5.俺と彼女とアホ勇者
俺たちは廃城へ向かった。
「もしかしたら女の子を連れ去った吸血魔が帰ってきたのかもしれないわね」
俺も深沙央さんの意見に同意だ。
シーカは女の子たちだけを残すことはできないと言って駐在所に残った。でも俺に剣を貸してくれた。
「どうしてアラクネがついてくるんだ」
俺のあとを元魔王の紫毛の猫、アラクネがついてくる。
「面白そうだからね。ちなみにアタシは本来の力を取り戻してないから、戦うことはできないよ」
観戦目的ってわけか。俺は前を行く三人組に視線を移した。
「それにしたって、なんであいつらまで来るんだ?」
駐在所で騒いでいた勇者候補一行。あいつらも吸血魔退治に同行している。
俺の声が聞こえたのか、魔法使いのお姉さんが振り向いた。足を止め、申し訳なさそうに俺たちが追いつくのを待っている。
「すいません。弟が迷惑をかけてしまって」
お姉さんの名前はメグ・アソシエイト。駐在所を出るときに自己紹介してくれた。あの不快な勇者男の姉だという。
「弟はアルマノリッヒの当主から多額の前金と上等な装備を受けとっています。それなのに魔王は他人に倒され、誘拐された御令嬢は既に奪還されていた。帰るに帰れず、なにかしらの功績を立てたくて焦っているのです」
「そうだったんですか」
「本当に、うちの愚弟が申し訳ありません」
頭を深々と下げるメグさん。可哀相に思えた俺は話を変えた。
「この世界に吸血魔って、どれくらいいるのかな」
待ち受けている吸血魔がニセ魔王の側近のイヤウィッグとは限らない。するとメグさんは意外そうな顔をした。
「たくさんいます。国家規模です」
「そんなに!」
俺と深沙央さんの使命。それは吸血魔を倒すことだと思っていたけれど、これでは元の世界に帰れるのはいつになる事やら。メグさんは続けた。
「吸血魔の国は、もともとは人間と異なる人種、亜人の国家という認識でした。彼らは血を吸う特性はあるものの、血を吸わなくても人間と同じく肉や野菜を食べて生きていけます。ところが数十年ほど前から勢力を拡大して近隣国に攻撃を仕掛けています」
「なんで急に」
深沙央さんやアラクネも俺と同じ疑問を持ったらしく、メグさんに視線を向けていた。
「上位の吸血魔が、噛んだ者を吸血魔に変えて自身の眷族にする、そんな能力を身につけたのです。これにより吸血魔は仲間を増やして周辺国に侵略を開始しました。この国も何度も侵略の危機にさらされました」
「だったら女の子たちは吸血魔にされたってことなのか」
俺は慌てた。助けた子たちは蜘蛛男爵に血を吸われていた。
「それは心配ありませんよ。駐在所でエリットさんやリエッカ嬢、ほかの子たちも見かけましたが、人間のままです。人間を眷族にできるのは上位の吸血魔だけ。たしか康史さんたちが倒したという魔王は偽物だったんですよね」
そういうことか。深沙央さんも蜘蛛男爵のことを弱いと言っていたもんな。俺はメグさんがジッと見てくるのに気付いた。
「何か?」
「いえ、本当に異世界からいらっしゃったんだな、と思いまして」
巨乳美人が見てくる。俺もメグさんのことをコソコソと見ていたので、やめろとは言えない。俺でよければ隅々までご覧ください。すると深沙央さんは不機嫌そうに言った。
「あ~あ、康史君と二人きりだったら聖式魔鎧装の飛行能力で、すぐに廃城までいけたのになぁ」
「派手に突入したら、また逃げられるかもしれないってシーカが言ってたじゃないか。それに今回は相手も警戒して罠を張っているかもしれない。慎重に徒歩で行こうって注意されたよね」
「ふんっ」
深沙央さん、原因不明の不機嫌。対応に困る俺をアラクネは楽しそうに見ていた。
――★★★――
廃城には二体の吸血魔がいた。一体は元魔王の側近イヤウィッグ。もう一体は両腕が四本の触手、全身が血のような赤にまみれた異形の化け物だった。
