74.彼女 決闘を挑まれる
「私のすごさを見抜くなんて、初心者にしてはやりますわね。その通り、ワタクシはすごい。いずれ吸血王の妃となる女なのですから!」
「え?」
「うん?」
「あの、王妃ってマーヤがなるはずでは」
「あら。ただの人間かと思いきや、我が国の事情に少しは詳しいようですわね。マーヤ・パルシェイルは残念ながら亡くなってしまいましたわ。その代わりとしてワタクシが指名されるはずですの。我が家は伯爵家にならぶ大貴族なもので」
「マーヤが死んだって? 誰がそんなことを」
「国の発表ですわ。死因は伏せられていましたけれど。ワタクシ、訃報を知った日は熱を出して倒れましたわ。マーヤのことは子供のころから知っておりましたから」
「待ってくれ。マーヤは生きているぞ。王国で俺たちと暮らしているんだ」
「うん?」
お姉さんの表情は固まり思考停止。呼吸も止まったのかと思うくらいに微動だにしない。よく観察すれば、大きな胸が心臓の鼓動に合わせるように揺れていた。よかった。脈はあるみたいだ。
「はあああああ?」
突然立ち上がるお姉さん。ここは混浴。お姉さんの裸の肌から流れ落ちたお湯が、俺の顔面に勢いよく降りかかる。
「あの子が行方不明のあいだ、どれだけワタクシが心配したことか。訃報を聞いてどれだけワタクシが涙したことか。こぼした涙の量は大河よりも多かったというのに。どうして連絡のひとつも寄こさず!」
お姉さんは身体を激しく揺らし、動かし、地団太を踏みながら温泉の中を右往左往。俺は初対面のお姉さんの裸体をいろんな角度から眺める事ができる幸運に恵まれた。
そうか。おっぱいって激しく動くとあんなふうに動くんだなぁ。
「そうか。なるほどっ……ってお姉さん、座って。湯に入って」
「む。そうですわね。温泉なのですから肩までつからないと。せっかくの若返りの湯ですものね」
そういうワケではない。一糸まとわぬ姿であることを自覚してくれ。あと、どうして俺の隣に座るんだ。
「それはそうと、どうしてアナタがマーヤと暮らしていますの!」
「俺と深沙央さんがマーヤを助け出したんだ。いま一緒に山賊退治に来ているから、会っていったらどうかな?」
「マーヤが山賊退治ですって? ワタクシが功績を立てようとしているのに、あの子ったら横取りする気ですの?」
お姉さんは再び立ち上がった。お姉さんの胸元から滴り落ちる数多の水滴が俺の顔面に降りかかる。
「山賊を退治するのは、このルエリア・ロゼア・スクアローザ・グラエキザンス・トロピックスター・フラワーゼですわ。あの子にばかり美味しい思いはさせません事よ!」
長い名前だな。俺は絶対に覚えないぞ。
旅館のロビー。マーヤとルエリアさんは感動の再会。とはいかず。
マーヤはこれまでの経緯をルエリアさんに説明した。
「マンティスったらワタクシや国民に嘘の情報を流しましたわね!」
ルエリアさんは歯ぎしりしながら床をガンガン踏みつけた。ああ、美人なお姉さんなのに残念な人っぽい。
「あの、マーヤ。こちらの人は?」
質問する深沙央さんはもちろん、アラクネたちも疑問でいっぱいの顔をしている。
「この方はルエリア・(中略)・フラワーゼさんです。吸血魔の国の大貴族で治癒魔法は一番の使い手。致命傷を負った人も完治させたこともあるんです。私も幼いころからお世話になっているんですよ」
「致命傷も完治ってスゴイな」
オレがそう言うと、ルエリアさんは満面の笑みを浮かべた。
「そのとおりですわ。ワタクシはすごくってよ。十年前は死の淵にいるケガ人を魔法で治したこともありますの」
「本当にすごいな。十年前っていったら俺よりも年下の頃だろ」
「あ、うん。ゴホンっ」
あれ? なんだか様子がおかしいな。
「ところでルエリアさんも山賊退治に来たんだよな。大貴族の人が、どうして?」
「ワタクシ、魔力の強さと家柄をかわれて武将候補の一人になりましたの。武将になるには功績をあげなければならない。そこで考えたのが二人の犯罪者の討伐ですわ」
「武将候補ってライオラの代わりだろ。犯罪者というのは山賊のウォトホッグのことか?」
「その者も標的です。最初はクラブロスという連続殺人犯を追うつもりでいましたの」
「クラブロス!」
シーカが声を上げた。思いつめたような顔をしている。
「知っているのか? シーカ」
