67.彼女の視点とヤツらの動き
「そんなにイライラするのなら来なきゃよかっただろ」
「別に怒ってなんかないわよ」
深沙央とアラクネはワクワク王国ランドの中央広場にいた。
ここでは出店が立ち並び、テーブルや椅子も用意されている。
休憩や食事をとるには丁度いい場所だ。
アラクネは酒を呑みながら、イラつきはじめた深沙央をなだめていた。
「なによ、恋人っぽくボートに乗っちゃって。私ですら康史君と乗ったことがないのに」
「でもよ、デートが必要なことくらい、わかってんだろ。ツバーシャって娘の能力は吸血魔の国に殴り込みをかけるのに役に立つ。たとえ若返っても余裕があるように、出来るだけ実年齢に戻しておいたほうがいいって」
深沙央は手にしていたジュースをグイっと飲んだ。
「わかってるわよ。そんなの」
「じゃあ、どうして怒ってんだよ」
「わかってても、怒らなかったら彼女じゃないし!」
「じゃあ来なきゃ良かっただろ!」
「気になるじゃん!」
「じゃあ、どうしてこんなところにいるんだよ!」
「消えたのよ。ボートの上から。きっとツバーシャの能力よ。私の気配に気付いたのね。今ごろ二人っきりで、もしかしたら、もしかすると」
「ふんっ」
アラクネは屋敷から持ってきた小ビンの酒をチビチビと飲んだ。
康史は二股が出来るほど器用な下半身を持ってない。そう言いかけたが、今の深沙央に何を言っても無駄だということはアラクネは分かっている。もう二年の付き合いになるから分かってる。
ほかの話をしようとアラクネはテーブル上のパンフレットに手を伸ばした。
「ところでアラクネ。どうやって入園したの? チケットは持っていなかったわよね」
「ん~、猫の姿で入場しても、誰も止めなかったぞ」
「ずるいわよ」
「まぁ、せっかく来たんだから深沙央も楽しめ」
パンフレットに目を通す。
「へぇ、吸血魔が来たときに備えて避難訓練があるのか……何が楽しいんだ? あ! ミス王国ランド決定戦なんてものもあるぞ。参加者募集だってよ。出てみるか。でも優勝賞品は年間自由入場券かよ。しょぼいな」
それでも黙っている深沙央。アラクネは溜息をつくと、酒ビンに口をつけた。
「もうすぐ無くなっちまうな。オイ、そこのネーチャン、酒をくれ」
アラクネは隣のテーブルに料理を運んでいた従業員に声をかけた。
「すいません。ここは居酒屋じゃないんです。あ!」
「あ!」
シーカだった。王国ランドの制服の上にエプロンをしている。
「何やってんだ?」
「軍の命令で手伝いをしているんです。マーヤさんとシーラに頼まれて、ここにいる中尉に届け物をしたんですが、人手が足りないということで働いているんです」
「マーヤとシーラか。そういや一昨日、屋敷で中尉と話してたな。そのあとずっと何か作ってたような」
「はい。着ぐるみを作っていました。なんでも午後からの避難訓練で使うそうなんです」
「ふーん。おい深沙央、ジュースもらうぞ」
そう言うとアラクネは残りの酒をジュースに注いだ。
「おお、果実酒になった」
「アラクネさん。お酒だったら王国ランドの東の売店にあります。目印は道化師の像です」
「ずいぶん遠いな」
「もうっ。やっぱり気になるわ!」
立ち上がる深沙央。ジュースを一気飲みすると両手で両頬を叩いた。
「気合いで康史君を探してくる!」
深沙央は走り出した。シーカはアラクネに聞く。
「大丈夫でしょうか」
「走り出さずにはいられなかったんだろうよ。たとえゴールがわからなくても」
「いえ、私が言いたいのは深沙央様が飲んだ液体のことです」
アラクネは酒を飲もうとコップに口をつけた。だけど空っぽだった。
「あ、深沙央のヤツ、アタシの酒を飲んでいきやがったのか」
―――☆☆☆―――
ボート乗り場から逃げるように去ってきた俺たちは、屋敷風の建物の前に置かれた椅子に腰をかけた。
「ツバーシャ。あんな事で能力を使うのは……」
「だって恥ずかしかったんだもの!」
外見に変化なし。幼児化してないものの、成長もしていない。
もしかして俺と何度も手をつないだことで、慣れきってしまったのか。
「あら。お客様、丁度いいところにいらっしゃいましたね」
建物から従業員のお姉さんが出てきた。
「お待たせしてしまったみたい。どうぞ中に」
「え? この建物は何ですか?」
「ここは貴族の服を着て貴族になりきるための施設です。入場待ちのために椅子に座られていたのでは?」
「すいません。そういうワケでは」
俺はツバーシャの手をつかんで、この場から離れようとした。しかし俺の手をガッシィィィン! とつかんだのはお姉さんだ。
「逃げないでください。あと一組参加して頂ければ参加者全員で素敵なイベントに招待できるんです。ほかの参加者さんたちも、あと一組を心待ちにしています。是非貴族になりきってください」
俺はもう男爵だっつーの。
「記念品の王国紋章ペンダントをあげますから」
「それ欲しいかも」
「ツバーシャ?」
「では参加決定ですね。ありがとうございます。では入場どうぞ」
お姉さんに連れられて屋敷に入る。
「ところで素敵なイベントってなんですか」
「このあとパレードがあるんです。参加者さんは貴族の格好で特大馬車に乗ってもらい、見物客に手を振っていただきます」
なんだそれ。すごく恥ずかしいじゃないか!
