76.山賊からの逃亡者
街の子たちとかくれんぼをすることになった俺とシーカ、さらに吸血魔のルエリアさん。
俺とルエリアさんが鬼になって百秒数えることになったんだけど。
「いーち、にー、さーん……」
「なあルエリアさん」
「貴方も鬼なんですからちゃんと数えなさいな」
「話していれば百秒経つよ。どうしても深沙央さんと決闘するのか?」
「もう決まったことですわ。ワタクシは同志を手にかけた者を許す気はありませんの」
「ルエリアさんは、これまで戦ってきた吸血魔のような悪い感じはしないんだ。それに俺の彼女は強い。決闘はしないほうがいい」
「まぁ。過大評価ですこと」
ルエリアさんは再び数えだした。この人は武将候補の一人と言っていた。武将になったら戦うことになるかもしれない。
さっきの子供たちを思い出す。人間もいれば吸血魔もいた。ルエリアさんは差別なく接していた。人間が嫌いではないはずだ。
「ルエリアさんはどうして武将になりたいんだ? 武将になったらどうする気なんだ?」
「いきなりどうしたんですの?」
「王国にはさっきの子たちのような子がいる。吸血魔の国にだって子供がいる。これ以上戦争を続けたら子供にも犠牲が出る。いや、きっと既に出てるんだ。武将は吸血魔軍の責任者だろ。ルエリアさんは何をする気なんだ」
「貴方、康史といいましたわね」
返答次第では、ここで戦うことになるかもしれない。
ルエリアさんはフフンと鼻で笑った。
「武将になれば軍の指揮権がゆだねられますわ。ならば戦場から軍を撤退させるのも可能。武将の立場から王に和平を進言できる。さらに王の伴侶となれば国の未来に関与できる。ワタクシだって、国の侵略行為は快く思っておりません」
「そうか。よかった」
この人と戦うことにならなくて良かった。この人は良い人だ。
俺の安堵した気持ちが表情に出たのか、ルエリアさんは子供たちに向けていた微笑みを俺にも向けてくれた。
「ただ、不思議なのが王の花嫁候補のことなんですの」
ルエリアさんは理解できないという感じで首を傾げた。
「マーヤを花嫁候補から外したのであれば、すぐさまワタクシに声がかかるはず。それでも、まだ連絡がないのです。国は何を考えているんでしょう」
「王は結婚しない気なのかな」
「もしや別の候補がいるのかもしれません。どうせマンティスが裏で良くないことを企んでいるんでしょうけど」
参謀マンティス。吸血魔の影の支配者。アイツのことを思い出すと悪い予感しかしない。
「さて、そろそろ百秒経ちましたわね」
ルエリアさんがあたりを見回した。
「感知魔法を使えばすぐに見つけられますわ」
「それはズルイだろ」
「康史、忠告ですわ」
「え?」
「イノシシのウォトホッグは吸血魔の軍の元副将。素行が悪いため軍を追いだされたものの、その強さは変わりありません。山賊に身をやつした彼が最初に襲ったのは宝物庫。魔王13秘宝のひとつ、魔鉄球を盗み出しましたわ」
「すると、さらに強くなってる?」
「戦うのであれば気をつけることですわね」
かくれんぼで子供たちを見つけ出すのに一時間以上かかった。
「なんだか疲れたぞ。戦うよりも」
「これで全員ですわよね。点呼とってくださいまし」
「あれ?」
シーカが何かに気付いた。
「最初に私たちを誘ってくれた男の子がいません」
「マジか。みんな、どこにいるか知らないか?」
「わかんないー」「見てないよー」「まだ隠れているのかも」
そりゃ、かくれんぼだもんなぁ。もうすぐ日が暮れる。早く見つけ出さないとマズイな。
だけど心配ない。こういう時こそ波津壌気の感知バージョンだ。
「それっ」
少し離れたところから跳ね返ってくる小さな波。見つけた……ん? この波はなんだ?