「かつて殺人目的で人間と吸血魔を襲っていた者です。被害者の数は百名以上。王国軍も討伐に躍起になっていました。一度は捕えたものの逃走。その後は吸血魔からなる討伐隊に捕まったとのことです。吸血魔の国で死刑になったものかと思っていました」
メグさんが顔をしかめる。
「当時の事件は良く憶えています。殺した者から胸骨を剥ぎ取って収集するという猟奇犯罪でした。たしかカニの獣人態をとる吸血魔が犯人だったんです」
「ワタクシも死刑が妥当だと今でも思いますわ。ところが死刑を免れたのです」
「それはなんで?」
俺の質問にルエリアさんは溜息をついた。
「特異体質だったんですの。いつの頃からか、上級の吸血魔は噛んだ人間を眷族にすることができるようになりました。けれどクラブロスは動物すら眷族にすることができた。戦時中ですもの。いざとなれば戦力に宛がおうと考えた軍人たちが監禁していたんですの」
「監禁していたのに、逃亡した?」
「ええ。しかも魔王13秘宝のひとつ魔楯を持って、ですわ」
シーカを見れば顔が青ざめていた。どうしたんだろう。ルエリアは続ける。
「魔楯はあらゆる魔法を跳ね返しますの。感知系魔法も同様ですわ。ですからワタクシは聞きこみや殺人事件の跡をたどって中立街にやってきた。どうやらクラブロスはこの辺りの山賊の仲間になったとか。その山賊の長がウォトホッグ」
そういうことか。大変なヤツが山賊の仲間になったってことだな。
「ところでマーヤ」
ルエリアは鋭い視線をマーヤに投げかけた。
「ワタクシがせっかく武将になろうとしているのに、どうして貴女は邪魔をするんですの? そもそも貴女さえ居なければ今ごろワタクシが王妃になっていたというのに」
「ルエリア……」
「やめろよ。マーヤは結婚のことですごく悩んでいたんだ。せっかく再会できたのに、どうしてそんな言い方を。山賊退治だって一緒にやればいいじゃないか」
抗議する俺の上着をマーヤはつかんだ。
「いいんです康史さん。ルエリアは幼い頃から私の話相手になってくれました。姉妹のいない私には大切な姉のような存在なんです」
「でも」
「ルエリアは姉のように接してくれました。幼いころからキレイなお姉さんで」
「ん? マーヤが子供のころから?」
「はい。幼少期からずっと変わらずお姉さんの姿で」
「姿……」
マーヤが子供のころからお姉さん。それは関係性ではなくて外見のこと。
「お姉さんだったのか」
「はい。子供のころから……あら?」
マーヤも異常に気付いたらしく、首を傾げた。俺はアリマジョールが自身に施していた魔法を思い出した。
「たしかアンチエイジング……」
「違いますわ! ワタクシは努力で美貌を保っていますの! 魔法で装った偽りの若さと同じにしないで下さいまし!」
「そのうちマーヤのほうが大人っぽくなるんじゃ……」
「うるさいですわねっ。そもそもマーヤ! この者たちは一体何者ですの?」
そういえばマーヤは助けられた経緯と現状を説明したけれど、俺たちのことは言ってなかったな。
「私たちは異世界から来た勇者よ!」
深沙央さんが颯爽と自己紹介。するとルエリアさんは顔色を変えた。
「まさか武将ライオラを倒したっていうのは……剛拳のライラスや魔術師オクトパが消息を絶ったのは」
「ええ。私よ」
ルエリアさんから魔力があふれた。敵意のある魔力。ここで戦う気なのか。
「やめてルエリア。ライオラもライラスも人間に危害を加えようとしたから倒されたのよ。もし誰かが倒さなければ、人間の被害者は増えていた」
マーヤがルエリアの説得を試みる。だけれど
「それはわかっております。ライラスもオクトパも人間を見下し、簡単に殺すような者でしたわ。ライオラに至っては戦争好きの狂人でした。でも、それでも同族を殺されて黙っては……いられませんの!」
「どうしてもやるっていうのね」
深沙央さんも乗らないで。そのモチベーションはどこから来るの!
「ルエリアァ」
マーヤの泣き出しそうな声の前に、ルエリアは魔力を収めた。
「ここでは旅館に迷惑がかかりますわ。突然挑まれても勇者とてお困りでしょう。そこで提案です。街の東側に山がありますわ。深夜、そこで続きを致しましょう」
「決闘ってわけね」
「やるからには全力で。ワタクシは上級ですので使い魔も行使しますが、よろしくて?」
「望むところよ!」
「決まりですわね。それでは御機嫌よう」
御機嫌良くないよっ。
ルエリアは去って行ってしまった。ああ、彼女が面倒な相手と戦うことになってしまった。




