68.彼女 俺のことをすごく睨む
パレードが始まった。楽器隊を先頭にして踊り子や馬車がランドの中を練り歩く。
多くのお客さんが沿道でパレードを見ていた。みんな嬉しそうだ。
貴族の衣装を着たほかの参加者は、馬車の中から観客に手を振っていた。
「どうして恥ずかしいと思わないんだ。同じ客なんだぞ」
「それはきっと、私たちよりマシだと思えるからなんだわ」
俺とツバーシャは馬車の屋根の上に備え付けられた椅子に座って、観客に手を振っていた。振らされていた。参加者同士で場所決めをしたとき、くじ引きで特等席を当ててしまったのだ。
「ちくしょうっ。ツバーシャが粗品を欲しいなんて言うから」
「私は貰えればよかったの。康史がくじ引きでハズレを引き当てるのが悪いのよ」
「ハズレじゃない。アタリを引いたんだ」
「二人ともどうしたんですか? 笑顔ですよ。みなさんに夢を与えて下さい」
従業員のお姉さんが、ゆっくりと進む馬車の横から無茶ぶりをしてくる。
ああ、もうっ。パレードよ、早く終わってくれ。
そのとき、空気が変わった。まるで見えない針に身体中を刺されているような感覚。空気が肌を刺してくる。これは、殺気だ。以前感じたことがある殺気。
これを放っているのは深沙央さんに違いない。いま、ここにいるのか。
ここで顔を合わせるのはマズイ気がする。気付かないふりをして、やり過ごそう。
「あ! 康史だ。ツバーシャもいる。おーい、こっちこっち!」
パティアだ。観客の中でパティアはピョンピョン跳ねながら手を振っていた。黄色とピンクのフリフリなワンピース。ただでさえ目立つビジュアルだ。大声を出されたら嫌でも見つけてしまう。
そして、その隣に立つ一人の少女。目が合ってしまった。
深沙央さん。どうしてそんな怖い目で俺を睨むんだ。俺は吸血魔の王でも幹部でもないんだぞ。
俺の彼女は視線だけで敵を仕留める殺し屋かよ。
「康史とツバーシャ。王子様とお姫様みたいなんだぞ。な、深沙央っ」
パティアのヤツ、あとで火に油を注ぐという言葉を教えなくてはなるまい。
止まっているのかと思うほどの馬車の速度。
辛くても、それでも王子様になりきって観客に笑顔で手を振る。
「康史、なんだかんだで楽しそうね。羨ましいわ」
ツバーシャが憐みの目を向けてくる。男には王子様に徹しなければならない時もあるんです。
この瞬間だけは神山康史を捨てなければ生きていけないと感じていた。
「お二人ともありがとうございました。パレードは大成功。特に彼氏さんのなりきり振りは役者さんのようでした。はい、記念品のペンダントです」
従業員のお姉さんは俺たちに粗品をよこすと嬉しそうに去っていった。
「やった。王国の紋章のペンダントよ」
ツバーシャも嬉しそうにペンダントを首にかける。
「康史、次はどこに行きたい?」
機嫌のいいツバーシャはパンフレットを目にしていた。対して俺といえば魂が疲弊していて元気がない。
「ああ、落ちつける場所に行きたい」
「そんな場所あるかしら。あれ? もしかして、ここって」
ツバーシャがランドの外に目を向けた。
ランドの外周は柵で覆われているものの、外の様子は柵越しに見ることが出来る。
視線の先は雑木林だ。ツバーシャは柵に近づいた。
「やっぱり知ってる。私、ここに来たことがあるかもしれない」
「こんな淋しいところに、何のために」
「私が軍に入隊した頃、上手くいかなくて落ち込んだときに、先輩が見晴らしのいい所に連れて行ってくれたの。ここはそこへ行くときに通ったところよ。また行きたいな」
「瞬間移動で行こうよ」
「無理よ。記憶があいまいなの。私の能力は記憶にあるところにしかいけないから」
そうか。じゃあ諦めるしかないな。
なんて言おうにも、ツバーシャは雑木林の奥を懐かしそうに見つめていた。
「その先輩に連絡は取れるのか」
「それも無理。もう亡くなってるから」
「その場所に特徴や目印になるようなものは?」
