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83.俺にやれることはなんだ

「シーカ!」

「この吸血魔を、やっつけて下さい……」


 崩れ落ちるシーカ。


そこへルエリアさんと手をつないだツバーシャが駆けこんできた。ツバーシャは俺の手を握ると瞬間移動。クラブロスの背後に跳んだ。

さらにルエリアさんがクラブロスの背中に触れる。


 再び瞬間移動。俺とツバーシャ、ルエリアさんは植物園に跳んだ。Y字の御神木がそびえ立っている。


「こ、これは!」


 混乱するクラブロス。今だ!


「緑よ! ワタクシたちに力を貸して下さいませ! ボタニカルプリズン!」


 驚くクラブロスに御神木の蔦が絡みつき、枝と枝のあいだに拘束した。まるで蜘蛛の巣に封じられた虫みたいだ。


「光よ。熱き陽光よ。あの闇を討ち崩す破壊槌となって我らに和をもたらしたまえ! シャイニングトライデント!」


 続いてツバーシャの魔法の大槍がクラブロスの顔面に直撃した。


「ぐあああ! だが、まだだ。復讐を果たすまで、オレは!」


 クラブロスの影から湧いて出てきたネズミ兵たちが俺たちに群がった。強敵ではないものの、これではクラブロスヘの攻撃がままならない。


「まもなく魔楯の効果が復活しますわ。誰か、早く!」

「康史!」


 今の俺には魔剣も魔槍もない。格闘だけでどこまでやれるんだ。でも、シーカが身体を張ってくれたんだ。あの子の頑張りを台無しにされてたまるか!


