48.彼女 俺をお風呂に誘う
女学院潜入中。二日目の夜です。
康史は女体化中。
康史の偽名→ココア・コーヤマン
深沙央の偽名→ミサ・ミクライアン
夜になった。寮の自室で考えこんでしまった。吸血魔のことは何の進展もない。
「どうすりゃいいんだろうな」
そのとき扉がノックされた。
「康史君」
「深沙央さん、どうしたの?」
「うん……」
深沙央さんは俺を抱きしめてきた。な、なんなんだ? もしかして昼間のリヨネの告白を目の当たりにしたせいで恋心に火がついたのか。
「いやぁ、まいったな」
「本当にまいるわよね。最近の暑さ。汗かきっぱなしよ」
「ん?」
「康史君、臭いわ」
深沙央さんは俺を突き離した。
「康史君は昨日もお風呂入らなかったでしょ。隠してもムダよ。匂いで分かるわ!」
そのために抱きついてきたのか。
「だって、ここは女子寮だぞ。しかも共同浴場。女体化しても俺は男だ。入るわけいかないだろう」
「だからってお風呂に入らないワケにはいかないわ。共同浴場とは別に、狭い旧式の浴場があるの。そこは人気がないみたいで誰も入らないのよ。そこならいいでしょ」
「でも、いつ女子が入ってくるか分からないだろ。入れるか」
「臭い彼氏の彼女の身にもなってみて。もし入るのが嫌なら……」
嫌なら?
「一緒に入ってあげるわ」
女子寮一階の隅の隅。そこに浴室があった。部屋一室分の広さで二畳ほどの湯船がある。
「女になってからの風呂は初めてだな」
自分の女体にドキドキしている暇なんてない。いつ女子が入ってくるか分からないのだから、さっさと洗おう。
そう思った矢先から、ドアが開いて一人の女子が入ってきた。タオルを纏った深沙央さんだった。きゃあっ。抗議しなくちゃ。
「外で見張っていてくれるんじゃなかったのか?」
「え? あ……ちゃんと身体を洗ってるか見張りにきたのよっ」
「ちゃんと洗うに決まってるだろ」
「でも、ちゃんと湯船に浸かって百数えるか見張らないと」
「こんな暑い日に百秒も浸かってられるか」
「……うん」
「……うん」
深沙央さん、顔が真っ赤だ。多分俺も。
俺と深沙央さんは言われるともなく、お湯に浸かった。何を意識してるんだ神山康史。バスタオル一枚なんて水着に比べれば露出度は低いじゃないか。
しかも今は肩から下はお湯で隠れている。ふふん、何てことはないさ。
「こんな穴場、よく知ってたね」
「……うん」
「吸血魔、今日も現れなかったね」
「……うん」
うんしか言わねぇな、俺の彼女さん。
やっぱり恥ずかしい。ほんの少し前まで普通の男子だったんだ。
お風呂での彼女との会話、なんて話せばいいのか分からない。
夏休みになる前に先生に質問しておけばよかった。
「あら、珍しいですね。生徒さんがここの浴室を使うなんて」
そこに入ってきたのはドトーナ先生だった。たしかに先生に質問したかったけど、バスタオル一枚で登場しないでくれ。
しかもバスタオルで身体を全集防御しているわけではなく、タオルを胸の前で押さえて、豊満なオトナボディを適当に隠している。
守りが甘い。もし女湯に女体化した男子がいたらどうするんだ。
ドトーナ先生が俺と同じ湯に入る。先生の身体の大きさだけ水かさが増す。
「ふぅっ。暑くても熱いお風呂は良いものですね」
俺は身体の各所が熱くなっております。
「お二人は学院には慣れましたか」
「はい。おかげ様で」
「はいぃぃぃぃ。おか、おかげさみゃで」
「それは良かったです」
本当は全然慣れていませんが。先生の身体は目に毒なので反対側を向く。そこには深沙央さん。
どうして俺は湯船の真ん中を陣取ってしまったんだ。
「ん?」
深沙央さんが何かに気付いた。
「ココアさん、そろそろ上がりましょう。のぼせちゃった」
「え? じゃあ上がろう」
「大丈夫ですか。医務室に連れて行ってあげましょう」
「そこまで辛くはありません。自室で休めばすぐに治ります。先生はゆっくり入浴していてください」
