58.俺 瞬間移動少女に会いに行く
俺は久しぶりに屋敷にいた。
人間と吸血魔の戦いを終わらせるために、やるべきこと、考えることはたくさんある。
だけど何から手をつけていいのやら。脳ミソが路頭に迷い始めた。
深沙央さんも一時間くらいソファの上から動いていない。リビングの外ではシーカやエリットたちが家事に勤しんでいるのか、慌ただしい生活音が聞こえてくる。
「なんだかこの世界に来て一番穏やかな日に感じるわ」
窓から差し込む陽光を浴びて、深沙央さんがまどろみ気な声を出した。
「そうだな。これまで何かと忙しかったからな」
考え込みながら、なんとなく返事する。
「うん。転移してきて25日間。いろんなことがあったわね」
「そうだな。25日もあれば、いろんなことが起きるよな……え?」
思考の迷宮で消息を絶とうとしていた俺の脳が、現実世界に帰ってきた。
え? 25日?
「俺たちって、そんなに長いあいだ異世界に居たっけ?」
「ん? そうよ。ちなみに今日は26日目よ」
「そんなバカな。要塞を取り戻して、海に行って、パティアたちと出会って、女学院に潜入しただけだぞ」
「うん。それだけやっていれば一ヶ月も経つわよ」
なんだと。俺たちは夏休みの前日に、この世界にやって来た。深沙央さんは毎年、異世界転移をする度に、その世界の使命を果たして、夏休み最終日に元の世界に戻ってきた。
「夏休みが終わるまで、あと10日くらいしかないじゃないか!」
あと10日で吸血魔の幹部と王を倒さなくちゃいけないのか。そんなの無理だ。学校が始まってしまう。
「落ちついて康史君。どんな世界にも時空の捻じれというものはあるわ」
「なんだよ。時空の捩じれって」
「私は異世界転移するたびに、夏休みの最後の日に戻ってきたっていう話はしたわよね」
「うん」
「それは夏休みの最後の日までに使命を果たしたってワケではないの。使命を果たすのに三ヶ月も四ヶ月もかかったこともあるわ。それでも使命を果たして帰ってみれば、なぜか夏休みの最終日なのよ」
「じゃあ焦らなくてもいいっていうのか」
「これまでの経験からして、そうなるわね」
「そうなのか。まてよ。じゃあ使命を果たさなかったら一生異世界にいるってことだよな」
「そうね」
仮に使命を果たせるのが20年後だとしたら……オジサンの状態で高校一年生の時代に戻るってことだ。
それはマズイ。早いところ世界を平和にしないといけない事には変わりないじゃないか。
「夏休みが終わってしまうのは残念だけど、異世界でみんなと過ごして、いろんな人に感謝されて嬉しいわ」
「あれだけ夏休みにこだわっていたのに」
「世の中には一緒にいたくても、離ればなれになってしまう人たちだっているもの」
深沙央さんは視線を落とした。
「たとえここが異世界で、普通の高校生の夏休みが送れなくても、好きな人が側にいてくれる。それってすごいことだって気づいたの」
トーワとクエナのことを言っているんだろう。
それもそうだな。
さて、気になることがある。それは。
「深沙央さんは異世界に転移するたびに、元の世界で過ごすよりも何ヶ月も長く生きてきたんだよな」
「そうよ。長いときは半年以上も異世界にいたことがあるわ」
「じゃあ、深沙央さんの本当の年齢は、いくつ?」
「うっ……」
女性に年齢のことを聞くのは野暮だと分かっている。でも自分の彼女のことだと気になる。
深沙央さんは渋々といった感じで応えた。
「えっとね。異世界にいた時間はトータルで二年以上……毎年最初の40日間は数えないとして……」
「毎年半年は異世界にいたとして、夏休みの一ヶ月半を差し引いても四カ月半。それが9回分だから約三年四ヶ月。深沙央さんの年齢に三年四ヶ月を足すと……」
もはや女子高生ではない!