―――★★★―――
ワクワク王国ランド。王国初の行楽施設。園内では家族連れ、友達同士、カップルが体験施設や催しを楽しんでいた。
だが、その中に行楽目的ではない二人の吸血魔がいた。馬面の兄弟、ゼブラス(兄)とゼスカル(弟)である。人間の姿で当日券を購入して入場した彼らを、誰も吸血魔だと見抜くことはできなかった。
「エリンシュタイン王都。栄えている街だと聞いてはいたが、最深部である王国ランドは異質だ。働いている者よりも遊んでいる者のほうが圧倒的に多い。それなのに国が成り立っているのが奇妙すぎる」
「奇妙だね。兄ちゃん」
「もしや資源が眠っているのか。だとしたら放っておくわけにはいかない。やはり、この場所から支配してやろう」
「やる気だね。兄ちゃん!」
この二人はワクワク王国ランドが行楽施設だと理解していなかった。
彼らはここが王都の中の王都。王侯貴族が住まう特別区だと信じて疑わない。さらに資源が眠る重要拠点だと誤解を始めてしまった。
「武将ライオラの亡きあと、マンティス様は武将候補として名高い吸血魔にお声掛けをしていた。不思議と我ら兄弟には声をかけられなかったが」
「マンティス様とは友達じゃないもんね、オレら」
「ここで王都を支配して名を上げれば、きっと武将として我らを推して下さるだろう。そのためにも今日、この特区を乗っ取らなければならない。どんな手を使っても」
「さすが兄ちゃんだ」
ぐぅ~、と腹の虫が鳴った。
「そういえば朝から何も食べていなかったな」
「そもそも、国を出てからろくに食べてないよ」
「売店はあるが金がない。当日券という物があんなに高いとは。ただの紙切れなのに」
「しかも入場するときに従業員が少し千切っちゃうしね」
「あれはショックだった。買ったばかりだったのに。大切にしようと思ったのに」
「ただの紙切れだけどね」
とにかく腹を満たさなければ。パンやスープでなくてもいい。人間の血でもいいのだ。
そう、人間の血でも。
しばらく歩くと、向こうから年頃の少女が歩いてきた。幸いあたりには人気はない。
「これは天の思し召しか!」
「やるっきゃないよね、兄ちゃん」
兄弟は少女の行く手を遮った。
「我らは吸血魔。少女よ、我らの糧になってもらうぞ」「もらうぞ」
「はぁ? もう避難訓練が始まったの?」
少女はまったく臆さなかった。これから襲われるというのに面倒くさそうに睨んでくる。
「今の私はイラついているの。被害者役を探しているのなら他を当たって」
「え? あの」
少女は兄弟を無視してすれ違おうとした。
「に……逃がすものか。弟よ」
「まかせてよ、兄ちゃん」
弟は少女の背後から襲いかかる。狙うは首筋。噛みつく直前、少女は振り向くと……
弟は一瞬で少女に組み伏せられてしまった。
「そんな! 弟は人の姿のままとはいえ、相手はただの女のはずだ!」
「スカウトだったらほかの子にして!」
「痛いよ、兄ちゃん!」
「ええい、弟を放せ!」
兄は少女を引き放そうとするが、逆にカウンターパンチを喰らって倒れこんだ。
「しつこいから悪いのよ!」
「あっ深沙央だ」
兄は朦朧としながらも、子供が走ってくるのがわかった。
「パティア! あなたも来ていたのね」
「中尉からチケットを貰ったんだぞ。あっちでパレードがあるみたいだ。一緒に見よう」
「パレードか。康史君も観に来るかもしれないわね。いいわ。行きましょう」
二人は去っていった。弟は兄を抱え起こした。
「兄ちゃん、生きてるか」
「うう、弟よ。油断は大敵だ。油断したから負けたのだ。油断、すなわち己が心の慢心。我らは少女に負けたのではない。自分自身に負けたのだ」
「でも悔しいよ、兄ちゃん。やり返したいよ」
「ならば我らは我らを戒めるしかないな」
「わかったよ、兄ちゃん」
弟は兄を思いきり殴った。兄は薄れゆく意識の中で言った。
「そういう意味ではない」と。




