72.中立街の冒険者
一瞬で景色が変わる。王都にある屋敷の庭から、開けた土地に瞬間移動した。
向こうにレンガの壁が見える。あれが中立街かどうかはカナルに判断してもらおう。
「え? あれ? ここは街の外? どうして」
どうやら成功したみたいだな。
「これが瞬間移動ですか」
シーカも驚いている。メグさんやマーヤも同様だ。
「お疲れ様、ツバーシャ。少し若返ったか?」
「康史と手をつないでいたとはいえ、久しぶりの大人数だったから緊張したわ。一歳くらい若返ったかもね」
ツバーシャは手鏡を見ながら言った。
中立街の入口は検問所になっていた。そこに冒険者風の男たちが立っている。
「よかった。まだ街は無事のようね」
「あそこに立っているのは副長のキツネメさんだ。おーい!」
カナルは仲間のもとへ走っていった。
「オマエはカナル! 戻ってきたのか」
「強い人たちを連れてきたよ。なんと、異世界から来た勇者様一行だよ」
「何言ってるんだ。オマエは」
冒険者たちは俺たちを訝しんだ。王都から離れたこの土地では、冒険者までは俺たちの噂を知らないようだ。
「軍人や冒険者を連れてくるとか言っていたのに、芸人一座を連れてきたのか?」
長槍を持った目の細い男が前に出てきた。副長のキツネメとかいうヤツだ。
「カナル。一人旅で挫けて途中で戻ってきたことは予想内だ。おかげで仲間との賭けは俺の勝ちになった。感謝するぞ。だけどな、勇者をつれてきたなんて嘘をつくのはいけない。どう見てもコイツらは最下級だ。ネズミ兵一匹倒せないだろうよ」
キツネメはカナルを小突いた。
「やめて下さい。カナルは一人で王都にたどり着きました。身を粉にしてまで。そして街のために私たちを連れて戻ってきたんです」
メグさんが抗議する。キツネメは呆れたふうに笑った。
「あのなぁ、王都からここまで往復で二ヶ月かかるんだ。それを一ヶ月で帰ってきた。途中で引き返してきたんだよ。そんなことも分からずにカナルに付き合ってんのか? 帰れ」
「一ヶ月で戻ってこれたのは瞬間移動してきたからです」
メグさんの言葉に冒険者たちは一瞬静まると大笑いをした。
「瞬間移動だってよ」
「ガハハハっ!」
「面白い女じゃないか。いいぜ。街に入れてやる。ただし娼婦としてな。オマエとオマエも入れ。あとのガキと男は帰りな。もうすぐ商人が来るんで忙しいんだが、あとで相手をしてやるぜ」
プツン。初めて血管がキレる音を聞いたような気がした。
「メグ。もう何も言うな。コイツらアタシたちをナメやがった。山賊ってことにしてブっ殺す」
「こういうヤツって、あとで裏切ったり、味方の足を引っ張って状況を悪くするだけなのよね。今のうちに狩りとっておかなくちゃ」
アラクネは魔杖を魔鉄槌に変化させ、深沙央さんは只ならぬ殺気を解き放つ。深沙央さんの殺気、最近はすぐに分かるようになってきた。分かりたくもないけど。
「二人とも、早まっちゃダメだ。みんなも止めて」
全員まさかのノーコメント。特にシーカ、どうして腰の剣に手をかけているの?
