57.俺とあの子とあの子への約束
「1000倍速×全力突撃=邪魂穿滅突貫弾!」
深沙央さんの必殺技が巨大化したメレケイオンに放たれた。
だけど跳ね返されてしまった。
「そんな! 私の最高速度なのよ!」
それだけ硬いってことか。メレケイオンは街のほうへ向かっていく。
「まずいぞ。あんなバケモノが住宅地や商店街に現れたら……」
「マーヤのときみたいに腕輪を壊せばいいんだけど」
腕輪が見当たらない。きっと体内のどこかだ。
「私がもっと早く動ければ、攻撃力も上がるのに。ここに聖剣があれば……」
「ミサさん、いえ深沙央さん。速度を上げられれば、なんとかなるのね」
「トーワ、加速の補助魔法が使えるの?」
「ぶっつけ本番だけど、やってみるわ。王都はクエナと私が初めてデートした場所。壊させるワケにはいかない!」
「お願いするわ。康史君、魔剣を借りるわよ!」
深沙央さんは魔剣を手にすると、街へ向かうメレケイオンのあとを追った。
トーワは深呼吸すると詠唱を始めた。
「風の精霊よ。かの者の背に祝福の追い風を。サイクロンムーヴ! 続けて唱える。大気の精霊よ。かの者の前から不可視の壁を取り払え。エアーディバイダー! 重ねて唱える。狼の霊魂よ。かの者に困難を走破する瞬足を与えたまえ。ウルフェンルクスエフェクト!」
ここまで詠唱したトーワは膝をついてしまった。魔力を急激に消耗させたからだろう。
「大丈夫か!」
「くぅぅ。まだよ。重ねて唱える。大地の精霊よ、かの者が勝利をつかむため、地の楔を解き放ちたまえ。グラビティアブレイカー!」
すると……深沙央さんの鎧は金色に輝きだした。
「成功したわ。100倍の速さよ。でも効果は長くない。深沙央さん、悪い吸血魔を倒して!」
「わかったわ!」
深沙央さんはメレケイオンに追いつく。
「聖式魔鎧装1000倍速×魔法効果100倍速=10万倍速! さらに!」
ここで魔剣を構える。
「10万倍速×魔剣両手持ちの突撃=黄金流星悪滅破!」
深沙央さんが光になってメレケイオンを貫通した。もう目には見えない。見えるのは深沙央さんが通過したあとに残る『光の残線』。光の線がメレケイオンの巨体を何度も貫いていった。
気がつけば光を失った鎧の戦士が目の前に立っていた。
「深沙央さん?」
「終わったわ」
メレケイオンは大爆発を起こした。
「波津壌気! 波津壌気! 波津壌気!」
クエナの傷は塞がらない。それでも魔力を放ち続けた。
「もうやめて。康史君」
鎧を解いた深沙央さんがクエナに近づいて、身体の数か所を指で突いた。
「深沙央さん?」
「別の異世界で習った技よ。でも、ごめんなさい。痛みを和らげることしか出来ないわ」
クエナの呼吸は穏やかになり、人間の姿になった。
「深沙央さん、康史さん。ありがとう」
「クエナ……」
「トーワは……どこ?」
「ここにいるわ」
「別れるなんて言ってゴメンね。本当はずっと一緒にいたかった」
「わかってるわ」
「あと……いつまでたってもパンが不味くて、ゴメンね」
「……それでも、よかったのよ。ずっと私に焦げたパンを食べさせなさいよ」
俺は深沙央さんに聞いた。
「クエナをこのまま死なせちゃいけない。治せないのなら、ドラゴンのように同化することは出来ないのか」
「ドラゴンのような超越的な生命体や、アラクネのように強い魂と魔力の持ち主なら可能よ。でもクエナは吸血魔とはいえ、普通の女の子なの」
俺はクエナの身体に手を触れた。
「康史君?」
「波津壌気の逆をやる。放つことが出来るのなら吸収することだって出来るはずだ。致命傷は俺が引き受ける。だから死ぬな、クエナ」
吸い取ることをイメージするんだ。この世界に来て色んなことが出来るようになったんだ。今回だって……きっと。
でも変化は起きなかった。俺の体は熱くなっていくのに、何かが変化しているハズなのに、クエナは傷だらけのままなんだ。
「どうなってんだ。波津壌気の逆なんだ。簡単なことなんだ。なんで!」
「もうやめるのよ、康史君」
「ここでやめられるか。クエナがこんな最期を迎えていいはずないだろ!」
「やめろ!」