「小山の頂上だったし、まわりには何もなかったわ。でも王都が一望できて大きな木があるところだったの」
ふぅむ。俺は地面に手を置いた。
「何をするの?」
「俺の感知能力で探してみる。人間の力の強弱や吸血魔の存在が感知できるんだ。場所の感知だって出来るかもしれない」
魔力を放って人間に当たれば波のようなものが跳ね返ってくる。対象が建物や山でも同様のはずだ。
木だって生き物だ。雑草は感知できそうになりけど、大きな木ならできそうか。
「波津壌気・感知バージョン・地形認識エディション!」
魔力を放つ。集中しろ。感じる波は人間以外から跳ね返ってくるものだ。小山、大きな木……
「もしかして、コレなのか?」
―――★★★―――
「さっきはゴメンよ、兄ちゃん」
「気にするな。たとえバカでも自分の非を認められる男は強い。兄は弟を評価している」
「え? 兄ちゃんってバカだったのか」
「……」
吸血魔の馬面兄弟は王国ランドの端に来た。周囲に人気はなく銅像がポツンと置かれている。
「この銅像、佇まいからして只者ではない。ならば国王であろうな。ここにするか」
「何の話だい、兄ちゃん」
「ここに爆弾型マジックアイテムを隠すのだ。特区内で爆発が起きれば人間は混乱。その隙に我ら兄弟が王を倒して国を乗っ取る。どうせ爆発させるのなら人が多い場所のほうが良い。国王像が置かれる場所は大抵、人が集まるものだ」
「でも今は人がいないよ」
「風向きは我らに向いてきたというわけだ」
「そういえば風って、いつも俺ばかりに吹いている気がするよ」
兄はマジックアイテムになけなしの魔力を込めた。これで任意に爆発させることが出来る。
「弟よ、兄はこれから爆弾を仕掛ける。人が来ないかどうか見張っているのだ」
「わかったよ、兄ちゃん」
兄は銅像の足下にマジックアイテムを隠した。あとは頃合いを見て爆発させるだけだ。
「おい、テメぇら!」
「ひぃ!」
振り向けば紫の長髪の女が立っていた。
「弟よ、見張っていろと言ったではないか!」
「そのことが気になっていたんだ。いつから見張ればいい? オレ頑張るよ」
「あわぁぁ」
「取りこんでるところ悪いけどよ、この辺で酒は売ってないか」
紫髪の女は兄が爆弾を仕掛けたことに気付いていない。
「さっきから探してんだけどさ、全然見当たらないんだ。酒ーー!」
頭の悪そうな女で安心した。
「酒はわからないのだ。スマンな」
「ん~、そうか」
「兄ちゃん兄ちゃん」
「なんだ弟よ」
「兄ちゃん、この女の血、飲んじゃおうよ」
たしかに腹は減ったままだ。だが、つい先ほど痛い目に遭ったばかりだ。
「思い出すがいい。先ほどの女の強さを。騎士だったに違いない。この国では騎士が私服で巡回をしているのだ。この女も、もしや」
「でも仕事中に酒を買い歩く騎士なんていないよ」
「そう急ぐな。これを見よ」
兄はパンフレットにある『ミス・王国ランド決定戦』の文字を指した。
「この国一番の美女を決めるらしい。我らの食糧たる女は決定戦の優勝者がふさわしいとは思わないか」
「一番綺麗な女なら、血も美味しそうだね」
「では爆弾も仕掛けたし、会場に急ごうではないか」
「会場はどこなの、兄ちゃん」
「祝福されている女がいるところだろうな」
「さすが兄ちゃんだ」
吸血魔の兄弟は意気揚揚と、その場を離れた。
「なんだったんだ。アイツら」
アラクネは銅像を見上げた。
「たしか道化師像の近くで酒を売ってんだったな。この像は……騎士のオッサンかよ。ここは騎士像とか魔法士像とか多すぎだ! あん?」
銅像の足下に何か隠してあった。アラクネは手に取ってみた。
「これはマジックアイテム? いやゴミ? どっちだ。ああ、朝から飲んでるから分かんえねぇや。こういうときは酒を飲んで頭をスッキリさせよう」
アラクネはゴミ箱を探した。しかし見当たらない。近くに汚ない倉庫があった。
「きっとゴミ溜め場だな。ここに捨てておこう」
銅像の足下で拾ったソレをアラクネは倉庫の中に放りこんだ。