「騎士を侮辱したからです。それに私はガキではありません」
そうだよね。キミは出るとこ出てるもんね。
そんなとき馬のいななきが聞こえた。
後方の森の中から馬車が近づいてくる。よく見れば馬車のまわりには冒険者たちがいた。何かと戦っているみたいだ。
森の中から馬車を追うように出てきたのは
「あれは山賊の使い魔だ。馬車と仲間が襲われてるぞ!」
キツネメたちは慌てた様子で馬車へ駆けだした。
「丁度いいわ。この怒りの捌け口にしてやるんだから」
「手が滑ったことにしてアイツらにも電撃を喰らわしていいか?」
「見える場所なら瞬間移動できるわ。みんな、輪になって」
俺の仲間も臨戦態勢。俺たちは渦中へ瞬間移動した。
深沙央さんは鎧を召喚、シーカはネズミ兵を斬り伏せ、アラクネは魔鉄槌で叩き潰し、メグさんは魔法を放つ。
「よし、俺もやるぞ!」
俺はカブトムシの鎧を実体化させ、魔剣でネズミ兵を倒していった。
「康史君。その鎧って」
「ああ。クエナから託された力だ」
深沙央さんが驚きの眼差しで俺を見る。
「康史様!」
「クエナっていうのは、女学院に潜入したときに。詳しい話はあとだシーカ」
「そうではありません。うしろ!」
俺の背後には大きな黒い影がいた。殴りとばされてしまう。
痛い。でも痛いと思うだけで済んでしまうのが、この鎧のすごいところだ。
ところで俺を殴ったヤツは……
「え? 熊?」
ネズミ兵でも熊人間の吸血魔でもない。熊だった。
見れば狼やサル、イノシシまでネズミ兵とともに襲ってくる。どうなってんだ?
「その動物も吸血魔でありまする。吸血魔化した動物でありまする」
馬車の商人が叫ぶ。たしかに普通の熊や狼には見られない長大な牙が生えていた。
動物まで吸血魔にできるのか?
マーヤに視線を送ると、強く首を振っている。吸血魔のマーヤさえ知らないことなのか。
「もしかして魔法で吸血魔にされたのかしらね?」
吸血魔化した熊と格闘する深沙央さん。これが本当に吸血魔化した動物なら対策はある。
「波津壌気・逆バージョンだ!」
動物から吸血魔の成分だけを吸収して抜き取る。
すると動物の口元から長い牙がなくなり、一斉に倒れた。
「康史さん、何をしたんですか?」
「吸血魔の成分だけを抜いたんだ。波津壌気の応用だ」
「康史君すごい!」
「ミミミ……奇妙な術を使う者がいたモノだ!」
不意に現れたのはセミ人間の吸血魔だった。深沙央さんは立ち向かう。
「オマエがここの指揮官ね」
「さよう。ウォトホッグ山賊団のシケーダ。オマエら、見慣れない用心棒であるな。挨拶代わりに俺の音響魔法を受けとるのだな!」
ミーンミンミンミンミンミン!
「なんだこの音!」
あたりにセミの鳴き声が木霊した。俺は思わず耳を押さえた。
やっと追いついてきたキツネメたちも、うずくまっている。
これはただの鳴き声じゃない。脳が揺さぶられ、内臓が震動して吐き気がこみ上げてくる。騒音どころの話ではない。
「ミーンミンミン! 気を失うまで魔法を浴びるのだな。そのあとで馬車の中身を頂きますのだ」
「だったら……音より早く動けばいいだけよ!」
深沙央さんは強風の中を推し進むようにシケーダに向かっていった。
「なんだと! 俺の魔法の中で動けるのか!」
「ううう……450倍速×全力パンチ=悪人極刑確定拳!」
「速! アッブラハウアアァァ!」
深沙央さんの拳がシケーダを貫いた。
「セミの一生にしては短かったかしら? あれ?」
貫いた身体には中身がなかった。それにシケーダよりも色が薄い。
「ミミミ……今回は撤収するんだな。ちゃんと俺のことを憶えているんだな!」
遠くから声だけが聞こえてくる。
「するとこれは、セミの抜け殻? 逃げられたわ!」
「上級の魔術師だったみたいだな。でも馬車は守れたよ」
俺は悔しがる深沙央さんをなだめた。ネズミ兵も全滅だ。
「これだけ多くの敵を短時間で。何者なんだ。オマエたちは」
キツネメたちは細い目を丸くして驚いていた。




