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59.せいしゅん・かんどう・せいちょう気

 ダイニングのテーブルの上にはお茶とお菓子ではなく、お湯と干し肉が出てきた。なぜ。

 ツバーシャは土産のエビマヨサンドを口にすると途端に目を輝かせた。そして一気に平らげた。


「ふう。こんなに美味しいとは思わなかったわ。何かお礼をしないとね」


 そう言うとツバーシャはキッチンに立った。


「ちょうどスープとサラダを作っていたところだったの」


 そうして出されたスープを、みんなで飲む。塩辛かった。これでは塩と肉片の水溶液だ。

 堆積した生ごみかと思ったらサラダだった。食べてみる。野菜ってこんなに不味かったっけ。


「相変わらず料理が下手なのな」


 ガルナが可哀相な人を見る目でツバーシャをなじった。


「お、お母さんが帰って来ないのがいけないのよ。お母さんは忙しくて私に料理なんて教えてくれなかったわ」

「それにしたって」

「うるさいわね。……で、そっちの男は、なに?」


 おっと、苛立ちが俺に飛び火したぞ。


「そいつは康史。異世界から来た勇者だ。ネクスティ要塞の奪還やモデラーテの御息女の救出作戦で名前くらいは聞いたことあるだろ」

「ああ。本当にいたんだ。プロパガンダかと思っていたわ」


 じぃっと見てくるツバーシャに俺は言った。


「俺は戦いを終わらせるためにも、吸血魔の王や幹部を倒したい。出来るだけ早く。そのためにも瞬間移動の能力を持つツバーシャに協力してほしいんだ」


 するとツバーシャは溜息をついた。


「無理よ」

「どうして?」

「ガルナ、事情は説明していないの?」

「もしかしたら、元の体に戻ってるかもしれないから会いにきたんだ」

「戻れるわけがないじゃない。戻れるとしたら14年後の話よ」


 元の体?


「事情。説明。ツバーシャはあるときから瞬間移動をする度に若返ってしまう身体になってしまった。現在の肉体推定年齢は五歳前後。軍はこれ以上の若返りを伴う瞬間移動は危険と判断し、ツバーシャを前線から退かせ、自宅待機を命じた。以上」


 ルドリカの説明に唖然とする。


「本当なのか?」

「本当よ」


 ツバーシャは俯いた。


「医者が言うには私の体内にある若返り物質と、能力を行使したときのストレスが結びつくと、成長速度が急速に逆転してしまうみたいなの。この服だって子供の頃に着ていたものよ。情けなくて笑えてくるわ」

「それじゃあ」

「能力は利点ばかりではないってことね。瞬間移動をすればするほど大人になるきっかけを、その場に捨ててきてしまう体質だってことよ。これ以上幼くなるわけにはいかない。悪いけどアナタに協力することは出来ないわ」


 ふり出しに戻ったってしまったのか。まぁ、いいさ。


「俺はこの世界に来たばかりで知り合いが少ないんだ。会えただけでも嬉しいよ。それにツバーシャは上級士官なんだろ。瞬間移動の能力は使えなくても、吸血魔との戦いで助言がもらえると嬉しい。改めて協力してくれないかな」


 俺は握手するための手を差し出した。するとツバーシャは顔を真っ赤にした。


「な、なによ。別に協力しないとは言っていないわ。私だって世界が平和になってほしいし。それにね、私は握手をしない主義なの」


 変わった主義だな。ん? ツバーシャの口元にエビマヨサンドのソースが付いていることに気付いた。


「ツバーシャ……」


 俺は何気なく、ハンカチで口元のソースを拭いてやろうとした。


「え? なになに? やめて! きゃあっ」


 そんなに嫌がられたら止めざるをえない。自分で拭けよ。

 ……と、そのとき


 ギュオオオオオオン!


 何の音だ?

 ブロンダやルドリカも辺りを見回している。ダイニングに不釣り合いな異音だったな。


「あっ!」


 ガルナが何かに気付いた。


「オマエ、背が伸びてないか?」


 見ればツバーシャの身長が伸びている気がした。顔立ちも幼女から児童に変化していた。


「成長したのか。でも、どうして?」

「私に聞かれたって困るわよ」


 ツバーシャ本人にもわからないのか。


「もしかして原因は康史なんじゃないの?」


 ブロンダの意見に俺は首を傾げてやった。


「俺の魔力が関係しているのか?」

「それもあるのかもしれないけど、男だったから」


 男に触れられそうになったから?


