8.朝起きたら裸の女がいた
森で側近が置いていった女の子を保護し、深沙央さんが自称勇者をボコボコにした日の翌朝。
俺は物置部屋のベッドで目を覚ました。窓からさしこむ朝日が、俺と深沙央さんが奏でる愛の異世界生活を祝福している。眩しいくらいに。
俺はベッドの中にナイスボディな女性が眠っているのに気付いた。全裸だ。
「ぬっはぁぁぁ!?」
そりゃ俺だってヘンテコリンな悲鳴をあげるよ。女性はモゾモゾと動きだすと、目をこすりながら、気だるそうに目覚めた。
「うるさいなぁ」
女性は全裸であることを気にもせず、俺と向かい合った。いい具合に筋肉がついていて、胸には張りがある。
太ももや二の腕は引き締まっていて余分な肉は見当たらない。まるでアスリート女子のような全裸だ。
全裸さまは不思議そうに言った。
「どうしたんだ康史」
「どうしたもこうしたも、全裸で丸見え一般公開な美女がベッドに、何故!」
全裸さんは自分の手を見て、足に視線を移して、胸を揉んで、一言。
「おおっ、元の姿に戻ってる」
元の姿だと。乳揉み丸裸さんの髪は艶やかな紫のロングストレート。すると、もしや、この裸女は
「アラクネなのか!」
「今ごろ気付いたのか?」
「お前は猫だったろう!」
「昨日の夜な、寝床を求めてたら、この部屋から強大な魔力を感じたんだ。覗いてみたら康史が寝てた。康史の隣は心地よかったから一緒に寝てやろうと思ったんだ。そんで一晩経ったら元の姿に戻ってた。きっと康史の魔力がアタシに流れてきたんだろうな」
思い出した。昨日の晩、眠るか眠らないかの意識のとき、フワフワでモコモコした物体が近くにあったので、思わず抱きしめて眠ってしまったんだった。それがまさか、猫のアラクネだったとは。
「康史はアタシをギュッと抱きしめてくれた。大きな魔力がアタシの中に入って来て、気持ち良くなったアタシは眠っちまった。そして康史はアタシを女にしてくれた」
「変なことを言うな!」
そのとき扉がノックされた。
「康史君、起きてる? ちょっと見てほしいものがあるの」
深沙央さん、こっちは見てほしくないものがあるの。告白して二日目の朝に俺の部屋に痴女がいるのはマズイ。
メス猫を人間の姿にして、別の意味では元魔王を全裸にするという高等テクニックの持ち主だと誤解されてしまう。明らかに今後のカップルライフに傷がつく。
アラクネときたら、こちらの意を汲みもせず健康的な身体で、気持ちよさそうに伸びをしている。せめて、そのツンと張りだした元気な胸を隠せ!
扉が再びノックされる。
「康史君、寝てるの? 開けるよ。いいよね。うん、いいよ!」
よくないよ。勝手に自己認証しないでくれ。俺は慌ててアラクネを隠そうとした。
ついに扉が開け放たれる!
