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56.悲しむあの子を引き留めたい

 深沙央さんは空を飛ぶ鎧スカイダンサーを装着すると、俺とトーワをつかんでパン屋へ急いだ。


「クエナ!」


 店には誰もいなかった。


「クエナ! クエナ!」


 トーワは叫ぶが誰も出てこない。


「帰ってきているのか!」


 外からやってきたのは親方だった。汗だくだ。


「クエナはいないんですか?」

「お嬢さんたちか。メレケイオンがまたやってきてクエナに何か吹き込みやがった。それで……クエナはこんな手紙を置いて」


 手紙を要約すると、トーワを殺されたくなければ今の生活を捨てろとメレケイオンに脅迫されたとあった。


「クエナを連れ戻すぞ!」


 俺は表に出て波津壌気・感知バージョンを放出する。

 吸血魔の気配……この辺りにないのなら、もっと遠くまで……


 そうすると多数の吸血魔を感知してしまった。

 ドトーナ先生は言っていた。王国には善良な吸血魔が素性を隠して大勢暮らしているって。クエナだけを感知することなんてできない。


「くそっ」


 かつてマーヤが俺たちのもとを出ていったとき、女子たちが追いかけて引き留めていた。そのときの俺は何も出来ずに見ているだけだった。

 今度は俺も引き留めたい。傷ついて去っていく子を、このまま見過ごすわけにはいかないんだ。


「もう一度、波津壌気・感知!」


 今度は人間か吸血魔かを感じるんじゃない。悲しい心を感じるんだ。


「見つけたぞ。王都の西側の空き地だ!」

「迎えに行きましょう。親方さん、もうすぐキャリバンという先生が来ます。私たちを追ってくるように伝えて下さい」


 俺たちはクエナを追った。


 俺とトーワはスカイダンサーの深沙央さんにつかまって、空からクエナを探した。

 西の空き地には五人の男とカブトムシ人間の吸血魔がいた。トーワが叫ぶ。


「あの吸血魔はクエナよ。様子が変だわ!」


 空き地に降りたつ。吸血魔に変身していたクエナは血まみれだった。

 ガラの悪い四人の男は刃物を手にしている。よく見れば血がべったりとついていた。

俺たちはクエナに駆け寄る。


「波津壌気!」


 クエナを治そうとしたけど……どうしてだ。治らない。


「どうしてこんな事をするのよ!」


 深沙央さんが男たちを問い詰めた。


「どうしてって、コイツは吸血魔だぞ」

「良いことをしてるんだぜ。そのうえ金までもらえる」

「へへへ。強盗稼業に比べれば社会貢献だ」


 深沙央さんは男たちに近づいていく。


「待ってくれ深沙央さん」


 波津壌気・感知……


「やっぱりだ。その男たちは人間だ。奥にいる男だけが吸血魔なんだ」


 奥の男が近づいてきた。


「その娘は不純の象徴だ。生まれてきたことを後悔してもらわなければならない。生の最期に、人間とはどういうものか知ってもらおうと、人間の手で殺してやっているのだ」


 この声はメレケイオン。人の姿をとっているのか。


「奥の男は吸血魔よ。オマエたちは騙されているのよ!」


 深沙央さんは男たちに訴えたものの


「何言ってんだ、この鎧の女。金さえもらえれば雇い主は誰でもいいんだよ」

「メレケイオンさん、こいつらも殺っちまっていいか」


 なんて人間だ。深沙央さんは鎧の翼を広げると男たちに突っ込み、衝撃波で吹き飛ばした。

 宙を舞い、落ちてくる男たち。


「あとはオマエだけよ。メレケイオン!」

「ふんっ。これまでなら逃げ出していたところだが、今のオレは上級に進化している。もうキサマには負けん!」


 上級に進化だと。キャリバン先生を吸血魔にしたのはコイツだったのか。

 メレケイオンは吸血魔の姿になった。手には大きな腕輪が付いている。


 たしか以前、マーヤに無理やり付けられていた腕輪にそっくりだ。あの腕輪のせいでマーヤは吸血魔の衝動が強くなり、暴走してしまった。


 腕輪を自慢げに撫でまわすメレケイオン。


「まずは鎧の女。斬り刻まれた礼だ。上級の力をとくと味わえ!」


 姿を周囲に溶け込ませたメレケイオンは深沙央さんに攻撃を加え始めた。


「姿が見えないんじゃ反撃できないわ!」

「ハハハ。上級になったオレの変色持続時間は延長。さらに変色精度も向上。見つけることは出来まい」

「だったら波津壌気・感知!」


 俺の魔力がメレケイオンの居場所を捉えた。魔剣を投げつける。


「グエしゅギャアアアああ!」


 魔剣が刺さり、姿を現すメレケイオン。


「今だ。深沙央さん!」

「チェンジ! ソードダンサー900倍速!」


 高速で突っ込み、その勢いで突き刺さった魔剣を押しこんだ。メレケイオンは貫かれ、倒れた。


「死なないでクエナ!」


 トーワは必死に治癒魔法をかけ続けている。だけど傷はふさがらない。血がどんどん流れ出ていく。

 クエナはとても苦しそうだ。


「どうして魔法が効かないんだ!」


 俺も加わって波津壌気を放つものの、変化はない。ついにトーワは治癒魔法を唱えることをやめてしまった。


「トーワ、諦めるなよ。トーワ!」

「よして康史君。トーワは知っているのよ」

「何をだよ」


「治癒魔法は、薬や手術で治せる怪我や病気を早く治せるだけの魔法。あくまで回復力を加速させるだけなのよ。全治数週間や数ヶ月の傷病者は治せても、致命傷を負った人までは治せないの。康史君の波津壌気も例外ではないわ」


「そんなこと、やってみないと!」

「康史君」

「ここでクエナを死なせたらメレケイオンの思いどおりになるだろ!」

「ははは。オレの勝ちってことだなぁ!」


 メレケイオンは立っていた。魔剣を体から引き抜いて放り捨てると、傷は塞がっていく。


「これが上級の力か。感謝するぜマンティス様!」

「オマエさえ! オマエさえいなければ! 光よ、邪悪に裁きの矢を。フラッシュアロー!」


 トーワが怒りの魔法矢を放つ。メレケイオンに突き刺さったものの


「効かねえよ」


 貫通したそばから再生してしまう。


「クエナだけでは可哀相か。当初の予告通りトーワという娘にも死んでもおう」


 迫るメレケイオン。だが、足が止まった。


「なんだ? 腕輪が熱い。いや、全身が……ウギョオオオオオ!」


 メレケイオンは苦しみだした。


「暴走しているんだわ!」


 そういえば腕輪をつけられたマーヤも暴走していた。


「こんなはずでは。マンティスめ、オレを実験台にしやぐわってぬあくわぁっ」


 メレケイオンの筋肉は膨張を始め、巨大なカメレオンに変貌した。

 屋敷と同じくらいの大きさだ。四足は柱のように太く、かつて潰されたという右目は回復している。


「ひぃぃぃ!」


 さっきまで苦痛で倒れていた男たちは、それを目にすると血相を変えて逃げだした。

 巨大メレケイオンは大蛇のような舌を伸ばし、男たちを絡めとると食いはじめた。自我を失っているのか?


「1000倍速×全力突撃=邪魂穿滅突貫弾!」


 深沙央さんは回転しながらメレケイオンに突っ込む。

 バシンっ!

 だけど跳ね返された。反撃やカウンターを受けたのではなく、単純に跳ね返ってきたのだ。


「そんな! 私の最高速度なのよ!」


それだけ相手は硬いということだった。


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