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7.彼女 自称勇者に暴行を加える

 深沙央さんの細い首に、吸血魔オクトパの鋭い牙が突き刺さった。


 だが数秒もしないうちに牙は抜かれた。


「な、なんなんだ、この女。一体どんな人生を送ってきたというんだ。そ、それに女の記憶が一人分ではない? お前の中には一体何人の人間が、亜人が、化け物が……」


 オクトパは震えだした。触手は緩み、自由の身となった深沙央さんは悠然と前に進み出た。


「一体なにが」


 俺の疑問にメグさんが答えた。


「一部の吸血魔は血を吸うことで相手の記憶、経験、能力を読み取ることができると言います。それにしても、あの反応は?」


 きっとオクトパは深沙央さんの記憶を読み取ったんだ。9つの異世界を救った記憶を。

 アラクネは、呆れた感じで首を振った。


「あの吸血魔、バカだね。深沙央の血を吸うなんて」


 震え続けるオクトパの身体に異変が起きた。体の各所がボコボコと盛り上がったのだ。オクトパは叫ぶ。


「こ、これは、なんだ!?」


 深沙央さんはオクトパに振り向きもせず、冷たく告げた。


「私くらいになると、血は悪人にとって毒みたいな物なのよね。攻撃しても再生するのなら、体の内側から壊すまでのことよ」

「お前、お前は……この、モンスターめ!」

「さようなら。吸血魔の魔法使い」


 深沙央さんの背後で、オクトパの身体は破裂した。

 アラクネ以外の全員が唖然としていた。


「まだ終わってない。よくも康史君を」


 深沙央さんの視線を追うとナヴァゴに行きついた。その場の全員が察した。


「え、あ、う」


 ナヴァゴが呆けた声を上げた。深沙央さんはナヴァゴに近づいていく。


「セミテュラー! 怒りの鎧よ、顕現せよ!」


 聖式魔鎧装ソードダンサー。この姿になった深沙央さんは強い。


「な、何なんだよっ、オマエは!」


 自分の行く末を察したナヴァゴが剣を構えた。


「さっきの詠唱分が残ってんだ。これでもくらえ!」

「やめて。やめてナヴァゴ!」


 メグさんの制止も聞かず、ナヴァゴは剣を振り下ろした。二対の炎が深沙央さんを飲みこんだ。


「どうだ! 見たかよ! これが勇者の力だ!」


 しかし


「なによ! 終わりなの! この程度が勇者の全力なの!」


 炎の中から無傷で出てきたのは聖式魔鎧装の深沙央さんだった。


「この私を炎上させたかったら、太陽をぶつけに来い!」


 驚愕したナヴァゴは後ずさりをした。


「三十倍速!」


 深沙央さんの正拳突きがナヴァゴの胸元にヒットし、青陽の鎧を砕いた。


「ひぃぃぃぃ。は、速い!」

「お前は康史君を傷つけた。私を助けるために一生懸命な康史君を。私の彼氏だぞ。初カレなんだぞ。お前が踏みつぶした彼の手は、私の頭を撫でるためのものなんだぞ! 絶対に許さない!」

「ちっ……おい、メグ。ぼさっとしてないでオレに支援魔法をかけろ! コイツの動きについていけるだけの。最速の!」

「ナヴァゴ……」

「早くしやがれ!」


 メグさんはナヴァゴに魔法をかけた。


「かの者に疾風の瞬足を与えたまえ。ウルフェンエフェクト!」


 ナヴァゴの身体が一瞬だけ光り、汚ない笑みを浮かべた。


「ひひっ。これでオマエと同等の速さを手に入れたぞ。さっきの速さでかかって来いよ。三十倍だっけ。避けまくってやるからよ」

「悪いけど、私の最大速度は千倍速よ」

「なにぃぃぃぃぃぃ!」


 深沙央さんはナヴァゴに迫った。


「お、オイ待てよ。話をしようぜ。待てって言ってんだろ!」


 そう言いながら、ナヴァゴは剣で斬りかかるが


「三十一倍速」


 逆に剣を奪われ、遠くに投げ捨てられてしまった。


「おい、本当に待ってくれ。オレは最強の冒険者なんだ。勇者になれる男なんだ。そんなヤツが死んだら、この国にとって損失だ。オマエ責任とれるのかよ。誰が吸血魔を倒すんだよ。聞いてんのか。待てって。待てって言ってぐぎゅわぁ!」


