75.この街を守ることは恩返しでもあるんです
「妙な技を使う冒険者だと」
山賊のアジト。魔術師シケーダからの魔法水晶を介した報告を聞いたウォトホッグは眉をしかめた。
中立街は貴重な収入源だ。生かさず殺さず。出入りする商人や旅人を襲えば必ず物資や食糧が手に入る。
街は冒険者を雇っているようだが、ネズミ兵を差し向ければ、こちらの損失はない。
人間の山賊は良い狩り場を紹介してくれたものだとウォトホッグは気楽に構えていた。
しかしそれも今日まで。街が腕利きの冒険者を雇ったのなら話は別だ。それもネズミ兵を瞬殺するような強者を。
おそらく、このアジトにも攻め込んでくるだろう。そうなると総力戦を覚悟しなければならない。
「おいクラブロス。オマエさんの吸血獣も倒されちまったとよ」
ウォトホッグはクラブロスに目を向けた。顔面に大きな傷があるカニ人間の吸血魔。今は山賊の人間の血をすすったあとらしく、口元は赤く染まっていた。
足元には解体中の死体。大きなハサミは器用に胸骨をつまんでいる。
「オレはジアールに復讐がしたい。しかし街が雇ったという新しい冒険者は厄介だ」
「どうするよ」
「近いうちに乗り込もうとしていたが。やり方を変える。冒険者どもの始末は頼んだぞ」
「おい、オマエは応戦しないってのか」
クラブロスは出て行ってしまった。
「どうするの? ウォトホッグちゃん?」
魔法水晶を前にした配下が不安を口にする。
血液採取用に生かしておいた人間はクラブロスが平らげてしまった。あらたに人間を捕獲しなければならない。それに冒険者との総力戦もある。
「まぁいいか。街のヤツらに痛い目遭わせるいい機会だ。久しぶりに暴れてやんよ!」
ウォトホッグは笑みを浮かべた。冒険者が来たら捕えて血を飲み干してやるだけのことだ。
配下を押しのけたウォトホッグは水晶を覗きこんだ。
「シケーダ。オマエは街を見張っていろ。オレたちにケンカ売るってんなら、こっちから出向いてやる!」
――☆☆☆――
中立街は中世風の街並みだというのに、ところどころから温泉の湯気が噴き出し、足湯があったりして面白いところだった。旅館の前の通りには名所を案内している看板がある。
「こういう場所、深沙央さんと歩きたかったな」
深沙央さんは決闘に備えて集中したいとかで、旅館の一室に籠ってしまった。
どうして決闘なんてするんだよ。そう思いながら一人でブラブラと散歩をしていた。
しばらくするとシーカがベンチに座っているのが見えた。なんだか思いつめた顔をしている。
「シーカ。そんなところで何してるんだ」
「…………」
「シーカ?」
「え? はい! こ、康史様?」
「どうしたんだよ。さっきから様子がおかしいぞ」
「す、すいません」
黙りこんでしまった。どうしようか。
通りは王都ほどではないにしろ人が多い。でも食べ物を売る屋台が少ない気がする。
そういや、この街は完全な自給自足ではなく、食料事情の何割かは外からやってくる行商に頼っている。そんなことを町長が言っていたな。
行商を山賊が襲っているんじゃ、それこそ街の死活問題だ。
それに吸血魔の山賊なら血液ほしさに人間をさらっていく。こりゃ頑張って山賊を倒さないといけない。
「クラブロスのことを考えていました」
ふいにシーカが口を開けた。
「さっき言っていた連続殺人犯か」
「はい。私の兄は討伐隊の兵士だったんです。そしてクラブロスを捕えようとして、殺されてしまいました」
お兄さんを亡くしていることは知っていた。普段腰から下げている剣はお兄さんの形見だ。でも殺されていたとは思ってもみなかった。
「まさかクラブロスと戦うことになるなんて」
「シーカ、辛いのなら今回は休んでもいいんだぞ」
「いいえ。戦います。これは兄の仇討ちというわけではありません。兄は立派に務めを果たし、葬儀では騎士の称号を貰い受けました。兄も本望だったと思います」
シーラは頷いた。まるで自分に言い聞かせるように。桜色の唇が、次の言葉を発するために空気を吸い込んだ。
「ですから私、この街に住まう人々を守るために、冷静に戦います。それが騎士の務め。それに……」
「それに?」
「この街を守ることは恩返しでもあるんです」
「そういえば町長と知り合いだったんだな」
