80.炎のオネエと温泉水脈
ツバーシャの言うとおり、やってきたのはヘラジカ人間の吸血魔とネズミ兵の大群だった。
ほかの敵は感知できない。するとクラブロスとウォトホッグは正面のほうか。
「出でよ。花ネズミ組。みなさん行きますわよ!」
アラクネとルエリアさん率いる白いネズミ兵が敵のネズミ兵にぶつかっていく。
「真っ先に敵の指揮官をブっ潰してやる!」
大きく跳んだアラクネは魔鉄槌に電撃を滾らせて、ヘラジカの吸血魔を攻撃した。
「キャウアン! 痺れるぅ! でもアタシは負けない。電撃耐性くらい持っているわ!」
ん? 女だったのか。でも頭には大きな角。これってオスの特徴だよな。すると
「コイツ、オネエなのか!」
「オネエだからって舐めんじゃないわよ! アタシのことはムースちゃんって呼んでちょうだい」
「やいテメぇ! 自分のことをアタシって呼ぶんじゃねえ。アタシと被るだろうが!」
「アタシはアタシよ。アンタこそ慎みなさい。この暴力女!」
アラクネとムースは一人称の取り扱いで低次元な争いを始めた。
「裏門なら手薄だってウォトホッグちゃんが言うから来てみたのに、随分と不愉快な女がいたもんだわ。男の子なんて一人しかいないしぃ」
怪しい視線が俺を襲う。背筋が凍った。鳥肌が立った。
「アラクネ。頼む。早く倒してくれ!」
「言われなくたって」
「まぁ、アタシを甘く見ちゃって嫌な人たち。心が折れそうよ。あとでいっぱいウォトホッグちゃんに誉めてもらわないと。そうと決まれば、さっさとお仕事終わらせましょう」
ムースは集中するように構えこんだ。
「そーれ、炎上! 炎上! 炎上!」
その身は炎に包まれる。同時に周囲のネズミ兵も炎を纏い、花ネズミを圧倒しはじめた。魔法による強化だ。
それなら対処法はある。魔力は魔力で吹き飛ばすんだ。
「波津壌気・魔力抜きバージョン!」
魔力を発射。衝撃でムースの炎をかき消した。これで元の吸血魔だ。
「あら。脱がされちゃったわ」
「変なことを言うな!」
「でも逆境は気合いで乗り切るの。それがアタシの信念。炎上炎上炎上!」
「そうさせるか! 波津壌気・魔力抜きバージョン!」
「また脱がされた! 元気な子ねぇ~。でもアタシ、負けないから! 炎上炎上、気合い、炎上炎上、愛のチカラァァァ!」
俺の魔力で炎を吹き飛ばすたびに、ムースは何度も炎上した。
さらに両の拳を連続で高速で突き出し、火の玉を発射させてきた。
「厄介だな。アイツはアタシが叩きのめす。康史は魔力を温存しとけ!」
「ま! オネエ叩きをするつもりね! 許さないんだから!」
アラクネは火の玉を魔鉄槌で撃ち返しながらムースに迫っていった。
戦闘形態になったルエリアさんは、火ダルマのネズミ兵に苦戦している。植物だけに火には弱いのか。
何か俺にできることはないか。せめて火を消せれば……
アラクネ、ルエリアさん。二人の共通点といえば、既にハダカを目撃している、といった事くらいか。
「くそっ。そんなこと考えている暇はないのに」
だが、俺の若い思考回路はハダカを思い浮かべてしまう。裸といえば裸の付き合い。お風呂。温泉……そうだ。ここは温泉街だ。
俺が立っている地面の下にも水脈があるはずだ。探すにはこれしかない。ツバーシャとのデートで編み出した新技能。
「波津壌気・感知バージョン・地形認識エディション!」
地面に手を当てて、地下水脈を探る。放出した魔力が大量の水に当たれば、特有の跳ね返りがあるはずだ。
……見つけた!