「お前を殴りとばしてやる!」


 俺は思いきりジャンプした。カブトムシの鎧の力で跳躍力も上がっている。

ところがネズミ兵の一体に足をつかまれてしまった。


「チクショウっ」

「オレの勝ちだな。冒険者ども!」


 勝ち誇るクラブロス。そこへ


「間にあえぇぇ!」


 空を飛ぶ鎧をまとった深沙央さんが教会から急接近。彼女の拳が、シーカが作ってくれたクラブロスの顔の傷に直撃、粉砕した。

 クラブロスの体は魔楯を残して塵芥となって消えていった。




 俺たちは瞬間移動で教会へ戻った。


「康史様!」


 マーヤが駆け寄ってくる。クラブロスに傷つけられた肩が痛々しい。


「待ってろマーヤ。俺の波津壌気で治してやるからな」

「私の事はいいです。それよりもシーカさんを、シーカさんを……お願い、お願いします!」


 泣きながら必死に訴えるマーヤから事態を悟ることが出来た。


 教会に避難している町民の不安げな視線の先。腹部を切り裂かれ、血の海の中で横たわるのはシーカだった。


 顔面蒼白。口は半開きで目は虚ろ。不自然な寝相のように投げ出された腕と足。指の一本すらピクリとも動いていない。俺たちが駆けつけても視線は宙に留まったままだ。


「シーカ! いま治す。波津壌気! 全開だ!」


 俺の魔力には治癒効果がある。全力を出せば重症のケガ人だって治せるんだ。

 だけどシーカの傷は塞がらない。血の海は無情にも広がり続け、シーカの肌から生気が失われていく。

 深沙央さんが言っていた。治癒魔法や俺の波津壌気では致命傷までは治せないって。すると、シーカは、このままでは。


「シーカ! クラブロスは倒したんだ! シーカ!」


 いけないと分かっていても、俺は衝動的にシーカの体を揺すってしまった。


「やめて康史君!」

「でも!」


制止する深沙央さんを俺は振り切ろうとした。そのとき


「あ……お二人とも……ケンカはいけません……」


 シーカが小さな声を漏らした。でも俺たちが見えていないのか、視線は天井に向けられている。


「私……兄の剣で悪に一太刀浴びせることが出来ました」

「ああ。シーカのおかげでクラブロスに勝てたんだ。これからも一緒に戦ってくれ」

「康史様……深沙央様とお幸せに……勝手に召喚して……最後まで、お世話できずに……申し訳……」


 深沙央さんがシーカの左手を握った。


「だったら最後まで責任もって世話をしてよ。私と康史君が幸せになるところを、最後まで見届けてよ! それにシーラのことはどうなるの!」

「シーラ……あの子、本当は強い子です……」


 マーヤは泣き崩れていた。キツネメは自分の出血を押さえながら見守っている。ジアール町長は、ただただ呆然としていた。

 俺は波津壌気を放ち続けた。効果と変化がない。それでも放ち続けた。

 そんな俺にシーカは突然、今にも閉じそうな目を合わせてきた。


「お兄ちゃん? ……私、騎士になれたよ……お兄……」


 そう言うと、シーカは右手で握りつづけていた兄の形見の剣を、手放した。

 その瞬間、シーカの顔は、越えてはならない一線を越えてしまったかのように、生者とは別の者の顔になり、動かなくなってしまった。


「ああ……」


 見守っていた女性の一人が嗚咽した。気持ちは分かる。でも、声に出さないでくれ。シーカが遠くに行ってしまった。それが決定してしまった気がして嫌なんだ。

 俺では救えないのか。また俺は大切な女の子を見殺しにするのか。こうやって何度も何度も繰り返すのかよ。


「ルエリア! お願い、ルエリア!」


 マーヤがルエリアさんに泣きついていた。


「ルエリア。シーカさんを助けてあげて。ルエリアなら、きっと」


 そうだ。ルエリアさんはかつて瀕死の者を魔法で助けたと言っていた。治癒魔法を超える治癒魔法の使い手なら。


「頼む。シーカを助けてやってくれ!」


 俺は頭を下げた。返事がない。顔を上げるとルエリアさんは悔しそうな表情をしていた。


「できませんの」

「どうしてだよ!」

「できませんのよ。体力の問題で大治癒魔法は使えませんの!」

「どういうことだよ! 十年前にケガ人を死の淵から蘇らせたって言っていたじゃないか」

「それは20代の頃だったから出来たのですのよ!」


 ルエリアさんはシーカから目を逸らした。


「ワタクシの年齢は38歳。年齢とともに魔力が上がる者もいますが、それは稀。10年前ならともかく、今のワタクシでは瀕死の者を救うだけの魔力なんて、ありませんのよ!」


 そんな……それでは、シーカは。

 ツバーシャは座り込んでしまった。ツバーシャのように若返り体質で苦しんでいる人間もいるのに、ルエリアさんは加齢によって力を失っている。なんて理不尽なんだ。


 あ……

 俺はツバーシャとルエリアさんを交互に、何度も見た。


「なんですの? ワタクシには何もできませんわ。シーカさんを救えないことはワタクシだって辛いのです。自分の無力さと年齢をここまで呪ったことはありませんことよ」

「そうじゃないんだ」


 俺は吸血魔にされた人間から、吸血魔の成分だけを抜き取ることが出来る。俺の魔力は治癒効果があって、放つことでケガ人を治すことが出来る。

 吸収と放出。つまり


 ツバーシャの身体の中にある若返り物質を、ルエリアさんの身体に移せば……


「ルエリアさん。20代の頃のルエリアさんならシーカの助けることはできるんだよな」

「ええ。20代後半までのワタクシでなら。でも先ほど申し上げましたでしょう。今のワタクシでは役者不足なのですわ」

「38歳のルエリアさんに、ルエリアさんはこだわりはあるのか?」

「何を言ってますの?」

「もし20代に若返ることができるのなら、若返っても後悔しないかって聞いてるんだ!」


 ルエリアさんは呆気にとられている。周囲の人間も、こんなときに何言ってるんだ、そんな空気で俺を包む。だけど気にしてなんていられるか。


「ルエリアさん。返事してくれ。早く!」

「出来るものならやってみろって返しますわよ! 20代上等ですわ。それでシーカさんを救えるものなら万々歳ですわよ!」

「わかった!」


 あとはやれるだけのことをするだけだ。


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