「兄を亡くし身寄りを無くした私とシーラは、兄の上司であったジアールさんの働きかけで貴族の養子になれました。平民上がりの私が騎士になれたのも、ジアールさんのおかげです。そのことを知ったのはあとのことで、今日初めてお礼が言えました」
シーカはそっと、剣を撫でた。その手が、次に俺の手をつかんだ。
「康史様!」
「は、はい」
「死なないでくださいね」
「ああ……」
死ねるものか。深沙央さんと一緒に元の世界に戻るんだ。
「ねえねえ、兄ちゃんと姉ちゃんは恋人か?」
いつのまにか男の子が目の前に立っていた。そこへ女の子が駆け寄ってくる。
「ダメよ。お客さんにそんなこと言ったら」
「ひょっとして冒険者かぁ?」
「俺たちはお客さんではないし、冒険者でもないんだ。それに恋人同士でもないぞ」
「じゃあ、どうして手を握ってんだぁ?」
そういえば。
「ひゃうんん!?」
奇声を発したシーカはすぐに手を放し、顔を真っ赤にさせた。
「兄ちゃんと姉ちゃん。何者でもないんなら、遊び相手になってよ」
「向こうでみんなと遊ぶの。一緒に遊ぼう」
男の子と女の子は目を輝かせて見上げてきた。
「ごめんなさい。私たちは……」
「いいじゃないかシーカ。こういうときは遊んで気分転換しよう」
俺はシーカの手を引っ張って子供たちのあとに続いた。
子供たちに案内された場所は街の隅にある植物園だった。脇には街の中と外を隔てている高い塀がそびえ立っている。
「温泉地なのに植物園なんて珍しいな」
「土を入れ替えたり、魔法薬でお花を元気にさせてるんだよ」
「向こうには温室があるの」
俺が言うと子供たちが説明してくれた。進んでいくと別の子供たちがいた。
「連れてきたよ」「たくさんいたほうが楽しいし」「こっちも連れてきたんだ」
別の子供が連れてきた相手はルエリアさんだった。
「どうしてここに!」
「誘われたから来たんですわ。この街のこと、もっと知っておきたいですし」
「意外だな」
「保護対象ですもの」
子供たちは何して遊ぶか検討中だ。見回せばたくさんの花が咲いている。
ルエリアさんは花壇の一角に近づいていった。そこは何も植わっていなかった。
「そこのお嬢さん。ここはどういう趣向なのかしら?」
「このまえ種を蒔いたんだけど全然芽を出さないの。お花、見たかったな」
「そういうことでしたのね」
子供たちが教えてくれると、ルエリアさんは地面に手を当てた。すると地面から芽が出てきたのだ。歓声を上げる子供たち。
「魔法なのか?」
「ええ。ワタクシは治癒魔法のほかに植物を操る魔法が使えますの。なんだったら季節外れの花も咲かせてみせましてよ」
「それはちょっと。風情がないな」
「ねえお姉ちゃん」
女の子の一人がルエリアさんにしがみついた。
「あっちに元気のないお花があるの。助けてあげられる?」
「フフ。見せてごらんなさい」
一緒についていけば、たしかに元気がない花があった。萎れかけている。花には詳しくないけれど病気だろうか。
「お姉ちゃん。治せる?」
「よし。今度は俺が」
波津壌気! 枯れかけていた花は元気を取り戻した。それどころか足元には雑草が生えはじめ、木々は実を生らせてしまった。
「やりすぎたか」
「貴方、やりますわね」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんありがとう」
子供たちが集まって来てお礼を言ってくれた。
「こ、困っている庶民を助けるのは貴族として当然の行いですわ! 礼なんて不要です」
「このお姉ちゃんなりの『どういたしまして』だ。気にしないでくれ」
首を傾げる子供たちに俺は忠告した。気がつけば子供の数が増えている。俺とルエリアさんが植物を元気にさせたので、近所の子供も集まってきたみたいだ。
「ここは街の子供たちの遊び場のようですね」
シーカは笑顔で子供たちに接している。こちらも元気になってなによりだ。
「じゃあお礼に、かくれんぼしよう」
だれか一人が言いだすと、かくれんぼコールが始まり、かくれんぼをすることになった。かくれんぼをすることが返礼になるのかどうかは謎だけど。
さらに年長者が鬼になるルールが勝手に決まり、人数が多いので鬼が二人いることになり……子供たちは逃げていき、俺とルエリアさんが百秒数えて探しだすことになった。
シーカは隠れる側か。いいなぁ。




