69.私、大人になりたい
瞬間移動で雑木林に飛んだ俺とツバーシャは、雑木林の先にある小山を登っていた。
「こんな所じゃなかった気がするわ」
「でも雑木林から歩ける範囲にある見晴らしのいい場所って、ここくらいしかないぞ」
頂上にたどり着くとツバーシャは感嘆の声を上げた。
「あ……ここよ。ここが先輩と来たところよ」
たしかに見晴らしが良い。王都が一望できる。大きな木もあった。
見下ろせば、さっきボートを漕いでいた池があった。
「たしか人工池なんだよな。きっと王国ランドを作ったときに池も作ったんだ。それで周りの景色が変わって、ツバーシャは気付けなかったんだろうな」
俺が勝手に推理すると、ツバーシャは王都の景色をぼうっと眺めていた。
「私ね、落ち込んだときに先輩に連れてきてもらったの。入隊したての頃」
「うん」
「この景色を見ながら先輩は言ったわ。これからはキミがこの街を守るんだって」
「そうか」
「そのあとね。先輩は一瞬消えたの」
「消えたって、その先輩も能力者だったのか?」
「ううん」
首を振ったツバーシャは大きな木に視線を移した。
「木の裏からひょっこり出てきたわ。何をしていたのか教えてくれなかったけど」
少し寂しそうな笑顔のツバーシャ。時おり、王国ランドのほうから笑い声が聞こえてくる。
なんだか平和だな。
「ここ、いい場所だな。王都がよく見える。ひとつひとつの建物の中には人がいて、そこで仕事や生活をしているんだよな」
「同じようなこと、先輩も言ってたわ」
「ますます本当の意味で、この世界を平和にしなくちゃいけない気がするよ」
「……うん」
居心地のいいところだった。いつのまにか日が傾きはじめていた。
「康史、連れてきてありがとう」
「もういいのか?」
「うん。満足よ」
じゃあ戻るか。そう考えて、ついでとばかりに大きな木に向かった。
「康史?」
「先輩は木の裏で何をしてたんだろうなって」
二人で裏にまわる。何もなかった。木の幹に文字が彫られていた以外は。
「えっと、『ツバーシャが立派な軍人になれますように』」
「もう、声に出さないでよ」
ツバーシャは彫られた文字に触れる。
「こんなことするの、先輩くらいだわ。普通の木に彫ったって意味ないじゃない」
涙が出たのか、ツバーシャは目元を拭った。
「先輩、私、少佐になったよ。能力をたくさん使って、悪い吸血魔といっぱい戦ったんだから。あの頃よりも子供になっちゃったけど、あの頃の私よりも強くなったからね」
しばらくするとツバーシャは落ちついたのか、自分から木の傍を離れた。
「帰ろう、康史」
最後に、もう一度王都を眺めることにした。
「ゴメンね、康史」
「なにが?」
「やっぱり康史は先輩の代わりにはならないわ。だからゴメンね」
なんだか勝手に振られたことになってるぞ。
でもツバーシャの穏やかな笑顔を見ていたら、どうでもいいような気がしてきた。
それに俺には深沙央さんがいるんだ。
「私、大人になりたい。子供のままじゃいけないって思ったわ。これからは康史に協力する。康史が作りたい平和、私にも作らせて」
「ありがとう」
さて、帰るか。山の下の池に目をやると、俺たちが乗り捨てたボートが漂着していた。
「やっぱり返したほうがいいよな。乗って帰るか」
二人でボートに乗って夕日が映える池を渡った。
乗り場に着岸させてゲートをくぐると……頭上のくす玉が弾けた。なんだ?
「おめでとうございます。百組目のカップルの御帰還です!」
「はい?」
従業員が拍手をし、楽器隊が演奏を始めた。くす玉からは『祝! ベストカップル賞』という幕が垂れ下がっている。
「何が始まったんですか」
「お二人をお祝いしているんですよ!」
俺が聞くと従業員は勝手に花輪を首にかけてきた。花びらまで投げつけてくる。ツバーシャは混乱中だ。
「こちらへどうぞ。お二人には王子様とお姫様として今晩のパレードに参加して頂きます!」
「またか!」
半分あきらめたかけたとき、妙な二人組が立ちはだかった。
「どうやら決まったらしいな。ミス・王国ランドが!」
「やっと血にありつけるね。兄ちゃん」
思い出した。入場の列でうしろにいた馬面の人だ。従業員が不思議そうに聞いてくる。
「お二人のお知り合いですか。だとしたら馬車の御者役なんてどうでしょう。とってもお似合いだと思うんですよ」
馬面たちはフフンと鳴いた。
「御者なんぞ役不足だ。我らには王役がふさわしいだろう。いや、ここを支配して本物の王になるのだ!」
「兄ちゃん、その前に血を飲んで元気になりたいよ」
「うむ。ミス・王国ランドに選ばれし女よ。我ら兄弟に噛まれることを光栄に思え」
「きゃあっ」
馬面の一人がツバーシャの腕をつかんだ。
「やめろ! 血を飲むなんて悪い吸血魔がすることだぞ」
「御明答。我らは吸血魔だ!」
馬面兄弟が化け物に変貌した。二体のシマウマ人間の吸血魔だ。
「我は兄のゼブラス。この特区を手に入れ、いずれは王国をも支配する者よ!」
「オレは弟のゼスカル。兄ちゃんはいずれ武将の候補になる男だ!」
こんなに人が多いところで吸血魔かよ。
「みんな! 襲われる前に逃げるんだ!」
俺は従業員や客に向かって叫んだ。ところが従業員は
「あれれ? 避難訓練ってこの場所でやるんですか?」
「時間が早くないか。ミス・王国ランド決定戦が先だろ」
「前倒しかな。じゃあ避難させますか」
お客さんといえば
「へえ。本物みたい。何が始まるんだろう?」
「避難訓練だってさ。パンフレットに書いてある」
「じゃあ避難しますか」
従業員は「はーい、こっちですよ。ついてきて下さーい」と客を先導しはじめた。
客は楽しそうに、時おり吸血魔を見ながら、ぞろぞろと歩きはじめた。
ん? すると二体の吸血魔は避難訓練の人なのか?
「ぬう。この国の人間は冷静なのか。平和ボケなのか。とりあえず度胸だけは認めよう」
「兄ちゃん大変だ。女が消えた!」
ツバーシャは瞬間移動で俺の隣に跳んできた。
「大丈夫か?」
「ええ。短距離で単体なら、あまり若返らないから。それにしてもコイツらは吸血魔なの? 避難訓練なの?」
「それだよな。よし、波津壌気・感知バージョン! あ、吸血魔だ」
「だからさっきから言っているだろう!」
兄のほうはジャンプすると急降下キックを放ってきた。
「危ない!」
ツバーシャは俺の腕をつかむと瞬間移動。離れたところに跳んだ。
兄の急降下キックは地面に大きなひびを作った。
「本物で悪人か!」
「順番が前後してしまったが、ここで一暴れしてやろうぞ!」




