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92.襲来 吸血魔の王

 吸血魔の王。この世界に争いをばら撒く吸血魔の国のトップ。争いの元凶は幹部クラスの者たちだ。マーヤの話だと王はあまり国の政治や戦争に関与していないという。


 それでも王が王であり続けるのは、絶大無比の力を持っているからだという。


 そんな力の持ち主が、この町に現れた。

 俺たちは町に被害が出ていないこと、町民に犠牲者が出ていないことを祈って、気配がする方へ駆けた。

 深沙央さんの額には汗が滲む。王と戦うことになったら、深沙央さんは勝てるのか?


 魔力がどんどん強まっていく。心臓の鼓動も強まっていく。歯がガチガチと音を立てる。これは、俺たちが束になって勝てるものなのか?

 これは負ける? それは死を意味するのか? 


 辿り着いた先は、昨日昼食を買った商店街。そこで強大な魔力を放出する一人の男がいた。男は人間の姿で、まだこちらに気付いていない。

 男は吐き気がするような強大な魔力を放ちながら……肉屋のおばちゃんと談笑していた。


「ところでお兄ちゃん、どこから来たんだい?」

「僕は吸血魔の国から来た。美味しそうな焼肉串だ。御婦人、売ってはくれないか」

「毎度。あれ? お兄ちゃんのお金は外貨だね。ゴメンよ。ウチでは王国のお金しか使えないんだよ」

「そ、そんな!」


 男は崩れ落ちた。目には涙を浮かべている。


「うわああああ! これが外国か! 僕はとてもお腹がすいているというのに!」

「残念だねぇ。お兄ちゃん」


 あれ? あれが吸血魔の王なのか?

 マーヤは王と思しき男に近づいていった。


「王……」

「キミ、知っているか。この国では僕の国の貨幣が意味をなさないことを。こんな悲しい事実を突きつけられて、僕は、僕は」


 王は顔を上げて、たった今起きた悲劇をマーヤに訴えた。

 え? 俺たちはどうすればいいの?

 答えを求めるように、深沙央さんへ視線を送る。


「とりあえず、お肉を買って帰りましょう」



 町長屋敷。応接室では焼肉串にかぶりつく敵国の王がいた。

 白い肌、長身、腰まで届きそうな長い金髪はポニーテールにまとめている。さらに眼鏡男子。もしここが王都の屋敷だったら、メイド女子たちが美青年だと騒ぎたてるだろうな。


 ところで。


「マーヤ、この人って本当に王様?」

「はい。吸血魔の王、オーファング・ヴァンプ・ガイアードです」


 彼から溢れ出る魔力は、まごうことなく王様だということを語りかけている。だけど言動が……。


「ふう。馳走になった。どこの誰かも分からない僕に奉仕してくれるなんて、良い者たちに巡り合えたものだ。礼を言うぞ」


 気がつけば異様な魔力が感じられなくなっていた。お腹がすいたから魔力があふれていたのか? 空腹時に胸やけを起こす胃酸のように。


「家にやってきた客人の少女から、外の世界は素晴らしいモノだと聞かされていた。興味が湧いて、ここまで走ってきたが、こんなにも素晴らしい食べ物があったなんて。外出した甲斐があったというものだ」


 なにやら感動している王に、マーヤが語りかけた。


「お久しぶりです。王」

「キミは。思い出したぞ。さっき肉屋で会った町娘か」

「違います。吸血魔三大伯爵の一人、マーヤ・パルシェイルです」

「パルシェイル……パルシェイル……」


 王は記憶の海から捜索を開始した様子だ。


「おおっ。何度か会ったことがあるな。伯爵家の娘か。ずいぶんと久しいな」


 するとグゥゥゥと腹の音が鳴った。王様だ。もう腹が減ったのか。


「キミたち。この僕に何か恵んでくれないだろうか。この国では母国の貨幣が使えず、満足に食事もできないのだ」


 ドンっ。

 深沙央さんがテーブルを叩いた。


「久しぶりにマーヤと再会して、その程度なの? マーヤはアナタの婚約者で、ニセ魔王にさらわれて、国では死亡したことになっているのよ!」


 そうだ。マーヤは国の習わしで王と無理やり結婚させられそうになっていた。さらに独立国を作ろうとするニセ魔王に交渉手段として誘拐され、俺たちが助けてからは母国では死んだものとして発表されていたのだ。