俺は戦場でもっとも水脈が浅い位置に移動した。
「アラクネ! この場所を全力で叩いてくれ!」
「よくわかんねえが、ぶっ叩きゃ良いんだな! フルパワーだぁ!」
アラクネはジャンプすると魔鉄槌で俺が指示した場所を叩いた。地面に亀裂が走り、岩盤が隆起する。
すると噴水のように温泉が湧いた。屋敷よりも高く、熱湯の塔がそびえ立ち、辺りに焼けるような雨をもたらした。
「な、何よこれ。火が消えちゃうじゃないの!」
ムースやネズミ兵がまとう炎の鎧は鎮火していく。アラクネは叫ぶ。
「よくやったぞ! 康史とツバーシャは瞬間移動で距離を取れ。ルエリア、一瞬でいい。白いネズミをひっこめろ!」
俺とツバーシャは急いで瞬間移動。アラクネは魔鉄槌に電撃を纏わせ、水浸しとなった地面に叩きこんだ。水を伝って地面の上のネズミ兵が感電して倒れていく。
「やったぜ。一網打尽だ」
「んもぉ、何てことしてくれるの! それに濡れた身体じゃ炎上できないじゃない!」
ムースは大混乱だ。
「こうなったら最後の手段よ! ウォトホッグちゃんには悪いけど……」
なんだ。何をする気だ。
「…………」
「ん?」
「にげるっ」
ムースは背中を見せて逃げだした。
「こんな所で死ぬ気はございません。ネズミちゃんたち、アタシが逃げおおせるまでの時間を稼ぐのよ」
「オイ、待て、コラァ!」
新たに生まれたネズミ兵が俺たちに迫る。アラクネは息を切らしていた。
「さっきので全力を使いきっちまった。あとのネズミはアタシが引き受ける。康史とツバーシャはルエリアを連れて正門に跳びな」
「ワタクシの花ネズミ組を残しますわ」
俺はアイテムバッグから町長に借りた水晶玉を取り出した。
「アラクネ、裏門への攻撃がこれで終わったとは限らないんだ。敵の増援が来たら水晶通信で連絡してくれ。メグさんにつながるから」
「そうならないよう祈るぜ」
俺とツバーシャ、ルエリアさんは瞬間移動で正門へと跳んだ。
正門前からほどない距離。歩いて五分ほどは平地が続いている。そこでは冒険者とネズミ兵の大乱戦が始まっていた。
その中には吸血魔化した山賊風の人間もいた。悪い吸血魔なんかと手を組むから、そうなるんだ。
深沙央さんたちはどこだろう。ある一角でシーカが物凄い速さでネズミ兵を斬っていた。
俺はシーカのもとへ走った。シーカは急に速度を落とす。
「メグさんの加速魔法の効果がきれてしまいましたか。はっ!」
そこへ吸血魔化した大熊が腕を振りおらした。
「クエナ。力を貸してくれ!」
カブトムシの鎧を顕現。脚力が向上し、一気に大熊へ接近。魔剣で斬り伏せる。
「康史様!」
「ケガはないようだな。深沙央さんは?」
「奥のほうでウォトホッグと戦っています。行ってあげて下さい!」
「そうさせてもらう」
戦場の奥へ向かうと鎧の戦士・深沙央さんと分身ちゃんたちが、イノシシ人間を相手に奮闘していた。
「康史君!」
「お兄ちゃん! 来てくれたんですね」
深沙央さんとエッチ乙ちゃんが歓声を上げた。
「フン! 何人来たところで変わんねえよ!」
鉄球を振り回すイノシシ人間。コイツがウォトホッグだ。
深沙央さん、エッチ乙ちゃんを含めた分身6名。ウォトホッグは彼女たちを敵に回しても引けを取らなかった。これは強敵だ。
「それ! 受け取ってみろや!」
鉄球が俺に向かって投げられた。鎖が急に伸びる。マズイ!




