91.俺 王様になるようお願いされる
神山深沙央町、二日目。
町長屋敷で目を覚ました俺は昨晩のことを考えていた。
地元ヤクザと親交を持ったといえど、吸血魔の暗黒鮫組をどうにかしなければ、町の治安回復は始まらない。アニキの話だと、暗黒鮫には強力な組長が控えているという。
いつになれば治安が回復するかも分からない。それに王都の様子も気になる。そこで瞬間移動能力者であるツバーシャには日没後に王都に帰ってもらい、朝になったら神山深沙央町に来てもらう、いわば連絡員の役になってもらうことにした。
「じゃあ、また明日来るわね」
ツバーシャを見送って、町長初日も終わりとばかりに屋敷でくつろいでいたところ、お客さんが訪ねてきたのだ。
「夜分にすまない。私はグリズという者だ」
大柄な男は何人かの仲間を引き連れていた。思い出した。DBDの事務所の前で、吸血魔に襲われそうになった女性を連れて逃がしてくれた人だ。
「あのときはありがとう」
「町民のみなさんには、明日にでも御挨拶に伺おうと思っていたところなのよ」
深沙央さんはグリズに挨拶をした。グリズは返してきた。
「実は私は最近この町にやってきた者だ。共にいる何人かはこの町の住民なのだが。神山康史殿、私と貴殿は今日が初対面ではないのだ」
「え? どこかで会ったかな」
「この姿になれば、思い出してもらえるだろうか」
グリズは熊人間の吸血魔に変貌した。思い出した。ツバーシャの瞬間移動で辺境の戦地に跳んだとき、敵の魔術師アリマジョールの部下として戦った吸血魔だ。魔術師の精神支配から解放されて戦意喪失。二度と人間と戦わない約束で逃がしてあげたんだっけ。
「てっきり吸血魔の国に帰ったのかと思ったよ」
「国境線をアリマジョールの力なしに突破するのは難しい。仲間の半分を国に帰すので精いっぱいだった。残った私たちはこの町に流れ着いたんだ」
「大変だったんだな。新しい住居を用意しないと」
「お心遣いに感謝するが心配は無用。この町の吸血魔に世話になっている。連れてきた仲間も、この町に古くから住む吸血魔たちだ」
そうか。この町にも善良な吸血魔がいるんだな。
ここでグリズは真剣な表情になった。熊顔だけど、なんとなくわかった。
「神山康史殿。貴殿には新しい吸血魔の王になっていただきたい」
「え? ええ!」
深沙央さんはもちろん、吸血魔のマーヤも驚いて俺とグリズを凝視していた。
「私たちは現在の王に不満を持っている。ここの吸血魔たちも暗黒鮫が怖くて、何度も母国に帰ろうと考えたそうだが、なんせ戦争中だ。国境線を越えるのは至難。さらに今の母国は戦争を肯定している。そんなところには帰れない」
うしろの吸血魔たちも現状の不満を噴出させた。
「今の吸血魔の国はダメだ。王が変わらなければ安心して帰ることは出来ない」
「そこで神山町長を我らの力で王に押し上げて、母国を変えてほしいのだ」
「ぜひ王になって住みよい世界にしてくれ」
期待の眼差しを受けて、俺は困惑する。この人たちはマジだ。でも、どうして俺なんだ。
グリズが答えた。
「昼間、吸血魔に血を吸われ、吸血魔になりかかった男を人間に戻してたろう」
「見ていたのか」
「ああ。あのとき確信した。吸血魔ですら出来ない奇跡を成し遂げた。さらに貴殿がまとっていた鎧。あれは吸血魔の気配がしたのだ。人間でありながら吸血魔でもある。貴殿は王国と友好な関係を作れる王に相応しい人間だと思うのだ」
俺が顕現する鎧は、たしかに吸血魔の獣人態由来のモノだ。グリズは続ける。
「それに貴殿は優しい男だ。精神支配を受けていたとはいえ、王国軍と剣を交えた私たちを助けてくれた。そんな男こそ、王こそ、新時代には必要なのだ。神山殿、我らの願いを聞き入れてはくれないか」