「康史様?」
「ああ、見つけたよ。みんなで迎えに行こう」
しばらく歩くと、蔦に絡まったY字の大樹があった。
「御神木だぁ」
「御神木っていうのか?」
「うん。そういう名前にしたの」
神様は関係ないのかよ。
ルエリアさんは御神木に触れた。
「たしかに清らかで大きな力を感じますわ。まるでこの街を守っているよう」
「見つけましたよ!」
シーカが男の子を抱えながら木の裏から出てきた。男の子は眠っていた。
「きっと待ちくたびれて眠ってしまったんですね」
「人騒がせなヤツだな」
「もう日が暮れますわ。みなさんお家に帰りましょう」
「お兄ちゃんお姉ちゃんたち、遊んでくれてありがとう」「またね」「バイバーイ」
これにて、かくれんぼは解散となった。眠っている男の子の家は、ほかの子が案内してくれるというのでシーカに送り届けてもらうことにした。
「康史様はどちらに行かれます?」
「ちょっと用ができたんだ」
「何か隠してますわね。ワタクシも行ったほうがいいかしら」
「大丈夫だ。ルエリアさんも戻っていて」
さっき波津壌気を放ったときのこと。植物園の隣には街を囲む高い塀がある。その外側から吸血魔と多くのネズミ兵の気配を感知できた。
吸血魔のほうから感じたのは、とても弱い気配だった。ネズミ兵の主とは思えない。
「もしかしたら良い吸血魔がネズミ兵に襲われているのかもしれない」
検問所を兼ねている街の入口を出て、塀つたいに東側にまわった。植物園から見て、塀を挟んで反対側はすすき野原になっていた。
「康史様ではないですか」
そこへやってきたのはカナルと、ゲっ。キツネメだ。キツネメはなんとも居心地が悪そうな顔をしている。
「二人は何してるんだ」
「街の外周巡回だよ。異常はないか周っているんだ」
「へえ。なぁ、この辺で」
そう聞こうとした矢先だ。
「きゃああっ。助けて!」
女の人がネズミ兵に追われていた。やっぱり予想通りだ。
「カナル、キツネメ。助けに行くぞ!」
「は、はい」
「言われなくたって」
俺は鎧を顕現。アイテムバッグから魔剣を引き抜いてネズミ兵を斬り倒した。
カナルは俺がトドメをさし損ねたネズミ兵を始末していく。
キツネメは長槍を振り回し、複数体を相手にしていた。口がデカイだけのことはあるみたいだ。
「きゃあっ」
迂闊だった。女の人がネズミ兵の一体に襲われようとしていた。それを、身を呈して守ったのはキツネメだった。ネズミ兵の鋭い爪でキツネメは傷を負ってしまう。
「大丈夫か?」
「俺よりも敵だろう!」
俺はネズミ兵を一刀両断。間もなくしてネズミ兵は全滅した。
波津壌気で周辺を感知したけれど、ネズミ兵を使役している吸血魔の気配はなかった。感知できたのは、か弱い吸血魔の気配だけ。
俺たちは逃げてきた吸血魔の女性に事情を聞くことにした。
「その前に、波津壌気」
キツネメの傷を治してやる。
「オマエ……」
「街を守る仲間だしな」
「お姉さん。一体なにがあったんですか」
カナルが女の人に聞いた。長い髪が顔の半分以上を覆っている。前髪を切ってない状態だ。しかも顔の半分は包帯で巻かれていた。
「私はミハサといいます。長いあいだ山賊に囚われていました。隙を見て逃げてきたものの、ネズミの化け物に追われてしまって」
ミハサさんは震えていた。怖い目に遭ってきたんだろう。外見も相まって儚げな印象を受けてしまう。
「た……大変だったんだな。ミハサさん。しかし、もう安心だ。この街には冒険者がいる。俺たちがアナタを守る!」
キツネメ、なんだか頼りがいがあるな。顔は真っ赤だ。もしかしてミハサさんみたいな女性が好みなのか。
ミハサさんの左腕には凝ったデザインのブレスレットが光っていた。よく山賊に盗られなかったと思う。
ミハサさんはキツネメに抱きついた。
「私……聞いてしまったんです。山賊が街に総攻撃を仕掛けるって。明朝と言っていました」
その言葉は俺たちを動揺させるには十分すぎるものだった。