「待って康史君! 最長で半年よ。三年も長くは生きていないわ。せいぜい一年から二年以内よ」
「そうか」
「康史君は歳上が嫌い?」
普段は強気な深沙央さんが、今回ばかりは不安げに見つめてくる。
なんだか可愛いくて、俺は首を横に振った。すると深沙央さんから笑顔があふれた。
「それにしても、あっという間の一ヶ月だったな」
「移動するのに時間がかかったのよ。馬車に乗って要塞や王都に行くまでの時間がね」
「ほかの異世界は三ヶ月で使命を果たしたことがあったんだろ。なんだかすごいな」
「ほかの世界には転送陣や瞬間移動の魔法があったのよ。おかげで目的地に時間をかけずに進めたわ。そういえば、この世界では聞いたことがないわね」
瞬間移動か。そんな魔法があれば吸血魔の国に殴り込みが出来るのにな。
「みんなに聞いてみよう」
「おーい。康史、深沙央、いるかー。みんなで遊びにきたんだぞっ」
パティアたちだ。丁度いいところに来てくれた。
リビングにみんなを集めてティータイムにした。部屋の片隅では深沙央さんとパティア、エリットたちがトランプをやりだした。俺はガルナたちに聞いてみる。
「この世界に瞬間移動の魔法ってあるのか?」
「そんな便利なもの、あるはずないだろ」
ガルナは、何をバカなという様子で否定した。
「そんな魔法、私も聞いたことがありません」
魔法使いのメグさんにも否定される。
「じゃあ、転送陣はないのか。街と街を繋いでるような」
「ないね」
ブロンダにも否定されてしまう。
「じゃあ隣の街まで一気に飛べるマジックアイテムは? 軍で開発してたりしてないのか」
「発言。否定。そのような現実離れした魔法具なんて存在しない。以上」
ルドリカも否定。こりゃダメだ。
「そうなると、地道に移動しなくちゃいけないのか」
こうなってしまうと最速の移動手段は馬車になってしまう。馬に加速の魔法をかけたり、アラクネの催眠術をかけるしかない。吸血魔の国に行くにも骨が折れてしまう。
「ちなみに瞬間移動の能力者なんて、いないよな」
ガルナたちを見ていて、なんとなく思った。
ガルナは剣帯気、ブロンダは猪駆昂直気、ルドリカは威雷螺気という能力を持っている。ちなみに俺のは波津壌気。
ガルナは頬張っていたお茶受けのクッキーを飲み込むと答えた。
「いるぞ」
「そうか……って、魔法や転送陣はないのに能力者はいるのかよ」
「いるな」
「いるよね」
ガルナとブロンダは顔を見合わせる。俺は食いつくように言った。
「紹介してくれないか。俺と深沙央さんは早く吸血魔の王や幹部を倒さなくちゃいけない。そのためには移動時間の短縮が必要なんだ」
するとガルナは腕を組んで唸りはじめた。
「それは構わないけど、今のアイツに瞬間移動が出来るのか?」
「そもそも協力してくれるのかな」
ブロンダも乗り気ではない。
「もしかして気難しい人なのか?」
「なんと言えばいいのか。とりあえず会いに行こうぜ」
こうして俺はガルナたちに連れられて、瞬間移動の能力者に会いに行くことになった。
能力者の名前はツバーシャ・ラモネシュライン。凄瞬喚動勢跳気という能力の使い手で、瞬間移動を駆使して多くの戦場で功績を上げた19歳の少佐。
「19歳で士官なんてすごいな」
「だけど今は訳あって自宅待機を命じられているんだ。どうせ暇だろうからあってくれると思うぜ」
「私たちも暇なんだけどね」
ブロンダが苦笑いをした。
ガルナたち三人娘に連れられて、やってきたのは高級住宅地。
多くの上級士官が住んでいるという。ここの小洒落た一軒の屋敷の前で立ち止まった。
「ツバーシャいるか? いるんだろ。俺だ。ガルナだ。ブロンダとルドリカもいるぞ」
ガルナが扉をドンドン叩く。
しばらく経つと、扉がそぅ~っと開かれて、五歳くらいの女の子が顔をのぞかせた。
「げっ! 男がいる」
俺の顔を見た途端、扉は勢いよく閉められた。
男であるだけで面会を拒絶されてしまった。ガルナは再び扉を叩く。
「うぉいっ。ここにいる男は一人じゃなんにもできないヘタレだ。安心しろ。怖くないぜ。だから開けろツバーシャ」
誰がヘタレじゃ。いろんなこと、一人で出来るもん!
すると扉がゆっくりと開かれた。
「何の用? 能力はまだ使える状態じゃないわ。帰って」
さっきの子だ。端正な顔立ちをしているけれど、大きな目がつり上がっているせいで愛嬌がない。
「そう言うなよ。街で評判のエビマヨサンドもあるぞ。昼メシまだだろ。一緒に食おうぜ」
ガルナが説得を試みている。
「あの子はツバーシャの妹さんなのか?」
するとブロンダはかぶりを振った。
「あの子がツバーシャだよ」
「マジか。ツバーシャは19歳のお姉さんのはずだろ。女子大生に会える気分で俺はここまでやってきたんだぞ」
「ジョシダイセイって何なのさ。とにかくあの子がツバーシャなんだよ。ワケあってね」
再び女の子に目を向ける。やはり五歳児にしか見えない。
五歳児はガルナの持つパン屋の袋を一瞥すると、
「いいわ。とりあえず入って。でも歓迎はしない。お土産を無駄にしたくないから家に入れるだけよ。お茶とお菓子くらいしか出さないから」
それは歓迎というのでは?




