81.一発喰らってきて
「それ! 受け取ってみろや!」
ウォトホッグは鉄球を俺に向かって投げつけてきた。鎖が急に伸びる。
マズイと感じて魔剣で受け止めるも、重さで吹き飛ばされた。身体中にハンパない衝撃が走る。カブトムシの鎧がなければヤバかった。
「ほう。魔鉄球を喰らって無事でいられたのは銀の鎧の女を含めて二人目だな」
ウォトホッグは鉄球の鎖を縮めて、新しいおもちゃを手に入れた子供のように俺を見た。
「気をつけて。あの鉄球の鎖は伸縮自在よ。近づこうとすれば振り回す。距離を取れば投げてくる。隙がなくて厄介だわ」
なんてことだ。見回せば数人の分身ちゃんが倒れていた。
「深沙央さん、もしかして」
「ええ。もう何人か倒されたわ。聖式魔鎧装の私なら魔鉄球に攻撃されても、死なないけど。康史君も魔鉄球を受けても平気みたいね」
「平気ってワケじゃない。十分痛かったよ。あんなの何発も喰らったら死んじまう」
「即死しない人間が二人。う~ん……」
深沙央さんが唸っている。こういうときは作戦を考えているときだ。
「よし。康史君、一発喰らってきて」
「彼氏をなんだと思ってるんだ!」
そう言いつつも、これも作戦なんだろうな。わかったよ、当たって砕けろ!
ウォトホッグは魔鉄球を振り下ろしてきた。
「遺言は言いきったか! だったら死んじまいなっ!」
「死んでたまるか!」
頭上から迫る鉄球を、魔剣を盾にして受けきる。ズシンと、とんでもない重さが俺にのしかかってきた。でも今回は受けきったぞ。俺は魔鉄球をガッシリとつかんだ。
「今よ。作戦開始!」
ウォトホッグを挟んで反対側から分身ちゃんたちがやってきた。
「逆方向か。だからなんだってんだザコ! ザコ! ザコ供が!」
鉄球をつかんでいる俺ごと振り上げると、ウォトホッグは分身ちゃんたちにぶつけようとした。狙いは一番近くにいたエッチ乙ちゃんだ。
鉄球とともに投げつけられる俺。このままではぶつかる。
「康史君! そのまま鉄球を放さないで!」
言われた通りにするしかない! 激突する寸前、エッチ乙ちゃんのうしろにいた人物が、エッチ乙ちゃんを押しのけた。代わりに、うしろにいた人物にぶつかる。それは鎧をまとった深沙央さん?
「康史殿が鉄球を放さないでいてくれたから、速度が落ちて威力も弱まった。よくやってくれたな。礼を言う」
この喋り方は、分身ちゃんの一人、エース乙隊長か。
エース乙隊長は上半身だけ鎧をまとっていた。下半身は、いつもの服装だ。
混乱していると、ほかの分身ちゃんが集まり、鉄球と鎖にしがみついた。
「くそっ。放せテメぇら!」
ウォトホッグ、女の子と綱引き状態だ。羨ましいな。
「ええいっ。そういや、一人足りねぇぞ。どこ行きやがった!」
そういえば深沙央さんはどこ行ったんだ?
「ここよ!」
高速でウォトホッグの背後にまわってきた人物。それは下半身だけ鎧をまとった深沙央さんだった。
「うしろか! 姑息な手を!」
魔鉄球から手を放し、振り向きざまに攻撃を加えようとするウォトホッグ。
そのとき、足元の雑草が急成長してウォトホッグの足を絡め取った。
「なんだこりゃあ。動けねえ!」
「ワタクシのことを忘れないで頂けますかしら!」
ルエリアさんの植物魔法だ。ナイスタイミング。次は深沙央さんの番だ。
「こんなときのために身体の一部分だけを加速させる練習をしてきたわ。右足限定999倍速×全力まわし蹴り=旋風刀脚撃!」
鋭い右足がウォトホッグの頭部に炸裂。ウォトホッグは霧散していった。
山賊の長であるウォトホッグは倒された。でもクラブロスの姿は見えない。戦場ではネズミ兵や吸血魔化した動物も健在で、冒険者と分身ちゃんたちが応戦している。
波津壌気・感知バージョンで周囲を索敵してみたものの、やはり正門側には上級吸血魔の気配はなかった。
「これは、どういうこと?」
困惑する深沙央さん。ツバーシャやメグさんも集まってきては疑問を口にした。
「メグさん。裏門のアラクネから敵襲の連絡はあった?」
「水晶通信ですね。いいえ、ありません」
街の入口は正門と裏門だけだ。裏門にもクラブロスが現れていないとなると……。
「遠くから様子をうかがっているのでしょうか」
シーカがネズミ兵を斬りながら意見を求めてきた。
俺は胸騒ぎがした。戦場は乱戦状態だ。
早くネズミ兵の主たるクラブロスを倒さないと。
こんな乱戦状態はネクスティ要塞を思い出す。
「あ……」
あのときとは攻守が逆転していることに気付いた。すると、もしや。
俺は深沙央さんに聞いた。
「要塞攻略のときって、正面と裏手を同時に攻めたよな。でも俺たちの本当の狙いは深沙央さんを要塞に突入させて、敵将を倒すことだった」
「そうよ。敵将は正面からの攻撃が全軍だとは思わない。だから裏からも攻撃してこちらの作戦を見抜いたと勘違いさせるの。でもね、本当の攻撃は私が内部に侵入して敵将を討ち取ることだったのよ」
そこで深沙央さんは、俺が言わんとすることを理解したようにこちらを見据えた。
「まさか、クラブロスは既に街に侵入しているというの?」
「わからない。でも、ここに居ないというのなら」
「街の入口には冒険者がいるのよ。検問所も以前からあるのに」
昨日、俺とキツネメに連れられて検問なしに街に入った吸血魔がいる。まさか……
深沙央さんはエース乙隊長から聖式魔鎧装の上半身を受けとると、全身に鎧をまとった。
「メグさんと分身たちは、ここをお願い。私たちは街へ戻るわ」
「ならばワタクシも行きますわ」
「私も同行させてください」
「ツバーシャ、跳んでくれ!」
俺は深沙央さん、シーカとルエリアさんとともにツバーシャの能力で街まで跳んだ。
街で一番大きな教会。ここには町長と多くの町民が避難している。
扉を開けて目に飛び込んできたのは、うずくまるキツネメの姿だった。
「なんで……一体どうして……」
キツネメは血が流れる腹を押さえ、苦悶の表情で目の前の女性を見つめている。
その女性は昨日助けた吸血魔の女性、ミハサさんだった。その手には血まみれのナイフが握られている。
町長やマーヤ、町のみんなは騒然としていた。
「町民どもを殺す前に、邪魔な用心棒を殺るのは当然のことだ」
ミハサさんは不気味な笑みを浮かべた。もう昨日の雰囲気は消えている。
「あの女はクラブロスですわ!」
ルエリアさんが叫んだ。連続猟奇殺人の犯人。クラブロス。俺はてっきり男が犯人だと決めつけていた。
「ふん。ウォトホッグめ。もう倒されたのか。使えん奴め」
ミハサさん、いやクラブロスはカニ人間の獣人態に変貌した。二メートルは越えている。両手は人間を易々と斬ってしまいそうな巨大なハサミになっていた。
クラブロスはジアール町長に目を向けた。
「久しぶりだな。人間の討伐隊の長よ。キサマの大事なものを壊しに来てやったぞ」
クラブロスは近くにいた子供にハサミを向けた。