 ほかにも参謀マンティスがマーヤに王との結婚を強要して、記憶を封じたり、国に帰らなければ石化するという呪いまでかけていたんだ。

 王はキョトンとしていた。


「そうか。パルシェイルと、死んだと聞かされたパルシェイルと同一人物だったのか。これは気付かなかった。教示、感謝する」


 唖然とする深沙央さん。みるみると怒りのパラメータが上がっていくのがわかる。


「私もお聞きしたいことがあります」


 シーカだった。


「貴方は吸血魔の国の王なのですよね。侵略行為はあくまで国の上層部の意向であるとマーヤさんから聞きました。けれど王のお立場なら臣下の暴走と、戦争を継続する自分の国を止めることは出来たはずです。やはり貴方も戦争を是としているのですか」


 王はポカンとすると


「僕が王? ははは。一体どうして」

「貴方は周囲から王様として崇められているのではないのですか」

「王様……たしかに僕はオー様と呼ばれている。オーファング様、略してオー様かと思っていたが。まさか、僕は王なのか!」


 今度は俺がポカンとする番だ。


「なるほど。それで僕の家は大きくて、周囲の者がひれ伏し、良い生活を提供してくれるのだな。あの少女の言うとおり、外に出て正解だった。外界の者たちは実に良い情報を与えてくれる。僕は嬉しい」


 なんだ、この人は。呆れている俺たちにマーヤはボソっとつぶやいた。


「こういう人なんです。話が通じないのでいつも緊張します。王は私との結婚話が持ち上がったときも、興味なく」

「ケッコン。そんな話もあったな。ケッコンとはもしや、大人がやっている結婚と同意語なのか?」


 この人、どうにかしないと。何から教えればいいんだ。

 そのとき扉が開いてメグさんが顔をのぞかせた。


「康史さん、深沙央さん。お客様です。でも今は来客中ですよね。どうしましょうか」

「お嬢さん、お気になさらないでください」


 そう言って応接室に入ってきたのは身なりのいい初老の男性だった。なんだか執事っぽい。その人は王と視線を結ばせた。

 もしやレストランの支配人か? 王のヤツ、食い逃げでもしたのか!


「なんだ爺やか。よくこの場所がわかったな」

「王様のペンダントは所在を発信するマジックアイテムです。やっと追いつきましたぞ。まさかお一人で王国までやってくるとは。国境線はどのように踏み抜いたのですか?」

「そんなものあったのか。走っていて気付かなかったが」


 まさか、国境線を突破したのは王だったのか。


「私は警備が手薄なところから侵入しましたが。迎えに来る身にもなってください」


 執事の男は肩を落とした。

 俺はかねてよりの疑問をシーカにぶつけた。


「この国の国境はどうなってるんだ」

「王国兵が警備しているはずです。ですが前線は疲弊と混乱の中にいます。警備が万全でない箇所もあるかと」

「それにしても、以前から吸血魔が現れるし。ちゃんと封鎖しているのか?」

「吸血魔の軍隊を侵入させていないだけでも、誉めてあげて下さい」


 グウゥゥ。王の腹の音が鳴る。泣き出しそうな王。只ならぬ魔力があふれてくる。


「ああ。分かったよ。俺の部屋から食べ物を持ってくるから待ってろ!」




「王様。そろそろ国に帰りましょう」

「まて爺や。僕は今、缶詰というモノを食べるのに忙しいのだ」


 王はおでん缶をむさぼっている。テーブルの上にはいろんな缶詰。俺が異世界に来るときに持ってきた物だ。

 俺の屋敷には敵国の王と執事がいる。奇妙な光景だな。


「ところで」


 執事の爺やは俺たちに喋りはじめた。


「この缶詰というモノはもしや異世界の物ではありませんかな」

「そうですが?」

「すると貴方がたがマンティス様のおっしゃられていた勇者。なんでも多くの吸血魔を倒されてきたとか。ここで会えたのも何かの縁。一緒に我が国まで来ていただきます」

「康史様たちが吸血魔を倒したのは、その吸血魔が悪事を働こうとしていたからです!」


 マーヤが抗議する。


「マーヤ・パルシェイル様ですね。まさか生きておられたとは。貴女にも来ていただきます。これはお願いではありません。身柄の拘束です」


 爺やは馬人間の吸血魔に変貌した。


「遅れましたが自己紹介を。私は王の親衛隊代表、サラブレットと申します」

「ここでやるっていうのか」

「上等よ。セミテュラー! 聖なる鎧よ……」


深沙央さんは聖式魔鎧装を召還しようとするが


「お待ちください。この屋敷の正門、裏門、さらに街中にネズミ兵を配備しています。その数、五百体」


サラブレットが言葉で深沙央さんを制止した。


「もし王が捕らわれていたときの事を想定して用意させていただきました。私の一言で一斉に暴れ出すことも可能です」


 つまりこの屋敷を包囲して、町民全員を人質に取ったって事かよ。それに五百体って言ったらネクスティ要塞の兵員より多いじゃないか!


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