53.あの子はあの子を守りたい
女学院潜入編の三日目の夕方。パン屋にいます。
主人公は女体化中。
康史の偽名→ココア・コーヤマン
深沙央の偽名→ミサ・ミクライアン
俺と深沙央さんが軍の関係者であることを明かすと、クエナとトーワはパン屋の奥に招いてくれた。
「くそうっ。メレケイオンの野郎、また現れやがったか」
パン屋の親方は悔しそうにテーブルを叩く。
「親方さん。あの吸血魔のこと、知っていたんですか」
「まぁな。それにしてもお嬢さんたちが軍の関係者だったとは」
「クエナさんは吸血魔だった。親方さんも?」
「俺は人間だ。それにクエナは決して悪い子じゃない。人間は襲わない。信じてくれ」
親方に俺は言った。
「わかってます。俺の仲間にも良い吸血魔はいるし。第一、俺たちは学院の生徒を襲っている吸血魔を退治したいだけなんです」
「そうか。そうなんだな。すまねえ。あとクエナは吸血魔じゃない。吸血魔と人間のハーフだ」
「ハーフ?」
「クエナ。いいよな。教えちまっても」
まだ緊張が解けきってないクエナは、小さく頷いた。
親方は水を一杯飲むと、昔話をしてくれた。
「クエナの父親であるツクエルツと俺は冒険者だった。田舎の村で山賊や獣相手に用心棒をしていたんだ。ツクエルツは吸血魔の奥さん、それと娘であるクエナも村に連れてきていた。俺とツクエルツの家族。仕事はきついが、それなりに楽しい毎日だった」
そこまで語ると親方は顔を歪ませた。
「そのときアイツが来た。さっきの吸血魔のメレケイオンだ。アイツは吸血魔の純血を守るためとか言って、どこで聞きつけたのか、人間と吸血魔の夫婦であるツクエルツたちを殺そうとした。さらに不純の象徴だと言って幼いクエナまで手にかけようとしやがった」
当然、冒険者である親方とツクエルツさんは吸血魔と戦ったそうだ。でもツクエルツさんと奥さんは吸血魔に殺されてしまった。吸血魔はツクエルツさんに右目を潰されて、逃亡した。
結果としてクエナは幼くして両親を失ってしまったことになる。
「俺は死んだ二人の代わってクエナを育てることにした。いつメレケイオンが襲ってくるとも分からない村から離れて、王都でパン屋を始めたんだ。冒険者より安定した仕事かと思ったんだが、そうでもない。俺はいつまで経っても親らしい事は出来てないんだ」
クエナは泣きそうな顔で、親方に首を振った。
メレケイオンにとってクエナは不純の象徴で、右目の仇の娘ってことか。それで周囲に嫌がらせをしてクエナを精神的に追い込もうとしていた。なんてイヤなヤツだ。
「これで敵の動機が分かったわね」
「ああ。俺たちは少し見当違いをしていたみたいだ」
「見当違いって?」
俺と深沙央さんが頷きあうのを見ていたトーワが不思議そうに聞いた。
「うん。敵は純血党なんだから、てっきり吸血魔と学院の生徒が付き合っているのかと思っていたんだ」
トーワは少し俯くと、立ち上がった。
「その考えは間違っていないわ。私はクエナが好きだもの」
「ええ? トーワ?」
慌てるクエナにトーワは向き直った。
「ここでココアたちの言葉を聞きながしたら、自分に嘘をつくことになるわ。私はクエナを愛している!」
「何を言っているの? 私は女の子だよ。トーワも女の子だよ」
「クエナは、私が相手では、不満?」
「そ……それは……」
「クエナは私が守る。そのために自分を律して魔法の修練を重ねてきたのよ」
クエナの顔は真っ赤だ。でも視線は外さない。しっかりとトーワを見据えている。
トーワも顔が真っ赤だ。でもあとには退かない。クエナしか見ていない。
「二人の答えは出たようなものね」
深沙央さんがフフッと笑う。いつ、答え出た?
「よしっ。二人はデートするのよ!」
二人はもちろん、親方も驚いている。俺も。
「ちょうど明日は休校だもの。トーワとクエナはデートをするの。プランは私が考えてあげる」
「あのっ、私のせいで学院の方々に迷惑をかけてしまいました。これ以上の迷惑はかけられません。それにトーワにも。私は、王都を出ていきます」
「それは許さないわよ!」
深沙央さんは強く言った。
「クエナの青春を薄幸のまま終わらせるワケにはいかないわ。メレケイオンなんて所詮、クエナのラブストーリーの脇役。その程度のヤツに屈する必要なんてない」
「でも私とトーワは女の子です」
「愚問ね。運命の相手に出会えたっていうのに、相手が同性だからって無視していいモノではないわ」
「え……あの?」
ごめんねクエナ。熱くなった深沙央さんは誰にも止められないんだ。
「でも深沙央さん、またメレケイオンが襲ってくるかもしれないよ」
「そのときは私たちが倒せばいいわ。私たちもデートに同行するの」
「つまりそれは?」
「ダブルデートよ!」
こうして俺たちはダブルデートに行くことになった。
「まったく若い人には敵わねぇな」
親方は苦笑いを浮かべた。
「なんだか俺の彼女がすいません」
「いいって。あの状況で俺がクエナを慰めても、クエナの心は沈んだままだったろうさ。それを引き上げちまってデートだもんな。娘のこと、よろしく頼みますぜ」
パン屋をあとにした俺とトーワは寮への帰路についた。日はとっくに暮れていた。
深沙央さんは屋敷に戻って準備があるとかで、
「いい? 明日は必ずデートよ。私がクエナを連れていくから、康史君はトーワさんを連れてきて。絶対よ」
喜び勇んで駆けていった。
「ありがとう」
トーワが唐突に言った。
「貴女たちのおかげでメレケイオンからクエナを守れたわ。今日だけじゃない。ミサさんがマヨネーズを教えてくれたおかげでクエナのパン屋は繁盛した。貴女たちがいなければ今ごろ私は騎士クラスとの決闘でケガをしていた。本当にありがとう」
「いいって」
お硬い委員長だと思っていたトーワから礼を言われると、なんだか対応に困ってしまう。
トーワが俺の顔をジッと見る。
「なに?」
「まさか男子だったとはね」
しまった。これはもう潜入捜査に支障をきたすとか、そんなレベルの問題じゃない。
どんな理由があろうと、俺は女の姿で女子校の寮に忍び込んでいた変態なんだ。
「し、信じてくれ。俺はみんなが使っている浴場だけは入ったことはないんだ」
トーワの表情は変わらない。眉毛も微塵と動かない。
俺は相当焦って挙動不審者のように首と手を振って否定した。
「クスっ。アハハハハ」
トーワが大声で笑っている。初めて見た。
「本当に、いびつなのね。いいわ。みんなには黙っておいてあげる」
「あ、ありがとう」
よかった。胸をなでおろす。だけどトーワは再び俺のほうに向きなおった。
さっきよりも真剣な表情だ。
「明日はデートなのよね」
「うん」
「私、デートなんて初めてで……」
「そういえば、俺もだ!」
「どんな服を着ていけばいいの?」
そうだった! 一体どうすればいいんだ。学院で誰か相談できる人は……見当つかない。
このあと二人でメチャクチャ悩んだ。