「けどよ、軍は男ばっかりだぜ。この家には親父さんだって暮らしてるんだろ」


 そう言うガルナに対してブロンダはフッフッフと笑った。


「康史って何となくシーバさんに似てるんだよね」

「誰だそれ」

「私たちが軍に入隊したときにお世話になった先輩だよ。雰囲気が康史とそっくりなんだ。顔立ちはシーバさんのほうが上だけど」

「顔立ちの優劣は余計だろ。それで?」

「シーバさんはツバーシャの初恋の人」

「すると何かよ? ツバーシャは俺にドキドキしたせいで急成長したっていうのか」

「もしもだよ。恋心が成長を促したんだとすれば……」

「うるさいうるさいうるさいっ」


 考察を続ける俺とブロンダにツバーシャはキレ気味に叫んだ。


「こんなヤツ、シーバさんとは似てないんだから。勝手なことを言わないで」

「じゃあよ、どうして急成長したんだ?」

「……」


 ガルナの質問に黙秘権を行使するツバーシャ。


「もう一度、康史が近寄ればいいんじゃないかな」

「そんな。いやよ。やめて、来ないで!」


 ツバーシャが俺のことを変態であるかのごとく遠ざけようとする。正直、傷つく。


「おまえら、握手してみろよ」

「いっそのこと、抱っこしてもらうのはどうかな?」

「イヤったら、イヤ!」


 囃したてているのはガルナたちなのに、睨まれるのは俺。こういうのって理不尽っていうんだよね。


「提案。この本に出てくる男女の真似なんてお勧め。以上」


 その本は右側に文章、左側に絵が描かれた本だった。この絵のタッチは女学院のマリッパによるものだ。

 しかも男が女を壁ぎわまで追いつめている絵だ。男が片腕を壁について、女を逃がさないようにしている。それと同じことをしろというのか。

 それにしても、こんな本をどこで手に入れたんだろう。


「人の本を勝手に見ないで!」

「反論。床に落ちていた。見てほしくないのならちゃんと隠すべき。以上」

「とにかく、私の急成長と男は関係ないんだからね」


 ツバーシャは立ち上がるとダイニングを出ようとした。だけど不意にバランスを崩してし、倒れかかる。

 足元を見ればジャガイモを踏んでいた。この子、調理中に野菜を落としても拾わないタイプなのか。

 俺は急いでツバーシャを助けようとした。背中から抱き上げて転ぶのを防いだ。


 ――密着――

 すると……


 ギュオオオオオオン!


 ツバーシャは再び急成長を遂げた。今度は小学校高学年くらいか。

 パティアよりも背は高くなっている。服もパッツン。キツそうだ。


「決まりだな」

「決まりだね」


 ガルナたちが冷やかすと、ツバーシャは顔を真っ赤にして腕を回して暴れ出した。


「私から離れろ! 近寄るな! 大変態!」

「おいっ。危ないだろ」


 思わずツバーシャの手を掴む。


「触らないでよ!」


 今日は理不尽のオンパレードだな。その瞬間。

 俺とツバーシャは屋外にいた。

 互いにバランスを崩して倒れこみ、俺はツバーシャの下敷きになってしまう。


「きゃああああああ!」

「叫びたいのはこっちだ。それにしても、ここはどこだよ!」


 よく見れば家の外だ。すると瞬間移動したってことなのか。

 家の中からガルナたちが出てきた。


「能力を使ったのに若返ってないぜ」

「仮説。発言。康史と一緒ならストレスを感じずに瞬間移動の能力を行使することが出来る。以上」

「つまりツバーシャの胸をキュンキュンさせれば、子供になることはないってことだね」

「ありえない! そんなこと、ないんだから!」


 俺に馬乗りになりながら、ギロリと睨んでくるツバーシャ。重い。どいてくれ。

 俺は言う。


「とりあえず、着替えてくれば?」


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