫌がらせで、いくつかの井戸が壊されてしまったらしいの」
「井戸掘りの知識まであるのか?」
「もちろん。これでも9つの異世界を渡ってきたのよ」
「それは心強いな。みんな頑張ってくれ!」
「オオーっ!」
予想外のみんなの雄叫び。DBDも分身もヤル気だな。
そんな中で、俯いている分身を見つけた。深沙央さんの分身といえば軍人のごとく元気一杯の雰囲気なのに、あの子だけが寂しそうにしている。まるで深沙央さんとは真逆の雰囲気だ。
「あの子はマギって呼んでいるわ。分身を生み出すと、何回かに一回の確率で出現するの」
「マギ?」
「ええ。私と真逆の性格だから、真逆の頭二文字をとって、マギ」
マギは場の空気に馴染めないのか、作業に入れず一人不安そうにしていた。
なんだか、放っておけないと思ってしまった。