「康史君の寝顔! 康史君の熟睡! 彼氏が起きてくれないのなら悪戯してもいいよね! あれ? 起きてるの?」
何をする気だったんだ深沙央さん。俺はアラクネを隠そうとした。急いでいたのでアラクネの全容までは隠しきれなかったが、挑発的な胸だけは隠すことに成功した。俺の、この手で。
「ひゃんっ」
アラクネめ。朝から変な声を出すな。近所迷惑だろうに。
「ちょっと康史君」
深沙央さんは怒っていた。何故だ。今やアラクネは俺の手ブラによって全裸ではないし、俺は悪いことはしていない。
「セミテュラー! 聖なる鎧よ……」
「待って深沙央さん。ごめんなさい。悪いことしてないけど謝るから許して!」
俺は正座させられている。起床からわずか三分後のことである。
「事情は分かったわ」
深沙央さん、怒気を含んだ声色だ。
「アラクネが康史君を狙っていたことくらい薄々気づいていたし、康史君がアラクネに変な気を起こすとも思えない。だから許してあげる」
そう言ってくれるものの、深沙央さんは睨みを利かせてきた。
「それにしても、元の姿に戻るとはね」
睨みを全裸のアラクネに移して言った。
「アタシもビックリだ。まさか添い寝をしているだけで、元の姿に戻るなんてな」
「ねぇ、自分のやったこと分かってる? 人の彼氏のベッドに勝手に入り込んで彼氏の魔力を吸収したのよ。この泥棒猫!」
「怒った深沙央には敵わない。アタシは逃げる。康史、あとは任せた」
その大任、俺には荷が勝ちすぎる。アラクネは素っ裸のまま部屋を飛び出していった。
「裸だぞ。大丈夫か」
俺の心配を余所に、深沙央さんは呆れた様子だ。
「平気よ。一時的なものだと思うから、すぐに元の姿に戻るわ。それはそうと、康史君に見てほしいものがあるの。一緒に浴場まで来てくれる?」
部屋を出ると何人かの女の子とすれ違った。
「彼女さんが部屋に入ったあと、裸の女の人が出てきたわ」
「きっと修羅場だったのよ」
「深沙央様、かわいそう」
口々に誤解曲解な言葉を漏らす少女たちに、俺は振り向き言った。
「違うんだ。猫を一晩抱いていたら全裸の女になっていたんだ。女はとても満足そうにしていたし、そのとき彼女が部屋に来ただけで、誰も悲しませたりしていない! このことを多くの人間に伝えてほしい!」
俺の偽りのない真っすぐな言葉を耳にした少女たちは表情を一変させると、足早に散っていった。よかったよ、誤解が解けて。
浴場はこの建物の端にある。途中にある玄関でメグさんに遭遇した。
「康史さん、深沙央さん、おはようございます」
「おはようメグさん。どうしてここに?」
メグさんの放つ優しいお姉さんのオーラが俺を癒してくれる。
「昨日は弟が迷惑をかけてしまいました。あらためて謝罪をさせていただきにきたんです。本当にすいませんでした」
「メグさんが気にすることはないよ。弟さんは、どうしているの?」
弟とは、深沙央さんがやっつけた自称・勇者のナヴァゴのことだ。アイツのことは超どうでもいいが、一応聞いとく。
「ナヴァゴは医者のもとで治療を受けています。今ごろゲンゴウが看病をしていますよ」
ゲンゴウ? ナヴァゴの仲間の大男のことか。
「なんだか弟さんには悪いことしたな」
そう言うとメグさんは首を振った。
「いえ、丁度よい機会でした。ナヴァゴはそこそこ強くて運が良かったせいか、生意気に育ってしまったんです。いつかナヴァゴは強い人に出会い、痛い目に遭わなければ成長しないと思っておりました」
メグさんは深沙央さんを見つめた。
「強い人が深沙央さんのような本物の勇者で、しかも手心を加えてくれる優しいお方で本当に感謝しております」
「フンだ」
深沙央さんはまだ少し怒ってらっしゃる。メグさんは首を傾げた。
「不思議なのはナヴァゴなんです。回復魔法をかけても効果がなくて。仕方ないので回復は傷薬と彼自身の体力に頼っています。数日間は不便な生活を送ると思いますが、これも弟にとって良い経験になると信じております」
そのことなら心当りがある。昨日のことだ。深沙央さんは俺に一本の髪の毛を見せてきた。
「この髪はミラクル☆ミサオンのときの物よ。この髪一本でも魔法を跳ね返す効果があるの。これを飲み込めば誰だって魔法攻撃は無効化できるようになるわ。効果は体内で消化されて排泄されるまでの時間だけど」
「すごいな。髪の毛までミラクルだ」
「不便な点といえば回復魔法も防いでしまうことでしょうね。これと同じものを気絶しているナヴァゴの喉に突っ込んでおいたわ。せっかく痛めつけたのに、回復魔法で全快してしまったらムカつくもん」
やはり深沙央さんを怒らせてはいかん。深沙央さんは言う。
「ねぇメグさん。マジックアイテムに詳しかったりする?」
「ええ。それなりに心得ております」
「だったら意見を聞きたいの。一緒に来てくれるかな」