「でも」
俺たちが湯からあがると、ドトーナ先生も慌てて立ち上がった。先生のバスタオルが落ちる。それでも先生は気にしない。
のぼせてしまった深沙央さんを気遣うことで頭がいっぱいなんだ。
「本当に大丈夫です。ココアさんもいるので平気ですよ。おやすみなさい、先生」
深沙央さんは半ば強引に俺を連れて風呂から出た。
それにしても先生、良い裸だったな。いかん。このままでは脳が溶ける。
「どうしたの康史君。のぼせたの? 顔が赤らめているわ」
「え? それは深沙央さんだろ」
「あれは嘘よ。詳しいことは廊下に出てから話すわ。早く服を着て」
深沙央さんは既に服を着ていた。男子の期待を壊すほどの高速早着衣であった。
「どうして嘘なんてついたんだ? ドトーナ先生は本気で心配してたぞ」
「その先生のことよ」
俺たちは服を着て廊下に出た。
「先生からマーヤやスワロッテと同じ波動のようなものを感じたわ」
「波動?」
「駐在所や屋敷のお風呂でマーヤやスワロッテと入浴したときに、お湯を通じて吸血魔の独特な波動のようなものを感じたのよ。先生がお湯に浸かった途端、よく似た波動を感じたわ。人間の子と入浴しても、今までこんなことはなかったの」
深沙央さんは首をひねった。
「そこで康史君の波津壌気を使って確かめてほしいの。波津壌気を使えば周囲の人の位置がわかるのよね。その上、力の強弱も測ることが出来る。だったら人間か吸血魔なのか調べることはできないかしら」
「いきなり言われても。第一、波津壌気にそんな使い方ができるかどうか」
「人間と同じか、異なるか。これだけでも分かれば良いと思うわ」
「わかった。やってみるよ」
魔力を周囲に放出。今回は感知のみで治癒の効果はなし。
一応、女子寮のどこかに吸血魔が潜んでいるかもしれないから建物全体に魔力を向ける。
大きな魔力だと、魔法士の中には俺の魔力放出に気付く人間もいるだろうから、魔力は最低限にして……って難しいな。
深沙央さんは期待に満ちた目で俺を見ていた。ふぅっと呼吸を整える。やってやるよ。
「波津壌気! 感知バージョン!」
俺の魔力が広がっていく。広がった魔力は人にぶつかると跳ね返ってくる。近くにいる人間からは早く、遠くにいる人間からは遅く。強い人間から跳ね返れば強く、普通の人間からは、それなりに。
最初に跳ねかえってきたものは早く強かった。これは目の前にいる深沙央さんのものだ。
次に浴場から一つ、玄関の外から三つ。さらに寮の各方面から跳ね返ってきたものは生徒たちのものだ。
「何かわかった?」
「ああ」
目をつぶり、跳ね返ってきた魔力を精査する。
まずは浴場から。跳ね返ってきた魔力はリラックスしながらも運動中のような熱量を帯び、ノンストレスであることから頭脳労働ではなくルーチンワーク。
これは!
「なにが分かったの?」
「先生は今、身体を洗ってるぞ。きっと泡まみれだ!」
俺の感知能力スゲぇ! 精神を研ぎ澄ませれば、こんなことまで分かるのか。
深沙央さんの目はマジメにやれと言っているかのようだった。俺は黙って頷いた。
先生から跳ね返ってきたものと、ほかの生徒から跳ね返ってきたものを比べてみる。深沙央さんは強すぎて比べられないからだ。
「あ! たしかに生徒と先生のものとは違う。でもこれで先生が吸血魔かと聞かれても断言できないんだ」
「普通の人間ではないと分かっただけでも十分よ。警戒を怠らないようにしましょう」
以前屋敷で波津壌気を放ったとき、吸血魔であるマーヤから魔力が跳ね返ってきた。あのときの感覚を覚えておけばよかった。
「それじゃあ部屋に戻りましょう」
「待ってくれ深沙央さん。先生と同じ感覚がもうひとつあったんだ。玄関の外のほうから感じた。三つのうちの一つだ」
最悪の場合、学院に吸血魔が二体いるってことになる。軍が教えてくれた被害者からの情報では、単独犯だったはずなのに。
「仲間を呼んだのかしら」
「とにかく玄関へ急ごう」




