86.こんなイヤラシイ感情を持っているの? え、無理。
俺はいま、空が飛べる鎧スカイダンサーをまとった深沙央さんにつかまって、王都の遥か上空にいる。
暗黒街改め、神山深沙央町は王都から西にある。距離にして馬で五日間。実際に移動するとなると旅行になってしまう。
そこで瞬間移動能力のあるツバーシャに連れて行ってもらおうとしたんだけど
「私、記憶にある場所にしか瞬間移動できないの。暗黒街には行ったことがないわ」
この世界に写真でもあれば、どうにかなったのかもしれないけれど。
そこで俺は良いことを考えた。
「康史君、町は見える?」
「見えないよ」
高いところからでも町は見えない。でも俺にはコレがある。
「波津壌気・感知バージョン・地形認識エディション!」
西の方角に向けて魔力を放つ。王都から町のあいだには目立った施設や村はないという。町から跳ね返ってきた魔力は波のようだ。それを精査して、頭の中で、遠くの街を立体的に感知してやる。
精神を研ぎ澄ますと、放った魔力が返ってくるのがわかった。家々、塀、門。いろんな形の波が俺の体にぶつかってくる。平坦な波は広場や道路だろうか。
「よし。頭の中に情報が入ってきたぞ。まるでこの目で見てきた気分だ。深沙央さん、ツバーシャの家に向かってくれ」
俺と深沙央さんはツバーシャのもとへ向かう。玄関前ではツバーシャが待ち構えていた。
「待っていたわよ康史。上手くいきそう?」
「それは、これからやってみないと」
俺は中立街で、ツバーシャから吸収した若返り物質をルエリアさんに放出して若返らせることに成功した。
今回は俺が得た町の情報をツバーシャに放出する。ツバーシャが情報を自分の記憶として刻むことが出来れば。そうすればツバーシャは町へ瞬間移動できるはずだ。
俺はツバーシャに手をかざした。
「康史君がんばって!」
「ありがとう深沙央さん。行くぞ。波津壌気!」
ツバーシャに魔力を放つ。するとツバーシャは
「ん、これは。ああ。町の光景が目に浮かぶわ。不思議ね。行ったこともないのに。これなら能力を使えるかもしれないわ」
やった。成功だ。これで一気に町へといけるぞ。
「さすが康史君だわ」
深沙央さんが誉めてくれた。
「ツバーシャ、明朝に出発したいから打ち合わせをしたいんだ。今から屋敷に来れるかな」
「ええ。構わないわ。ん? あれ」
急に口元を手で押さえて顔を赤くするツバーシャ。一体どうしたんだ。
「なによ。これ? これは感情? そうか。康史の感情ね。康史ったら深沙央のことを、こんなに」
え、なに? まさか、町の情報とともに俺の感情もツバーシャに送ってしまったのか?
「康史ったら、こんなに深沙央のことが好きだったんだ。見せつけてくれちゃって」
思い出した。深沙央さんが波津壌気を放つ直前に応援してきたからだ!
ツバーシャは赤面極まりながら俺から目を逸らして、さも面白くないようにつぶやく。
「別に私は康史のことなんか好きじゃないし、どんな子が好きでも構わないけどね!」
「そういうことでしたら、顔色を元に戻して打ち合わせと行きたいのですが」
「……うん」
俺たちは瞬間移動してもらうためにツバーシャと手をつなごうとした。その直前。
「んん!」
どうしたんだ。まだ何かあるというのか。
「え? なによ、この感情。康史ったら深沙央に、自分の彼女にこんなイヤラシイ感情を持っているの? え、無理。こんな卑猥な感情が私の中に。ダメ。こんな気持ち……康史のバカっ!」
そう言うとツバーシャは家の中に引きこもってしまった。
もしや、俺が深沙央さんに抱くアレやコレという想いの丈までツバーシャに放出してしまったのか。
だけど待ってくれ。その感情は年頃の男子として普通のことなんだ!
「康史君、ツバーシャがあそこまで取り乱す感情って、なに?」
それは、強いて言葉に表すのならば
「愛かな」
深沙央さんは無言でスカイダンサーに変身すると飛んで行ってしまった。
え? 一人は家から出てこない。一人は飛んで帰る。明日には町に行くんだよね。どうなるんだよ。
翌朝。神山深沙央町に行くメンバーが屋敷の庭に集まった。
俺と深沙央さん、アラクネとメグさん、シーカ。もしかすると良い吸血魔もいるかもしれないからマーヤも同行。
今回の任務は町長職ということで、アドバイザーとして執事のミイラ人間・マミイラにも来てもらうことになった。
マミイラは深沙央さんが小学三年生の頃に行った異世界で、敵国である帝政アゾマンギトフのトップを務めていた。吸血魔の召喚士がこの世界に呼び出したんだけど、反省しているということで屋敷の執事をしてもらっている。
依頼された内容は町長職といえど、実質は治安回復だ。それでも表向きは町長だ。不測の事態になったとき、何をしていいのか分からない。
そんなときマミイラの助言が大いに役にたつはずだと深沙央さんが言っていた。
「アタシだって魔法世界エルモアで魔王をしていたんだぞ。分からないことはアタシに聞けばいいだろうが」
不満を漏らすのはアラクネだ。
「じゃあアラクネ。町の治安を良くするには、どうすればいい?」
「悪いヤツらはブっ殺す。アタシたちが最強のワルになって、半端なワルどもの芽がでないように、睨みをきかしまくる!」
マミイラさーん。やっぱり一緒に来てー。
それと。
「よかった。来てくれたかツバーシャ」
「昨日の晩はドキドキして眠れなかったわよ。康史があんなにイヤラシイことを考えているなんて」
見送りのために出てきていた女の子たちが、変質者を見殺しにするような冷たい視線を送ってきた。ああ、また誤解されているじゃないか。
「お姉ちゃん、また行っちゃうんだね」
シーラがシーカのもとへ駆けてくる。
「ごめんね。今回行くところは治安が悪いところだから、連れて行くことは出来ないの」
「うん。みんなと一緒にお留守番してる。気をつけてね」
姉妹は手を取り合って、しばしの別れを悲しんでいた。
さて、今回は長い滞在になりそうだ。荷物も多い。
「みんな準備は良い?」
深沙央さんの掛け声で、荷物を囲んで輪になる。ツバーシャの瞬間移動は、みんなで手をつなぎ、輪になって、中央に荷物を置くのだ。こうすれば大勢で瞬間移動ができる。
見送ってくれる女の子たち。この前もこんな光景だったな。
そう考えて、違和感あり。
エリットやスワロッテの姿がない。俺は荷物の中に見慣れぬ大きなカバンがあることに気付いた。
「シーラ。スワロッテたちの姿が見えないけど」
「うう。か、買物に出かけている、よ」
目が泳いでいる。ほう。買物に出たという設定か。ならば
「波津壌気・感知! 捉えたぞ、カバンの中!」
「うわぁん。お兄さんたちばかり温泉旅行とかズルイっスよ!」
カバンからスワロッテを引っこ抜いて輪の外に投げだす。
「今回は温泉地じゃなくて暗黒街だ」
「盗品とか闇のマジックアイテムとか売ってそうっス。行きたいっス」
「オマエはみんなを守ってやってくれ」
「あうぅ。そんなこと言われたら断れないっス」
「よし。出発だ」
俺たちは暗黒街改め神山深沙央町へ瞬間移動した。