深沙央さんに殴られて、吹っ飛ぶ。初めて彼女に殴られた。
「お願い。二人にさせてあげて」
「…………」
俺はクエナとトーワの最後の語らいを見ていることしかできなかった。
そして……会話がトーワの独り言に変わり、それも無言になった頃。
外傷で死んだ吸血魔のクエナは、灰になって風に溶けていった。
メレケイオンとの戦いのあと、やってきた王国軍に事情を説明した。
そのあとは軍本部でバラケッタ中尉に会い、ここでも事情を説明した。
「二人とも、ご苦労だった。これで学院の生徒も安心するだろう。潜入捜査もこれで終了だ。元の生活に戻ってくれ。感謝する」
犯人のメレケイオンは倒した。テントウムシ型の吸血魔は無関係の通り魔だということになった。
これで一件落着……とは言い難い結末になってしまった。
「中尉。もう一度だけ学院に行っていいかしら」
「心配するな。学院長には軍のほうから伝えておく。それとも寮に私物があるのか?」
「違うの。仲良くなった子たちにサヨナラを言いたくて」
「わかった。学院側には伝えておこう」
中尉の許可を取った俺たちは学院に向かった。学院についたときには、もう昼前だった。
「遅刻もいいところよね。出席は午後からにしましょう」
「うん」
昼休みになり、俺たちはマリッパとリヨネ、サッチャーにお別れを言った。さらに正体も明かしておいた。この三人は今後も縁がありそうな気がしたからだ。
一番別れを惜しんでくれたのはマリッパだった。
「そんな。これからいっぱい漫画を教えてくれると思っていたのですよ」
「また会えるわよ。普段の私たちは王都にいるし」
「では。では王都の貸し本屋さんに来てほしいのですよ。学院の休みの日はそこで仲間と本を作っているのです。休みの日は自由に外に出られてマリッパは嬉しいのです。これもココアちゃんとミサちゃんのおかげなのです」
「ありがとう。ところで、トーワの姿が見えないみたいね」
「トーワちゃんはお休みなのです。昨夜の吸血魔騒ぎと関係があるのでしょうか」
クエナが死んでから、まだ一日も経ってない。授業なんて受けている余裕はないんだ。
俺たちは午後の授業を受け、ドトーナ先生とキャリバン先生に挨拶して寮に帰った。
トーワの部屋の扉をノックする。返事はなかった。
「管理人さんが言うには、外出はしていないそうよ」
俺は扉の向こうのトーワに声をかけた。
「トーワ。俺は上手いこと言えないけど……俺は人間と吸血魔の戦いを終わらせる。吸血魔の悪者を倒して戦いを終わらせる。純血党も潰す。そして良い人間と良い吸血魔が平和に暮らせる世界のきっかけを作る。トーワとクエナのおかげで吸血魔を倒すことが出来たよ。協力してくれてありがとう」
やはり返事はなかった。
「今は時間が必要なんだわ」
扉の前を離れて、学院長室に向かう。そこで挨拶をすれば生徒役は終わりだ。
「康史君も、辛かったら休んでいいのよ」
「平気だよ」
本当は平気じゃなかった。
これまで世界を平和にしたいとか言っておきながら、それはただの理想論だったんだ。俺の世界の話ではないのだから、どこかで気楽に構えていたのかもしれない。
自分の世界に戻るための手段が『平和』だっただけなんだ。
身近な子が死んで、人間と吸血魔の争いを終わらせる必要を真剣に感じた。
でも誰かが死んでからでは遅いんだ。
深沙央さんの首が斬られたとき、自分の弱さを責めていたはずなのに、気が緩んでいたんだ。
「こういうのは、何回味わっても慣れないモノよね」
「深沙央さん?」
そうか。深沙央さんは、これまでに行った異世界で多くの仲間を失ったんだろう。何回も。
深沙央さんだってクエナを失ったことは辛いんだ。だったら俺だけ沈んでいる場合じゃない。
彼氏として明るく振る舞わねば。もっと強くならなければ。
扉が開く音がした。
「康史さん、深沙央さん!」
トーワだった。
「私、最高の魔法士になるわ。だから、それまではアナタたちが戦って。悪い吸血魔を倒してクエナのような子を助けてあげて! 約束よ」
俺は女体化のせいで未だに聞き慣れない高い声で応えた。
「ああ、約束だ!」
女学院潜入編・完
次回から新章です。




