52.そうか。キミが吸血魔だったのか
女学院潜入編三日目の夕方。
主人公は男に戻っています。
屋敷から学園へ向かう途中です。
俺と深沙央さんは寮に戻るために街の中を歩いている。
深沙央さんのアイテムバッグには十体を超えるヌイグルミ軍団がくっついていた。すべて屋敷の女子からプレゼントされたものだ。
「重そうだね」
「ええ。こんなにあると校則に抵触しそう。日替わりで一匹ずつ付けることにするわ」
俺のアイテムバッグにはパティアがくれたヌイグルミのほかに、マーヤがこっそりと渡してくれたヌイグルミがある。こちらはとても上手に出来ていた。
数こそ深沙央さんには及ばないけど、じゅうぶん嬉しかった。
「あれは何の行列かしら」
近づいて見ればパン屋の行列だった。ノボリには『エビマヨサンド新発売』『イモマヨサンド、レタスマヨサンドもあります』とある。
するとここは、以前マヨネーズのレシピを教えてあげた親方の店のようだ。
「繁盛してるみたいだね」
「丁度いいわ。私たちってお昼ご飯を食べていないでしょ。ここで買って食べましょうよ。康史君は席を取っておいて」
パン屋の前にはテーブルと椅子が何組も置いてある。深沙央さんが列に並んでくれたので、俺は席を確保する。
すると隣のテーブルに女の子が座った。見てみると
「トーワ!」
「え? どなた?」
しまった。今の俺は男の姿だった。この姿だとトーワとは初対面だ。
「いえ、人違いでした」
俺は慌てて逆方向を向く。でも視線を感じる。
おそるおそる振り向くとトーワはジッと俺のことを見ていた。俺はたずねる。
「あの、何か?」
「あ、いえ。クラスの女の子と似ていると思ったから。なんでもないわ」
そう言うとトーワは視線を逸らした。きっと女体化したときの俺のことを言っているんだな。
「その女の子って、どんな子なの?」
どんなふうに思われているんだろう。そう考えて、つい聞いてしまった。
「え? そうね。最近留学してきた子なんだけど不思議な子よ。なんだか気になるのよね」
もしかして男であることがバレてるんじゃないだろうな。
「気になるって?」
「いびつな感じがするのよ。まるで嘘の塊というか。チグハグな存在というか。ずっと気になってはいたの」
バレかかってるじゃないか。トーワは俺のバックに気付くと、途端に目を輝かせた。
「可愛いわ。それ」
どれ? ああ、バッグにつけているアラクネ猫のヌイグルミか。
「それ、もっと近くで見ていい?」
「うん」
俺はマーヤからもらったヌイグルミをバックから外そうとした。
「あ、そっちではないわ。もう一匹のほう」
え? もしかしてパティアがくれたヌイグルミを見たいのか?