 あ、殴られた。深沙央さんは震えていた。怒りで震えていた。


「オマエが勇者? だったら鎧を召喚してみろ。奥義のひとつが効かないくらいで諦めるな。フォームチェンジして新たな必殺技を繰り出せ。炎の次は氷か? 雷か? 窮地を乗り越えてパワーアップしてみろ。想いを力に変えてみろ。サポートマシンを呼びだせ。守護獣を呼びだせ。聖剣の名を呼べ。分身体を生み出せ。前世の力を解放しろ。勇者なんだろ。できるだろ。私の大切な彼氏をいたぶった勇者さん!」


 そこからは、深沙央さんの独壇場だった。ナヴァゴの手甲を砕き、投げ飛ばし、足甲を踏みつけ……相手が気絶しない程度の、かつ抵抗するのをやめない程度の連続攻撃だった。


 もしかして深沙央さん、こういうの慣れてるのかな。お、蹴りが股間に直撃した。

 それでもナヴァゴは謝らなかった。


「メグっ、オレに回復魔法をかけろ! 早くしろ」


 しかしメグさんは目をつぶって、顔をそむける。深沙央さんが言った。


「回復させてもいいけど、どうせ回復が追いつかないわよ」

「メグっ、メグっ、聞いてんのか、コラァ!」


 メグさんは意を決したように声を上げた。


「ナヴァゴ、私はもう、貴方についていけないわ!」

「そんな、メグ。姉さん、姉さんんんん!」


 深沙央さんはナヴァゴから少しだけ離れた。


「フォームチェンジ。マリンダンサー!」


 すると鎧は緑色に変化し、丸みを帯びていった。さらに周囲には水が舞った。


「このフォームは水を大気から発生させ、攻撃もできるの」


 深沙央さんの両手に水が生まれては集まっていく。


「この技は水圧を利用して対象を破壊するものよ」

「深沙央さん、まさかナヴァゴに当てるつもり? さすがに死んでしまうよ」

「ふんっ、いい気味よ。くらえ必殺! 水圧砲吼弾!」


 水の玉がすごい勢いでナヴァゴに発射された。だけど水の玉はナヴァゴの横を通過すると、うしろの茂みの木に直撃した。


「さっきから覗き見しているのは分かっているのよ。出てきなさい!」


 直撃して倒れた木の横には、側近のイヤウィッグがいた。


「まさかオクトパまでやられるとは! 人質なんて構ってられん。即逃!」

「待ちなさいよ!」


 深沙央さんは茂みの奥へ逃走したイヤウィッグを追いかけようとした。だけど、木の横まで来ると立ち止まってしまう。どうしたんだろう。

 立ち上がろうとしたけどナヴァゴから受けた傷が痛んだ。


「待ってください」


 メグさんだ。メグさんは俺に回復魔法をかけてくれた。傷がみるみる癒えてくる。感動体験だ。

 俺はメグさんに礼を言って深沙央さんの元へ走った。途中、ナヴァゴを見てみたら気絶していた。情けない奴め。


「どうかしたの、深沙央さん?」

「康史君」


 茂みの中には、一人の女の子がいた。


今回、読者様からの誤字脱字報告を受け付けました。

指摘箇所が大事なセリフであったこと、さらに初めて報告をいただいたこともあり、二重の意味で感謝です。

報告してくださった読者様には、この場にて御礼申し上げます。ありがとうございました。


令和2年7月24日 伊士綿イル太

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