55.仕掛けられた罠
女学院潜入編4日目。
主人公は男に戻っています。
通行人が逃げ惑う先にはクエナが倒れていた。胸から腹にかけて出血している。
「クエナ!」
「トーワ……」
傷は浅そうだ。
「王都中を探しまわって、やっと見つけたぞ吸血魔!」
クエナの前には冒険者風の男がいた。男の剣からクエナの血が生々しく滴っている。
「やめろ。この子は人間に危害は加えないんだ!」
「言いなさい。どうしてこんな酷いことをするの!」
深沙央さんは男の前に立ちはだかった。
「どけ。そこの女は吸血魔だ。だから成敗する。どかないと吸血魔の仲間ってことで王国に通報するぞ」
「ええ、仲間よ」
「あ?」
「どうしてクエナが吸血魔だということを知っているの?」
「それは……なんでオマエにそんなこと言わなきゃなんねーんだよ! どけ」
男は深沙央さんの肩を押そうとした。それを深沙央さんはひらりと避けると殴りとばした。
「邪魔する気か。オマエから斬ってやる!」
深沙央さんはアイテムバッグから剣を取り出すと、あっという間に男の持つ剣を跳ね飛ばした。
「クエナ、しっかりして」
トーワがクエナに治癒魔法をかける。
「よし、俺も。波津壌気!」
クエナの傷はあっという間に塞がった。
すでに深沙央さんは男を組み伏していた。
「さぁ言いなさい。どうしてクエナのことを知っているの」
「オマエら、なんなんだ」
白状しない男に、俺はアイテムバッグから男爵の勲章を出して見せた。
「げっ……貴族だと」
「教えてくれ。どうしてこんな事を」
「うう……冒険者ギルドに依頼が来たんだ。その女は吸血魔だから殺してくれっていう差出人不明の依頼書が、似顔絵と金と一緒に。ギルドとほかの冒険者は怪しいからって手を出さなかったが、俺は仕事がないから受けてみたんだ」
依頼主はもしかしてメレケイオンなのか。
「ほかには」
「ほかのことなんて知らないぇ」
深沙央さんは拳を振り上げるそぶりを見せたけど、男は痛がるばかりで、それ以上のことは言わなかった。
「いいように利用されただけみたいね」
「……波津壌気」
俺は男の体を治してやった。
「オマエ、オレを治してくれるのか」
「もうこんな事はやめろ。怪しい依頼に手を出すな」
「わかった。だから見逃してくれ」
男は去っていった。
「もう大丈夫よ、クエナ」
「うん……」
トーワに寄りかかるクエナ。傷は治っても、破けた服は元には戻らない。血がベットリと染み込んでいる。
なにより心は傷ついたままだ。
「あ……」
クエナが首から下げていた恋愛成就のお守りは、真っ赤に染まり、斬り裂かれてしまっていた。
そのあとは、とてもデートを楽しめる雰囲気ではなくなってしまったので、二人を帰すことになった。
三人でクエナをパン屋まで送っていく。俺は深沙央さんに聞いた。
「クエナを一人にさせて大丈夫かな」
「心配ないわ。今朝、中尉にクエナの事情を話したら護衛をつけてくれるって。軍には善良な吸血魔の将校がいるくらいだから、偏見は持っていないそうよ」
それは良かった。俺たちはパン屋の前までやってきた。
「康史さん、深沙央さん、今日はありがとうございました」
「私たちも楽しかったわ。でも、その……トラブルが起きてしまったわね」
「俺たちがもっとしっかりしていれば。本当にゴメン」
クエナは首を振った。
「それにトーワもありがとう」
「私も、ありがとう。次は二人で出かけることはできるかしら」
するとクエナは笑顔で……首を振った。
「トーワ。やっぱり、これ以上会うのは、やめにしよう」
学院寮の自室。女体化中。
あのあとクエナはパン屋に帰ってしまい、俺たちは寮に戻ってきた。
今回のデートは失敗だった。二人には悪いことをしてしまった。
「謝ろう」
俺はトーワの部屋を訪ねた。
「今日は本当にごめんなさい」
「いいのよ。クエナが別れを切り出したことは何回もあるから」
「え?」
「入って」