渡すとトーワは顔を蕩けさせた。
「かわいい猫ちゃんね」
「よく猫だって分かったね」
俺には塊から足と尻尾が飛び出したモノにしか見えないんだけど。
「そうなオバケみたいなモノが好きなの?」
「ええ。歪なところが可愛い。特に愛嬌のない顔と、取って付けたような耳が最高だわ」
塊から上に伸びている謎の角は耳だったのか。よく見抜いたな。
あどけない顔でヌイグルミを眺めるトーワの意外性に見取れてしまう。
「昔からいびつなモノに惹かれてしまうの。留学生のことも決して嫌いなわけじゃなくて、気がつくと視線があの子に向かっているのよ。その子とは上手く話せたことがないけれど」
そういうことだったのか。そこへクエナがやってきた。
「お待たせトーワ。御注文の品を持ってきたよ」
テーブルにイモマヨサンドとスープが並べられた。
「ごめんね待たせて。急に店が繁盛しちゃって」
「喜ばしいことよ」
トーワはイモマヨサンドを一口食べる。
「このパンはクエナが作ったものじゃないわね」
「うん。店に出すにはまだ早いって、親方が」
「それでもたくさんパンを作らないと上達しないわ。私はクエナに立派なパン屋になってほしいの」
「あの……出来たてじゃないけど、練習用に作ったパンなら店の奥にあるの」
「今日私はいろいろあって、とてもお腹がすいているわ。魔法もたくさん使ったの。このパンだけでは夜まで持たない」
「ありがとうトーワ。すぐに持ってくるね」
クエナは満面の笑みを浮かべながら店に走っていった。トーワはイモマヨサンドを黙々と食べ始めた。この二人は仲が良いな。なんだか微笑ましい。
「うわぁ! 吸血魔が出たぞ」
通行人の叫び声で目を向けると、カメレオン人間の吸血魔がいた。逃げ惑う人々の中でクエナが座りこんで動けなくなっている。吸血魔はクエナを標的にしてジリジリと迫っていた。
「散々周囲の人間が傷ついてきたというのに、キサマは懲りずに笑顔を作れるのか。堪えていないのならば、キサマが真に大切にしている者を殺さねばなるまいな」
吸血魔は店の奥にいる親方に視線を向けた。
「クエナ! 逃げて!」
トーワがクエナに駆け寄る。
「やはりオマエだったのね! よくもクエナを! またオマエはクエナを!」
「トーワ、来ちゃダメ!」
吸血魔はトーワに視線を変えた。
「キサマの大事なものは、あの娘のようだな」
吸血魔は跳躍すると、トーワに襲いかかろうとした。
「死ねい!」
「もうあの頃の弱い私ではないわ。光よ、邪悪なるものに裁きの矢を。フラッシュアロー!」
トーワの魔法の矢が吸血魔に放たれた。
「その程度か!」
数発命中したものの、急所はガードされて、勢い衰えずに突っ込んでくる。
吸血魔はヨダレが滴る長い舌を伸ばして、トーワに差し向けた。
「きゅあっ」
「させるかよっ」
俺はアイテムバッグから魔剣を引き抜くと、長い舌を切断した。
「ギギャエえェェぇェェ! よくも自慢の舌を!」
「舌を掻っ切ることができる人間はここにもいるわ」
吸血魔の背後には翠色の鎧マリンダンサーを纏った深沙央さんがいた。
「水転迫刃・重弾幕の陣!」
マリンダンサーの周囲には幾つもの、手の平サイズの水の円盤が出現した。その全てがノコギリ状の刃がついていて、高速回転している。
「その汚らしい舌、根元から切ってあげるわ。サービスで首も掻っ切ってあげる」
無数の水の円盤が吸血魔に向かった。
「ぎゃひぃぃぃぃ!」
攻撃を喰らった吸血魔は再び跳躍した。
「おのれおのれ……この右目さえ見えていれば、こんな攻撃など。クエナ! 必ずやキサマの大切な者を壊してやる!」
吸血魔はいきなり姿を消した。
「アイツは魔術師なのか?」
「違うわ。姿を周囲に溶け込ませたのよ」
そうか。カメレオンだもんな。
「康史君、あれを」
「そうか。波津壌気、感知バージョン!」
周囲には既にカメレオンの吸血魔の気配はなかった。逃げられたんだ。でも……
「康史君?」
「吸血魔はもういないよ。たった一人を除けばな」
俺はトーワに立たせてもらっているクエナを見た。
「そうか。キミが吸血魔だったのか」
「トーワさん、さっきの吸血魔は学院の生徒を襲っていたヤツに特徴が似ていたわ。お願い。話を聞かせてちょうだい」
「えっと……あなたたちは何者なの?」
トーワが不審を抱くのも、もっともだ。
深沙央さんは変身を解除して、俺は同化したドラゴンに頼んで女体化してもらった。
「そう……あなたたちだったのね」
トーワは驚愕の眼差しで俺たちを見ていた。