化け物の名は吸血魔オクトパ。女性の顔をしているものの、耳まで裂けた大きな口からは獣のような牙が露出している。
オクトパは部屋の隅でうずくまったまま動かない少女を見据えた。
「この小娘が例の?」
「その通りでございます」
イヤウィッグは答える。
オクトパは吸盤の付いた触手の一本を少女まで伸ばした。うねり曲がる奇怪な触手は少女のまわりを一周し、正面に来ると蛇が鎌首をもたげるように様子をうかがった。
「お尋ね者のスパイダを追ってきてみれば、人間なんぞに倒されたあとだし、魔杖は紛失しているし、上にどうやって報告すればいいものか」
「す、すいません」
何度も頭を下げるイヤウィッグ。
「異世界から来た勇者と名乗る二人組が突然現れまして、スパイダを葬ってしまいました。私は隙を見つけ次第、すぐに魔杖を奪って王に返却しようと考えておりましたが、不覚の至りでございます」
「信用できるかどうか」
「本心でございます。勇者と蜘蛛男爵の激戦の中、例の娘だけは連れて逃げねばと、それはもう命がけで」
オクトパの触手は少女の頬を舐めまわした。それでも少女は無反応だ。
「スパイダと倒したという勇者、強かったのかい」
「ええ、それはもう。測定器の水晶玉が壊れるくらいでした。おそらく今は近隣の村に潜伏しているかと。攻め込みますか」
「いや……」
オクトパは舌なめずりをした。
「私が森に仕掛けた結界に反応があった。もしかしたら勇者とやらが戻ってきたのかもしれないね」
触手が少女の頬を叩く。それでも無反応だ。イラついたオクトパは触手で少女を押しとばした。少女は悲鳴ひとつあげることなく、その目は宙を見たままだ。
「ちっ! 森に侵入した人間どもは楽しませてくれればいいがね」
――☆☆☆――
俺たちは廃城の前の森に入った。昨晩来たときは夜だったのと、深沙央さんの五十倍速の走力に引っ張られていてよく分からなかったけど、昼間なのに不気味な森だ。葉は枯れ落ちていて、鳥や虫の姿もない。
しばらく進んだときのことだった。
深沙央さんが急に止まった。
「気付いたようだね。勘は鈍ってはないみたいだ」
アラクネがそう言うと深沙央さんは叫んだ。
「みんな、止まって!」
俺とメグさんは慌てて止まる。だけどナヴァゴは止まらない。
「オレに命令するんじゃねーよ。オレの進撃は誰にも止められないっつーの」
仲間の大男があわててナヴァゴの肩をつかんだ。そのときだ。
「ふっふっふ。私の気配を読むとは、たいしたものだな」
何もないところから姿を浮かび上がらせたのはタコ人間のような化け物だった。
ナヴァゴは化け物を指さした。
「あっコイツ知ってるぞ。オレが唯一、取り逃した吸血魔だ」
「戦ったことがあるのか?」
オレの疑問にメグさんが答えた。
「魔術師オクトパ。冒険者のあいだでも有名な吸血魔です。強力な火炎魔法と八本の触手で攻撃してきます。ナヴァゴは取り逃がしたと言ってはいますが、あのとき逃げたのはこちらなんです。それ以降、オクトパ絡みの案件は避けてきました」
「あのときは調子が悪かったんだよ!」
ナヴァゴが抗議してきた。
「人間ども、この中にスパイダを倒した勇者ってヤツはいるのかい」
オクトパの言う勇者っていうのは深沙央さんのことだろう。復讐しに来たのか? 正直に答えていいものかと考えていると
「それはオレのことだ!」
ナヴァゴが名乗りを上げた。コイツ、手柄を横取りする気か。ナヴァゴは剣を引き抜いた。
「この装備を見てみろ。ネクスティ遺跡から持ってきた太陽の剣。この燃えるような光沢を! それに貴族から授けられたプラチナメタル製の青陽鎧。世界最強の防御力! それらを手に入れたオレを差し置いて勇者なんざ他にはいない!」
ふ~ん、そうなんだ。オクトパは触手をウネウネさせる。気持ち悪。
「オマエが勇者? まぁいい。遊んでもらうかね」
「康史君は下がってて」
深沙央さんが魔術師オクトパの前に出た。