トーワの部屋は魔法の本がたくさんあった。クエナを守るために努力しているんだ。
「クエナは学院の生徒が襲われるたびに自分のせいだと責めていたわ。その度に、あの子は私と二度と会いたくないと言ってきた」
トーワは恥ずかしそうに笑む。
「でも私はあの子が好きだから、無理やり会いに行って、勢いに任せて関係を戻していた。今回も時間が経てば落ちついて元の関係に戻ると思う。だから気にしないで」
「そうか」
「ところでアナタの治癒魔法なんだけど。すごいわね。一瞬で傷を治せる」
「うん。魔力の放出の師匠がいるんだ。その人のおかげで出来るようになったんだ」
「その力があれば私もクエナを治せるわ。いつかアナタみたいになりたい」
好きな人を守るためか。なんだか俺と似ている気がする。
そこで俺はひらめいた。学院はもうすぐ夏休みだ。トーワもモシマル師匠のところにいけば、魔力の効率的な放ちかたを学べるかもしれない。
「トーワ、もし良かったら……」
そのとき、扉が突然開け放たれた。
「トーワ・サルバトロン……逃げろ……」
キャリバン先生だった。様子が変だ。目がうつろで、口から牙が生えていている。
これは吸血魔になりかかっている症状だ。
「うがあああああ!」
先生は俺たちに襲いかかってきた。これまで吸血魔に噛まれていた生徒は、みんな人間のままだった。メレケイオンが上級の吸血魔ではないからだ。
でも先生は吸血魔になっている。すると上級の吸血魔が新たに現れたのか?
「ワケわかんねーよ!」
俺は先生を殴りとばした。それでも先生は痛みを感じないのか、暴れるのをやめない。
「下手に攻撃できないし。どうすれば」
狭い部屋の中だ。トーワは逃げ場を失ってしまった。
「40倍速!」
キャリバン先生は体当たりを喰らうと、壁にぶつかって動かなくなった。そこには鎧を纏った深沙央さんがいた。
深沙央さんが血を飲ませると、キャリバン先生は人間に戻った。
「ここは……」
「先生、何があったんですか」
「そうだ。トーワ・サルバトロンは無事か!」
先生はトーワの姿を見ると安堵した。俺は聞いた。
「何かあったのか教えてくれませんか」
「それは……軍の機密事項だ」
「軍? 俺たちも軍の関係者みたいなものです。潜入捜査でやってきたんです」
俺は証拠として、中尉から渡されたアイテムバッグを見せた。
「それは軍の試作品マジックアイテムか。そうか、オマエたちも。どうりで強いわけだな」
「先生?」
「ああ。私は元騎士ということもあり、軍から事件の解決を頼まれていたのだ」
「俺たちはてっきり先生が吸血魔、あるいは仲間かと思っていましたよ」
「バカな!」
俺はマリッパの噂話を聞いてみた。
「じゃあ最近遅刻が多かったり、連絡が取れないっていうのは?」
「軍へ報告に行っていたからだ」
「生徒のあとをつけまわしているっていう噂は?」
「くだらん! 護衛の一環だ。その翌日に生徒が襲われてしまったのは悔しいが……」
「気配もなく俺たちのうしろにいたことがありましたよね」
「私は特殊部隊の騎士だったのだ。そんなことより大変なことになったんだ!」
そうだった。どうして先生は吸血魔にされたんだっけ。
「軍から生徒を襲った吸血魔の情報を聞き、パン屋の前を見張っていたのだ。なぜパン屋なのかは知らないが、情報通りカメレオンの吸血魔が現れた」
「どうなったんですか?」
「戦ったが噛まれてしまった。吸血魔は、次はトーワ・サルバトロンを狙うと言って逃げていった」
「それでトーワを守りに来てくれたんですね」
「ああ。吸血魔にされたとはいえ生徒を襲ってしまうなんてな……」
それにしても、先生が戦ったメレケイオンは中級だったはず。
どうして先生は噛まれたあとに吸血魔になってしまったんだろう。
「康史君、トーワ。クエナのもとに急ぐわよ」
「深沙央さん?」
「これは罠かもしれないわ。いまクエナのまわりには護衛がいない。トーワの次はクエナ自身が標的になるかもしれないわ」