俺はこのお願いを断った。世界を平和にするために吸血魔の国の幹部を倒す。吸血魔の国を変える。でも王様になるのは違う気がする。
グリズは帰り際に言った。
「私たちは諦めない。神山殿。私は貴殿を町長ではなく王とお呼びする」
町長初日に町民と揉めてしまった。そんなことを考えながら、みんなとともに朝食を取っていた。
「康史様、手が止まっていますよ」
エリットに注意されて、俺はスープをすすった。
「あ、懐かしい味だな」
「この世界にコンソメスープの素を持って来ていたの。それを使って作ったのよ」
深沙央さんが得意げに言う。自分の世界の味付けが堪能することができて嬉しいな。
「でも王様になることを断るなんて意外だったな」
しげしげと見つめてくる深沙央さん。
「そうかな?」
「普通の男子だったら喜んで王様って呼ばれることを受け入れるはずよ」
「う~ん。俺は人の上に立つって柄じゃないからな。俺の使命は平和を作って、深沙央さんと一緒に元いた世界に帰ることだから。それに」
そう、それに
「帰ったあとは、一人の女の子を幸せにするっていう、王様よりも大きな使命が待っているんだ」
「あ、朝から何を言っているのよ!」
深沙央さんが顔を真っ赤にしている。見れば、シーカやメグさん、マーヤまで顔が真っ赤だ。声に出してしまったか。
「愛されていますね。深沙央様」
エリットがニヤニヤしながら俺たちを見た。給支をしているマミイラも温かい眼差しを向けてくる。なんだか恥ずかしくなった俺は話を逸らした。
「アラクネのヤツ、結局昨日から帰ってきてないのかよ」
地元ヤクザのDBDの組長になったアラクネは、事務所でアニキ達と就任祝いの宴会をしている。アラクネには今後のDBDの方針として、みんなが困るようなことや違法なことはしないように徹底させてほしいと伝えておいた。
組織の解散までは強要しない。王国軍や冒険者ギルドすら手を出せないこの町には、自警団役が必要なんだ。DBDには町の守り手として機能してほしいと思っていた。
食後、暗黒鮫をどうするかの議論をしていた。
そこへメグさんが遅れてやってくる。何かあったかのような顔つきだ。
「どうかした?」
「ええ。中立街の冒険者から魔法水晶をもらったので、各地の冒険者と水晶通信をしていました」
水晶通信。遠くの仲間と水晶玉を通して会話が出来る魔法だ。
「国境防衛隊には私の師匠がいます。師匠が言うには、そこで奇妙な事件が起きたそうなんです」
「奇妙な事件?」
「国境線が正面から突破されたと。でもケガ人は出ておらず、突破した者は高速で駆け抜けていったそうです。しかも数日前にも別の国境線で同様の事件が起きたのだと」
「相手が吸血魔だったら王国兵と一悶着あるはずだよな」
「ですから不思議に思っていたんです」
ここは国境線ではなくて、王都側の土地だ。当面の問題は暗黒鮫だな。
議論を再開させて、しばらく経った頃だった。
俺は思わず窓の外、町のほうに視線を向けた。
なんだ? 体中の魔力が震える。恐怖じゃない。これは共鳴? 感知能力を使っていないにも関わらず、強大な魔力の持ち主が街に現れたことが手に取るように分かった。
「なんなの? この嫌な気配。こんなの9つの異世界の全ラスボスと比べても、感じたことのない強さよ」
深沙央さんが、この世界で何人もの強敵と戦ってきた俺の彼女が、いつになく緊張した表情で外を見つめた。
「あの人です」
マーヤが声を上げた。
「あの人って誰だよ」
「私には分かります。吸血魔三大伯爵の私には。何度もお会いしましたから」
息を整え、それでも収まらない緊張に身と声を震わせながら、マーヤは続けた。
「あの人が。吸血魔の王がこの国に、この町にやってきたんです!」




